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揶揄ってくる意地悪公爵に片想いをしています。  作者: かめ
初めての外交

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16/26

残り香

 休憩しながら半日ほど馬車を走らせて国境を越えたところで、カコカコという蹄の音がどんどんゆっくりになって、やがて止んだ。

 休憩かな、と窓の外を見て、私は首を傾げた。国境をすぎたので、もうアレキサンドに入っているはずだ。それなのに外には、まだ青い海が広がっている。


「着きましたよ」


 そう言って降りようとするウィスターを、私は慌てて引き止めた。


「ちょっと待って!ここどこ?」

「……アレキサンドです」

「分かってるけど、まだ海沿いなの?」


 王宮に向かうのであれば、国境にある深い山を抜けたらひたすら内陸へ進むはずだ。怪訝な顔の私に、ウィスターはくつくつとまた笑っている。


「…このままぶっ通しで帰ってもいいですが。言ったでしょう、帰りはゆっくり楽しみながら帰ろうと」

「ええ……え、じゃあ」

「ここはアレキサンド王国オパール領です。オパール伯爵に頼んで、空いている城を貸してもらっております。ここに泊まって、王宮に到着するのは明日です」

「そうだったの!?」

「日程表を途中で変えましたからね。王女殿下は興味なくてご覧になっていないだけでしょう」


 そう言われると何も言い返せない。王宮を発つ時に日程は確認したけれど、まさかそこから変わっているなんて思いもしなかった。


「フェルディナの海はとても綺麗でした。アレキサンドにも海がありますので、何が違うのか観察して教えてください。宿題です」

「何よ、子供扱いしないで」


 そうしてウィスターの手を借りて降りると、そこにはまた石造りの城が建っていた。海沿いにある石造りの城。どこかフェルディナを思わせるけど、あれは王城だったからかもっと大きく、豪華だった。

 この城は必要最低限、といった雰囲気で、活気もない。


「オパール伯の来客用の城だそうです」


 ぽかん、と城を見上げていると、横に立ったウィスターも同じように城を見上げた。


「……待って、オパール伯って!」

「ん?…あぁ、王女殿下は子爵の縁談をお断りになられたんでしたね」

「ちょっと、なんでここなのよ気まずいじゃない」

「大丈夫ですよ、ここは来客用なのでオパール家の人間はいませんから」

「でも…」

「それに、王女殿下はフェルディナの海を大層気に入られたようですし。アレキサンドの海を今見たら、何か面白い感想が聞けそうだなと思いました」


 ウィスターが言いそうなことだ。

 さすがお堅い男ね、と心の中で唇を尖らせる。せっかくだから休憩と割り切らせてくれればいいのに、何かにつけて理屈っぽい。それでも、このまま帰るよりも一度ゆっくり休みたいのが本音だ。


「お嬢さま、ウィスター様。私たち少しお部屋を整えてまいります。大変申し訳ございませんが、お好きなところでお待ちください」


 マーヤが私たちに頭を下げて、城の中へ走っていった。普段使われていない城であれば、中の確認がいるだろう。


「……海沿いでも行ってみますか」


 ウィスターがゆっくりと歩き出す。私も、慌ててウィスターの後に続いた。




 城の裏がすぐ海になっていた。太陽はかなり傾いていて、今日の夕陽は燃えるように赤い。城の裏には、海が見えるように申し訳程度のベンチが置いてある。ウィスターがハンカチでさっと拭いてくれたそのベンチに腰掛けた。


「……ふう〜〜」


 馬車の振動というのは、ずっと続くと辛いものがある。静かな動かない椅子というのは、馬車から降りると最高に気持ちいい。私は凝り固まった背中をほぐそうと、軽く背伸びをした。右隣にウィスターも座る。


「……フェルディナの海とは、色が違うわね。フェルディナの海はもっと明るい、水色みたいな色だったわ」

「そうですね。向こうのほうが浅瀬が多いんでしょう」

「波も高いわね。フェルディナの波はもっと穏やかだったような…。砂浜も、白いというよりかなり茶色いわ」


 記憶の中のフェルディナの海と見比べて、何となく違いを列挙していく。

 それでも海は海だ。潮の匂いもする。定期的に聞こえてくる波の音に、私は目を閉じた。

 匂いも、音も、風も。同じ海沿いにいるのに、フェルディナにいた頃感じたものとはまた違う。

 そっと目を開けて、こっそり右隣のウィスターを見た。ウィスターも疲れはあるようだが、軽く微笑んでやはり海を見ていた。リラックスしたように足を投げ出した座り方をしている。横顔は赤い夕陽に照らされていて、眩しい。


