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【連載完結】領主様と私の前世ごはん。領主様が毎日お代わりと言ってくるのですが。  作者: 逆立ちハムスター


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真夜中の背徳呪文

 窓の外では、猛吹雪が砦の厚い石壁を叩きつけている。

 しかし、領主専用の広大な寝室の中は、暖炉の火と、それ以上に熱を帯びた「ある匂い」によって、むせ返るような熱気に満たされていた。


「……ルシェラ。夜食を作れとは言ったが、まさか私の寝室にまで火鉢と鉄板を持ち込むとは思わなかったぞ」


 上質な絹の寝間着をだらしなくはだけさせ、分厚い胸板を露わにしたソルスティス様が、ベッドに腰掛けたまま呆れたような、けれどどこか楽しげな声を上げた。


「出来立ての熱々を食べていただくのが、料理人の矜持ですから。それに、今回は『スタミナ』をご所望でしたよね?」


 私はワゴンの上にセットした携帯用の魔力コンロと小さな鉄板の前で、悪戯っぽく微笑んだ。

 時刻は深夜。本来なら胃を休めるべき時間帯に、私が用意したのは前世の叡智の中でも最も罪深く、最も暴力的な背徳の夜食。

 ――『ガーリック・バター・ステーキライス』である。


 まずは、熱した鉄板に『澄ましバター』をたっぷりと落とす。

 甘く芳醇な香りが立ち上ったところへ、みじん切りにした大量の『星型大蒜ニンニク』を投入した。


――ジュワワワワワッ……!


 その瞬間、寝室の甘い空気は一変した。

 バターのコクと、大蒜のツンと鼻を突き抜けるような、本能に直接語りかけてくる強烈な香気。これぞ深夜に嗅いではいけない「嗅覚テロ」だ。


「なっ……なんだこの刺激的な匂いは! 胃袋の底から、無理やり食欲を引きずり出されるようだぞ!?」


 すき焼きを堪能したはずだったはずのソルスティス様が、たまらずベッドから立ち上がり、鉄板を覗き込んできた。

 大蒜がキツネ色に色づいたところで、私はサイコロ状にカットした『紅岩牛』の赤身肉を一気に投入する。

 表面をカリッと焼き固め、肉汁を閉じ込めたら、夕飯の残りの『水晶穀(お米)』を鉄板の空いたスペースに投下。

 肉の脂、バター、そして大蒜の成分を、白い米粒の一つ一つに余すところなく吸わせていく。


「仕上げは、これです!」


 私は『黒豆醤(醤油)』を、鉄板の鍋肌に直接回しかけた。


――ジバババババッ!!


 醤油が鉄板で焦げ、キャラメル化する強烈な香ばしさが爆発する。それを手早く米と肉に絡め合わせ、最後に黒胡椒をたっぷりと振りかけた。


「完成です。真夜中の背徳……『紅岩牛と星型大蒜の焼き飯』。さあ、熱いうちにどうぞ」


 私は小さな木皿にこんもりと盛り付け、スプーンを添えて彼に手渡した。

 ソルスティス様は、艶やかに光る茶色い米粒と、ゴロゴロと入った肉塊を見つめ、ゴクリと喉を鳴らした。


「……夜食というより、立派な主食ではないか。だがそんなことはどうでもいいな。この匂いには抗えん……」


 彼はスプーンを山盛りに掬い上げ、大きく口を開けてかき込んだ。


「…………ッ!!」


 ガツンッ! と、彼の脳天を殴りつけるような衝撃が走ったのが、その見開かれた琥珀色の瞳から見て取れた。


「なんだこの……暴力的なまでの旨味と香りは!!」


 彼は夜中であることを忘れ、大きな声を上げた。


「口に入れた瞬間、大蒜の鮮烈な刺激とバターの重厚なコクが、容赦なく味覚を蹂躙する! そして、焦がした黒豆醤の香ばしさが、噛み締めるほどに溢れ出す紅岩牛の野性的な肉汁と完璧に混ざり合い……米が、米が止まらんッ!!」


 すき焼きの時の上品な味わい方とは打って変わって、彼はもはや本能のままにスプーンを動かしていた。

 深夜に高カロリーの炭水化物と肉、そして大量の大蒜を摂取する罪悪感。それが最高のスパイスとなり、ドーパミンが限界まで分泌されているのだ。

 あっという間に皿を空にした彼は、荒い息を吐きながら、爛々と輝く瞳で私を見つめた。


「……恐ろしい料理だ。全身の血が沸騰し、体の底から無限の活力が湧いてくる。すき焼きで満たされていたはずの体が、今度は全く別の熱を帯びて燃え上がっているぞ」

「お気に召して何よりです。大蒜は、血行を促進し、疲労を吹き飛ばす最高のスタミナ食材ですからね」


 私がコンロの火を消し、片付けを始めようとしたその時。


 ガシッ!


「また!?」


 強い力で腕を引かれ、私はそのままソルスティス様の広い胸の中へと引きずり込まれた。

 そのまま、有無を言わさずベッドの上へと押し倒される。


「ソ、ソルスティス様……!?」

「言ったはずだ。朝まで寝かさん、と。……お前がこんな、獣を呼び覚ますような極上の餌を与えたのだ。責任は取ってもらうぞ」


 覆い被さってくる彼の体温は、先ほどまでとは比べ物にならないほど熱かった。

 彼の顔が近づき、吐息が私の頬を撫でる。

 しかし、私はあることに気づいて、慌てて手で自分の口元を覆った。


「だ、だめです! 私も味見をしたので、口から……その、大蒜の匂いがしますからっ!」


 こんな甘い雰囲気の時に、口からガーリックの香りがするなんて、乙女として(たとえ元・前世の料理人だとしても)絶対に避けたい事態だ。

 しかし、ソルスティス様は私の手を優しく、けれど力強く退けると、喉の奥で低く笑った。


「何を気にする必要がある。私も先ほど、限界までその大蒜とやらを食らったのだ。……同じ匂いを纏い、同じ熱を共有している。これほど完璧な夜があるか?」

「で、でも……っ、んんっ……!」


 言い訳は、彼の熱い唇によって完全に塞がれてしまった。

 強引で、深く、蕩けるような口付け。

 確かに、彼から漂うバターと大蒜の微かな名残は、嫌悪感どころか、むしろ私の奥底にある本能を甘く刺激してくるような、不思議な魔力を持っていた。


「……はぁっ……ソルスティス、様……」

「ルシェラ……お前の料理は、いつも私を狂わせる。だが、一番美味くて、どれだけ食べても満たされないのは……お前自身だ」


 彼の熱い手が、私の衣服の紐へと伸びる。

 窓の外の吹雪の音は、もはや私の耳には届かなかった。ただ、すぐ耳元で囁かれる彼の甘い声と、狂おしいほどの心臓の鼓動だけが、世界を支配している。


「お前が与えてくれたこの有り余るスタミナ……今夜は一滴残らず、お前に注ぎ込んでやる。覚悟しろ、私の愛しい専属料理師(未来の妻)よ」


 真夜中の背徳の夜食がもたらした、甘く危険な副作用。

 鉄血領主様の底なしの胃袋と、それ以上に底なしの愛情に翻弄されながら、私の長い長い夜は、甘い悲鳴と共に更けていくのだった。

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