5.守護獣
いつもこのお話を読んでくださっている皆様、ありがとうございます。
4話までの「心の声」とルビについてご指摘があり、修正しました。
と同時に多少手直しもしていますが、話の流れは変わっていません。
シルヴァーナは息苦しさを感じ、ハッと我に返った。
――― え?私、今、何をやったの?
どうも、瘴気の獣と視線を合わせた後の記憶が曖昧で、自分が何をしていたのかがいまいち思い出せない。
混乱しているシルヴァーナの肩がポンポンと叩かれる。
「シルヴィさん・・・大丈夫ですか?気分は?」
「――あ、ジョナタ、さん?・・・えと、大丈夫です。気分も悪くないです」
むしろ、気分爽快だ。ホントに何やった、自分。
「そうですか、良かった・・・シルヴィさんが放った浄化の光で、瘴気の獣を追い払ったんですよ?」
「え?・・・浄化の、光?」
それって、聖女が使う最高位の法術じゃなかっただろうか?
理解が追いつかないシルヴァーナに、ジョナタはその手に抱えているものを見せた。
「ほら、これ・・・さっきの瘴気の獣が浄化された姿ですよ?」
ジョナタに抱えられているそれは、どう見ても子犬にしか見えない。
「くぅ~ん」
真っ白な子犬が金色の瞳を輝かせ、両前足をバタつかせて必死にシルヴァーナを見つめる姿に、思わずキュンとしてしまう。
「・・・か、可愛い・・・」
「いやぁ、形がないはずの瘴気の獣が狼の姿をしていて、浄化されたら子犬になっちゃうんですから、すごいですよねぇ・・・それとも、子犬が瘴気の獣にとり憑かれていたのか」
ジョナタはいたって冷静を装っていたが、誰かにこの状況を説明してほしい気持ちでいっぱいだった。
この腕の中にいる子犬が危険なものではないということは、今までの経験からなんとなくわかる。
おそらくシルヴァーナの浄化の光を浴びて守護獣のような存在になったのだろうが、前例がないだけに近寄らせていいものかどうか迷う。
「――でも、瘴気の獣が襲うのって、人間だけって聞きましたけど・・・」
子犬に見惚れていたシルヴァーナがそう言うと、ジョナタは頷く。
「ええ、ですから・・・どうしたものかと思いましてね・・・」
心底困っているのだがそれを表に出すわけにはいかない。
――― でもまぁ、聖女様が瘴気の獣に負けるわけもないし、枢機卿に丸投げするか。
面倒事を全部放り投げても、なんだかんだ言いながらあの上司はうまくまとめてくれるはずだ。性格の面では難ありだが、その点では信頼している。
「だ、抱っこしても、良いですか・・・?」
「――ああ、どうぞ」
もう、どうにでもなーれ。な気分でジョナタは腕の中にいる子犬をシルヴァーナに渡す。
ちぎれんばかりに尻尾を振り、ぺろぺろとシルヴァーナの頬を舐める子犬。
「ふふっ・・・くすぐったいわ」
笑み崩れたシルヴァーナを見て、ジョナタは鼓動が早くなるのを感じた。
レーティアンヌへのコンプレックスで鬱々とした性格になってしまったようだが、素材は良いのだ。自信を持たせればきっと、人々を魅了してやまないに違いない。
このまま放置はまず有り得ない。連れて来いという命令がなくても、ジョナタは彼女を大神殿に連れて行くだろう。
――― だって、もったいないだろう、コレ!
子犬と戯れて笑みをうかべるシルヴァーナ。レーティアンヌの完全無比な美しさとは違う、自然な美しさがそこにはあった。
「シルヴィ・・・だ、大丈夫、なの?」
レーティアンヌの怯えた声に、シルヴァーナの笑顔がひきつった。
「――うん、平気」
「ジョナタさん・・・本当に、大丈夫ですか?」
妹を護りたいからこその確認なのだろうが、その発言は妹を信じていないかのようにも思える。
ジョナタ自身が冷静にレーティアンヌを見ているからそう思うのだろうが、レーティアンヌの信者(きっと言い過ぎではない)にかかれば、シルヴァーナの意思を無視して子犬を取り上げかねないだろうなと思う。
「大丈夫です。その子犬は浄化されていますからね」
「・・・そう、ですか」
心配性が過ぎる。いや、シルヴァーナにとっては束縛と言って良いのかもしれない。
――― やっぱり、ここには置いておけないな。
ジョナタはこれ以上レーティアンヌと問答を重ねる必要もないだろうと判断し、2人に村へ戻ることを提案する。
子犬を見つめてうかない表情のレーティアンヌと、子犬を奪われまいと抱きしめるシルヴァーナ。対照的な2人だが、同時に頷いた。
しぐさも雰囲気も姉妹らしくとても良く似ているのに、どうしてこうも違ってしまったのか。これが聖女に与えられた試練だと言うのなら、神は己の上司以上に意地が悪いと思ってしまう。
「さぁ、行きましょう」
ジョナタが促せば、2人は微妙な距離をとりながら後を付いてくる。
「シルヴィさん」
「ッ、はい」
「その子犬、放しちゃダメですよ。あなたの傍を離れたら生きてはいられないでしょうから」
瘴気の獣に戻るのか、それとも存在自体が消えてしまうのかわからないが、子犬の持つ気配は確かにシルヴァーナが放った浄化の光と同じものだ。
「――はい」
しっかりと頷くシルヴァーナに微笑みかけ、ジョナタはレーティアンヌに視線を向ける。
「大丈夫です。シルヴィさんの傍にいる限り、悪さはしませんよ」
「・・・でも・・・シルヴィは」
「大丈夫です。シルヴィさんに悪い影響はありません」
あの子犬はシルヴァーナの守護獣として強力な力を持っている。ジョナタに“視えた”のはそれだけだが、悪い影響がないというのは自信を持って言えた。
「そう、ですか・・・」
まだ納得のいかない様子のレーティアンヌだったが、シルヴァーナがしっかりと抱きしめている子犬を見て、ほう、とため息をつく。
どうやら取り上げる意思はなくなったようだ。それに気付いたシルヴァーナがホッとした笑みをうかべるのを視界の端にとらえ、ジョナタの口元が緩んだ。
ネガティブで姉へのコンプレックスに凝り固まっているこの少女が聖女だと言ったら、本人はどんな反応を見せるのだろう?
子犬の件で浄化の光のことは頭の中から飛んでいってしまっているようだが、実際に浄化の光を扱えるのは聖女しかいない。
それに、万が一本人が納得しない場合に備えて、大神殿からの令状も用意している。ジョナタとしてはあまり使いたくはないものだ。聖女は本来大神殿の象徴であり、大神殿は命令できる立場ではないからだ。
――― むしろ、あの子犬をだしにして連れて行くか?
悪い考えが頭をよぎるが、それではだましうちだと思い直す。それに、それよりもいい方法があった。むしろそれしかない。
あの性格が悪い美形上司の不機嫌そうな表情を思いうかべ、ジョナタはこっそりと口の端をつりあげた。