「…フェルディナは、白い砂浜と距離の長い浅瀬によって、ああいう色になるそうです」

「そうなの」

「根本的な土地のつくりが違うので、アレキサンドにはあの青は作り出せません。しかし、浅瀬は大きな船が通れません。なので、貿易は少し弱いのがフェルディナです」

「なるほど…そういうことなのね」

「人が乗る用のボートでも走るのは難しいそうですよ。浅瀬で波の方向が変わりやすいので、熟練しないといけないとか」


 私に聞かせるためなのか、自分の知識を反復しているだけなのか、判断がつきにくい情報をゆっくりと話す。

 このぽつぽつと波の間に話すのが気持ちいいと思った感覚は、昨日の後夜祭、夜の海と似ている。違うのは、隣がレオン王子ではなくてウィスターだということだ。

 どこか安心する声。意地悪に笑う顔。細くて長い指。それでも大事なところではいつも優しくて、揶揄いながらも欲しい言葉をくれる。諦めようと何度も言い聞かせているのに、ちっとも離してくれない。


 赤い太陽が少しずつ水平線に近づいていく。風が強い。


「…寒いですか」


 その問いかけはやけに優しかった。頬が染まるのは、太陽のせいに見えるだろうか。私は俯いて、無言でこくりと頷いた。はは、と苦笑したウィスターが、自分のジャケットを脱いで肩にかけてくれる。

 ーー昨日と似ている。


 似ているけれど、違う。肩にかかるウィスターの体温に、やけに緊張して身体が固くなる。


 この時間が一生続かないだろうか。

 もう少し、もう少しだけ。

 私はそっと、身じろぎをした。座り直すフリをして、右手を自分の横に置く。すぐそこには、ウィスターの指があった。その距離、きっとほんの数センチ。指を伸ばせば届くのに、あえてそこに置いた。


 分かってる。こんなの狡い。

 レオン王子と比べてウィスターの気持ちをはかろうなんて、ずるくて汚い。


 太陽がさらに水平線に近づく。赤い光に紫色が溶けて、夜に向かっているのがわかる。私の神経は今、右手の指に集中していた。


 ウィスターが少し体勢を変えた。さらに指が近づいた気配がする。さらに私も指を近づける。


 後少し、あと少しーーーー。指先にウィスターの体温を感じる。ほとんど触れ合っているその距離で。

 ウィスターは前屈みになって、膝に肘をつくような体勢に変わってしまった。

 私の右手の先に、さっきまであったウィスターの体温がない。冷たい海風が、私を嘲笑うように撫でていく。欲張りで狡い私を、全部否定していく。


 《男性は意中の相手のことを無意識に見つめて、触りたくなってしまう生き物だそうな》


 昨日の夜の、マーヤの言葉を思い出した。



 …分かっている。片思いだから。

 ウィスターは意味なく手を繋いだり、触れたりしない。だって、意中の相手でも何でもない。ただの“手のかかる王女殿下”としか見ていない。気にかけてくれるのは、私が王女だから。守らなければいけない相手だから。ただそれだけ。


 女性として、なんて、そんな目で見ていない。


 分かっていたことだった。ただこの熱と旅の余韻に絆されて、何となく期待してしまっただけ。

 昨日のレオン王子が余りにもまっすぐで、影響されてしまった。ただそれだけ。

 いつも通りじゃない、こんなの。ただ少し触れただけであんな握り方をするなんて、レオン王子がただ私にまっすぐだっただけだ。


 あぁ、そうね。確かに愛されない恋というのは、辛いかも。



 空を見上げて自嘲する。


「王女殿下。あそこにアレキサンドに到着する大きな輸入船が…………殿下?」


 ごめんなさい。私今狡かった。貴方がそんな人じゃないって分かってたのに、勝手に期待して失望した。ただ自分が嫌になって、空を見上げ続ける。

 遠くに見える船を指差したウィスターが、そんな私に気づいた。いつも通りのウィスターが、やけに辛い。


「どうしました、具合でも悪いですか?」

「…そんなんじゃない」

「……じゃあどうしました」


 そんな私のことを知らないウィスターは、どこか甘やかすように言って、私の背中を撫でた。

 違う、違うの。それじゃない。

 そんな王女殿下に対する優しさで触れてほしかったんじゃない。


「………触らないで」


 その声は、私も驚くほど冷たかった。

 さっさと立ち上がる。海はーーーーダメだ。


「ごめんなさい、寒いので、私一回馬車に戻るわね。これ、ありがとう。助かった」


 ジャケットを脱いでウィスターに突っ返す。私の顔は強張っている。

「別に着てっていいですよ」というウィスターは無視して、ベンチを去った。

 こんな可愛げのないことばかりしているからダメなのか、分からない。ごめんなさいウィスター、貴方は何も悪くない。私がぜんぶ悪い。ただこの残り香みたいな恋にすら翻弄されてしまう、私が悪い。

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