真っ白なドレス
「さぁさ!これで三着着終わったかしらぁ!!」
ノリノリの母上に、ウィスターを始めとした騎士団の連中は苦笑いをしている。
「どれが一番似合ってたかしら?」
「いやもう、王女殿下はどれもお似合いできめられませ…」
「そうなのよ〜〜!!本当に決められないわよね、分かるわぁ。でも決めてちょうだい」
「母上」
暴走気味の母上の肩に手を置く。
「騎士団の皆さんは私のウェディングドレスはどれでもいいそうです」
「えーっ、嘘ぉ!こんなにどれも似合ってるのに、どれでもいいなんて冷たいこと言わないわよねぇ!?もう一回最初から着て、それぞれの特徴を説明しましょうか!?」
「いえいえいえ!!自分たちは最初のも覚えてますから!!大丈夫です!!」
慌てて手をぶんぶんと振っているのはウィスターの友人のルイだ。ウィスターはといえば、心底呆れたような顔で頬杖をついている。
私はウェディングドレスを着ていた。母上の暴走に付き合って、私もいい加減飽き飽きとしている。
仕立て屋が初めて来たのはもう一ヶ月も前になるだろうか。生地や形を見せてもらい、サンプルも試着させてもらい、真っ白なそのドレスに私は最初こそ目を輝かせた。
最初は妹のシーラも面白半分で見学に来て、「この形かわいい〜」などと家族でわいわい楽しんだものだ。
母上の優柔不断っぷりはその頃から発揮されていた。
最初はスカートの形だった。プリンセスラインか、Aラインか、ベルラインか、はたまたマーメイドにするか。何十回とあれこれ着たあと、母上はとんでもないことを言い出した。
「そうだ!王宮にいる騎士団の皆さんに聞いてみましょう!」
「母上!?騎士団の皆さんもお忙しいでしょうし、そんな私事で邪魔するわけには…」
「平気よぉ。王妃の私のお願いよ?それに、あなたがサッと着替えたのを見るだけだからそんなに時間はかからなくてよ」
「でも…」
「それに、男性の意見というのも大事ではなくて?」
「いいねー、面白そう」
ごめん、みんな。
完全に面白がっているシーラも引き連れて、騎士団に行ったのはそれからすぐ。私はなぜか訓練後の汗だくの騎士団の前で、ウェディングドレスを何着も着て、皆の投票を受けるという謎の時間を過ごした。
それでも最初は皆楽しんでくれていた、と思う。
「へー、この形はプリンセスラインというんですね」「生地は意外と薄いですね」「レースが華やかで自分はこれが好きです!!」などと、騎士団の連中が思い思いに意見を述べてくれたのだ。
ウィスターだけは「邪魔しないでもらっていいですか」と不機嫌そうに私に耳打ちしてきたが、最終的に「俺はAラインが好きだ」とか言って騎士団の連中と熱心にディベートを始めていた。
そう、面白かったのだ。
まさかそれに気をよくした母上が、その後も何かと訪れて娘のファッションショーを開催するなんて誰も思っていなかっただろう。
そして、私のウェディングドレスはAラインに決まり(決してウィスターに忖度した結果ではない、単純な多数決だ)、やれやれと思ったら次は上半身をビスチェにするかオフショルダーにするかワンショルダーにするか、その次は生地とレースの飾りをどこにいれるか、今回は後ろ姿を編み上げにするかとトレーンの長さ、リボンのスタイルなどの投票を行っている。
分かりやすいシルエットのときは興味津々だった騎士団も、ここまでくると違いが分からなくなってくるのでとてもどうでもよさそうだ。
私は母上に見えないように皆に手を合わせて拝んでみせた。私だって、男性陣の前でこんなに着せ替え人形のようにされて恥ずかしい。
シーラはといえばとっくに興味を失ったようで、もう打ち合わせには顔すら出さなくなった。
父上は「……喜んでいるんだ。好きにさせてやってくれ」しか言わないし、なんだかんだ母上には甘い父上である。
「まぁ、でも後ろの裾は長い方がやはり印象はいいでしょう、なぁ、みんな!」
気を遣っているルイがみんなに問いかけた。ここは騎士団としての解答を出さないと母上も引かないだろう。ルイの言葉に、騎士団一同はこくこくこくと弾かれたように首を縦に振っている。
「そうねぇ、確かに王女ですものね。トレーンは思いっきり長い方がいいわよねぇ」
母上はルイの言葉に納得してくれたようで、仕立て屋とまた熱く話をしだした。
トレーンとは、後ろの引きずる裾のことである。これは長ければ長いほど身分が高いようで、そもそもどれも長く作ってある。1メートルなのか2メートルか、なんて、正直言ってどうでもいい範疇だ。
「もう、本当にごめんなさい」
ルイに駆け寄って片手で拝む。ルイは少しほっとしたように笑っている。
「い、いやぁ。俺たちはいいんですよ。王女殿下も大変ですね」
「訓練をいつも中断させてしまっているじゃない。申し訳ないわ」
「ははは、まぁ息抜きにはなりますから…。でも妻よりも、王女殿下のウェディングドレス姿の方を見てる時間の方が長いですね。妻は俺に相談なんかせずに勝手に決めていたので」
