7.聖女認定
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ようやくヒロインの外見が本文に出てきます。
※自分でもわかりにくかったので、本文の後半を手直ししました。
ティーノルッツヘルトがセヴェリオの転移の術によってヴィグラの村に飛ばされた日の翌朝、予測通りに陽が空の頂点に来る前に村の前に到着した彼は、村を包む清浄な気に目を瞠った。
「なんて清らかな法力なんだ・・・」
実はティーノルッツヘルトが最年少でセヴェリオ付きの秘書官になれたのは、その優秀な頭脳だけではない。彼が持つ稀有な能力のおかげでもあった。
その能力とは、本人も知りえない法力の質を感じ取るというものだ。法術には攻撃・回復・補助の3つのタイプがあり、法力の質を知ることによって、どのタイプの法術が身につきやすいかを判別できる。
この国で法力の質を感じ取る能力を持っている人間は少なく、片手で足りるほど。いずれも大神殿で要職に就いており、法力を持つ者達を導く役目を担っている。
その中でとりわけティーノルッツヘルトが特別視されるのは、法力の質を感じ取るその能力が常時発動していて、それが本人にとって苦痛ではないということ。そして、対象に触れることなく法力の質を正確に感じ取れるということだ。
その能力によってセヴェリオの法力の質に惚れ込み、彼が秘書官を探しているという話を聞いて一生懸命自分を売り込んだのだ。この能力を持つ者は総じて、自分好みの法力の質を持つ者に出会うと、ついつい入れ込んでしまうのである。
性格は悪いが、セヴェリオはティーノルッツヘルトの理想通りの法力の質を持っており、更に法術に関しては万能。そんな彼に仕えることができる自分は恵まれていると思っている。
そんなティーノルッツヘルトが、セヴェリオ以外にひざを折りたくなる法力の持ち主がこの村にいる。
「間違いなく、聖女様だ」
――― きっと一目見ればわかる。
ティーノルッツヘルトは意気揚々と村の中に入って行った。
***
村の人々はティーノルッツヘルトの服装を見て、すぐに大神殿の者であることに気付いてくれ、村の世話役の家に案内してくれた。
「ああ、秘書官殿がいらっしゃいましたか」
村の世話役の家に着くと、そこには影神官のジョナタがいた。
「ジョナタさん、すみません・・・本当は猊下を呼んだのでしょうに」
ティーノルッツヘルトが謝罪すると、ジョナタは苦笑いをうかべる。
「まぁ、素直に猊下が来るとは思っていませんでしたから。しかし、貴方を選んだところはさすがですね」
ジョナタもティーノルッツヘルトの能力については良く知っていた。彼ならば一目で聖女を見分けられるだろう。幼馴染兼上司はそれも念頭に置いて彼を選んだのだろうか?
――― いや、適当か。
「いえ、たまたまですから。さすがじゃないですから、全然」
案の定、ティーノルッツヘルトが即座に否定した。それも真顔で。
「はは・・・そう、ですか」
セヴェリオは相当ティーノルッツヘルトをいじめているらしい。本人のいない所ではべた褒めしている・・・というのは、事実だが信じてもらえなさそうだ。
彼のセヴェリオに対する誤解を解くのを早々に諦め、ジョナタは聖女候補として挙げられた村の若い娘達を順々に紹介していく。
セヴェリオから代理を送ったという連絡を受けてすぐ、ジョナタは聖女候補を大神殿から来る神官に紹介したいと村の世話役に相談した。すると、相談役はあの姉妹だけでなく村中の若い娘達をすぐに集めてくれた。
レーティアンヌは確かにその美貌と完璧ともいえる能力で村の中心人物のような扱いを受けてはいるが、それが聖女と直結するとは限らないということを、村の世話役はきちんと理解していた。
姉へのコンプレックスでシルヴァーナの心が壊れずにすんだのは、レーティアンヌばかりを特別扱いしないこの環境のおかげでもあったのだろう。
そうして残すはあの姉妹だけとなったところで、ティーノルッツヘルトの視線がシルヴァーナに釘付けになっていることに気付く。
「秘書官殿、こちらは姉のレーティアンヌさん、そして妹のシルヴァーナさんですよ」
「ああ・・・あなただ」
熱っぽいティーノルッツヘルトの声に、うつむいていたシルヴァーナの肩がビクンと震える。わずかに眉間にしわが寄り、彼女はますますうつむく。
ティーノルッツヘルトがつかつかと彼女に歩み寄り、その目の前に立っても彼女の顔があげられることはない。彼女の中では常に姉が主役であり、脇役の自分が選ばれるとは微塵も考えていないのだろう。
そのレーティアンヌはあの旧跡での件である程度予想はついていたようで、シルヴァーナが選ばれたと知ってもさほど驚いた様子はない。
「シルヴィさん、顔をあげてください」
ジョナタが声をかけるとようやく彼女は顔をあげ、大神殿から聖女を迎えに来たという神官が自分の目の前に立ち、熱っぽい視線で見つめてきていることに気付いた。
「・・・えっ?」
小さく声が漏れる。
「間違いない。あなたが聖女様だ」
ティーノルッツヘルトはそう言ってその場で跪いた。しかし・・・。
「――な、何かの間違いですっ」
シルヴァーナの口からついて出たのはそんな否定の言葉だった。
***
ティーノルッツヘルトはうかれていた。いや、清浄な気に酔っていた、という方が正確かもしれない。
ジョナタが娘達を紹介している間も、その奥から感じる法力に惹かれてならなかった。
そして、姉妹だろうか、良く似た2人の娘を紹介されたその瞬間、まるで雷に打たれたような痺れが全身に走った。
亜麻色の髪がゆるくウェーブしていてやや垂れている露草色の目をまっすぐこちらに向けている、誰が見ても美しいと評するだろう姉のレーティアンヌ。妹のシルヴァーナは同じ色合いではあるが髪はストレートで、うつむいていてよくわからないが姉と同じ色を持つであろう目は伏せられていて暗い藍色に見える。
そんな対照的な2人だが、ティーノルッツヘルトは一目で妹のシルヴァーナが聖女であると見抜いた。というよりも、シルヴァーナから目が離せなかった。もはやレーティアンヌは眼中になく、ただ熱にうかされたように言葉が漏れる。
「ああ・・・あなただ」
絶対に間違えようがない。こんなにも清浄な気を感じたのは初めてだった。
「シルヴィさん、顔をあげてください」
ジョナタが声をかけるとようやく彼女は顔をあげ、目を丸くしてティーノルッツヘルトの顔を見つめる。
「・・・えっ?」
まだ状況が良く呑み込めていないらしい彼女は小さく声を漏らす。
だから、ティーノルッツヘルトは今度ははっきりと口にした。
「間違いない。あなたが聖女様だ」
そう言ってその場で跪くと、彼女は狼狽した様子で否定の言葉を口にした。
ああ、どうしてだろう?なぜ、自分が気に入る法力の質を持つ人間は一筋縄ではいかないのか。これは自分に与えられた試練なのか?
――― ああ、きっと全部猊下のせいだ。猊下の普段の行いがよろしくないから、俺にしわ寄せが来るんだ。
ティーノルッツヘルトは遠く王都の大神殿にいるセヴェリオにまるっと責任を被せて、シルヴァーナの顔を見上げた。
彼女の心底困ったような表情が保護欲を掻き立てる。が、今は彼女を慰めるよりも納得させる方が先だ。
――― さて、どうやって彼女を納得させるか。
ティーノルッツヘルトはその優秀な頭脳を全力で働かせ始めた。