そう言うルイは、数年前に可愛らしいご令嬢と結婚式を挙げている。確かに、ここまでじっくり見る機会というのは普通はなかなかないだろう。
「私も一生分のウェディングドレスを着たわ」
「王女殿下も王女殿下ですよ。あなたがこれがいいと言ってしまえば済む話ではないのですか」
呆れた顔で言うのはウィスターだ。最初こそ取り繕った笑顔を見せていたが、今日はもう興味がないことを隠すつもりもないようで、どうでもいいですという言葉が顔に書いてあるように見える。
「それで済むんだったら苦労してないわよ。これだって、私はトレーンはそんなに長くなくていいって言ってもこれなんだから」
トレーンが長いとその分重い。
確かに結婚式は走り回る場ではないから、重いのはいいのかもしれないが、私は動きやすい方が好みだった。
短いといっても、一番短くてもそこそこの長さはある。母上に任せると馬車数台分の長さになってしまいそうで恐ろしい。
「しかし、これは前回決めた生地とは違いますよね」
ウィスターは指を顎に当てて、私が着ているドレスをジロジロと不躾に見て疑問を口にした。その通りなのだが、興味なさそうに見えて前回のことを覚えているウィスターはちょっと怖い。どれだけ目ざといんだか。
「これは仮縫いのドレスなの。今形も決まってないのに、本物の生地を使うわけにいかないでしょ。仮縫いの生地で作って形が決まったら、この仮縫いの生地を元に型を取って本物を縫っていくそうよ」
「へー、そんなものなのですか。仕立て屋というのも大変ですね」
ウィスターはウェディングドレスを仕立てるという、普段関わらない仕事に純粋に興味を抱いたようだ。至近距離でまじまじと見られるのはやはり恥ずかしい。
「あなたも奥方になる女性とはこうやって悩んで、一緒に仕立ててあげるのよ」
「ご冗談を。私のことは巻き込まないでほしいですね。似合ってればなんだって着ていいですよ」
ウィスターは目を細めた。
その視線の向こう、ケイト嬢のドレス姿でも思い浮かべているのだろうか。彼女はプリンセスラインの可愛らしいふりふりのドレスが似合いそうだな、となんとなく思う。
「しかし大変なんですねぇドレスを作るのって。女性はやっぱりこういうものが楽しいもんですか?妻も楽しそうではありましたが」
「まぁ、そうね。母上が張り切っちゃってるけど、私も楽しいわよ。なんだかんだ、こんなに色々なドレスを着ることってないし」
「そういうもんですかぁ〜。やっぱ女性ってすげえや〜」
ルイが感心したように溜息をつく。
「…奥様のドレス姿は覚えていて?」
「えっ、……….いやもう緊張で覚えてないです。式当日着たのを見ただけですし、記憶に残るかと言われると…」
やっぱりそういうものなのね。私はうーんと考え込んだ。新郎の記憶にあまり残らないものをこうやって仕立てるなんて、意味があるのだろうかと思ってきた。トレーンやリボンはさすがにこだわりがある方でもないし、レオン王子はやっぱりこだわりがないだろう。
何を着ても「綺麗だ!!」としか言わなそうな人である。
顔も声も想像つきすぎて面白い。が、やはりあとは微調整に近い。もうトレーンは一番短いのにしてもらおう、と溜息をついたところで、むにゅり、と二の腕を何かに掴まれた。
ん?と右手を見下ろす。
私の二の腕を、ウィスターがつまんでいた。
「………なによ」
慌てて、でも動揺を隠して振り払う。ウィスターは、なんだかキョトンとした顔をしていた。キョトンとしたいのは私の方だ。
やがて、嫌味ったらしいにっこりとした笑顔に変わる。
「ドレスもいいですが、王女殿下はまずここをお痩せになられてもいいかと」
「なッ…………!!!!」
慌てて自分の手で二の腕をつまむ。確かに少し柔らかい…かもしれない。
「何よっ!貴方に関係ないでしょう!?」
「ありませんけど、ドレスの形やリボンの前にまず入るかどうかをご心配したほうがいいでしょう」
「入るにきまってるじゃない。私のサイズに仕立てるのよ!?」
「それは失礼いたしました。仕立てるのに時間がかかるでしょうから、仕立て屋のことはたくさん労ってあげてください」
「布が多いって言いたいの!?」
「まぁまぁ落ち着いて」
カーッと思わず噛みついてしまう。ルイが呆れながら私とウィスターの間に割って入る。
「もー、すぐ喧嘩するんだからストップストップ!王女殿下に失礼だろウィスター」
「俺は思ったことを言っただけだ」
ふん、とそっぽを向くウィスターがなんだか子供っぽい。それに同じ土俵で争ってしまう自分も同罪なんだけど。
「イリヤー、ちょっとこれ見てちょうだいな」
向こうから母上の呼ぶ声が聞こえる。
「グローブはリボンと同じ色と同じ生地がいいんだけど、あなたはどう思うー?」
グローブ!小物!
まさかそんなところまで拘るとは、と私は軽く目眩がした。
「ちょっと待ってください、私決めますから…!」
慌ててウィスターとルイのところから母上の方に歩いてゆく。さっさと決めないと、いつまでたってもフェルディナに行けなさそうだ。




