4.聖女の力
たくさんのお気に入り登録ありがとうございます。
前提としてこのお話は恋愛コメディです。それをふまえてお読みください。
今回は聖女らしからぬシルヴァーナの言動にご注意ください。
3人で水桶を運び終えた後、シルヴァーナはレーティアンヌとジョナタを連れて、旧跡へと向かっていた。
村から延々と森の奥へ続く道を、ひたすら道なりに進んでいく。
「随分と奥まった所にあるのですね」
しばらく歩いた頃、ジョナタが周囲を見渡しながら言う。体力の限界が来たのかと思ったが、平気そうな顔をしているので、どうやら純粋にそう感じただけらしい。
シルヴァーナは道の先を指し示しながら答えた。
「元々、ヴィグラの村は旧跡の発掘にたずさわった人達が住み着いてできたそうです。なので、旧跡の周りの自然も壊さないようにという配慮からこんなに離れているんだという話ですよ」
「なるほど。それでこんなにも旧跡までの道が整備されているんですね」
感心したように言って、ジョナタは奥へと続く道を見つめる。
彼の言う通り、旧跡までの道はしっかりと地面が踏み固められており、その道からそれて森の中に行かないようにロープが張られている。
「ええ、私も子どもの頃から迷ったことありません」
「もう、シルヴィったら、昔から旧跡がお気に入りの場所だったものね・・・村で他の子ども達と遊ぶことも滅多になかったし・・・お父さんとお母さんがどれだけ心配したか・・・」
レーティアンヌが唇を尖らせて言うのを見て、シルヴァーナは苦笑する。両親はシルヴァーナの心の葛藤に気付いている。心配をしたというなら、レーティアンヌとは違う心配をしていたのだろう。
シルヴァーナはあえてそんな心配をされているのを気付いていないように振る舞った。そうでないと自分が惨めであったし、察しの良い姉に追及されるのも面倒だったからだ。
その2人の様子からある程度事情を察したジョナタは痛ましげな表情になる。シルヴァーナは彼のその表情で色々と気付かれたことを悟り、さすがは神官様だと思う。
子どもの頃、物心ついて初めて姉の超人ぶりに打ちのめされ、心が自己防衛機能を発揮して姉は特別で自分は劣っているのだからしょうがない。と思うようになった。
とはいえ、目の前で姉の優秀さや美しさや清らかさを見せつけられると、嫉妬もするし、へこみもする。そんな時は旧跡で1人になって鳥の声や森のざわめきに耳を澄ませる。そうするといつの間にか心は晴れた。
幸いこの辺りには凶暴な獣は棲み着いておらず、瘴気の獣の存在も確認されていなかったので、子どもでも安心して散歩のできる場所だったのだ。
「後でお父さんとお母さんには謝っておくわ・・・」
「ええ、それが良いと思うわ!」
レーティアンヌの表情がパァっと輝く。純粋に喜ばしいことだと思っているその表情に、シルヴァーナの心は再びじくじくと痛みだす。
「――シルヴィさん、今まで旧跡には瘴気の獣の存在は確認されていないんですね?」
と、シルヴァーナの心の動きに気付いたかのように、突然ジョナタが話題を変えた。シルヴァーナは思わずホッとしつつ、こくりと頷いた。
「ええ、そうですよ。確認されていたら既に神殿に報告が行っているハズですし」
「そうですよね?」
――― ということは、突然発生した、ということか?
シルヴァーナはジョナタが何を気にしているのか疑問に思ったが、それは旧跡に着けばわかることだと考え、木々の間からわずかに見える尖塔を指差した。
「ほら、お姉ちゃん、ジョナタさん、旧跡はもうすぐそこですよ」
3人は自然と早足になって先へと進み、森から抜ける。
「ほぅ・・・」
眼前に広がる光景を見て、ジョナタは感嘆の声をもらした。
ヴィグラの旧跡、それは神代の昔、この世界に国という概念が無かった頃に作られた、城塞のようなもの。人の手では決して作ることができない防壁と無数の傷痕が、この場で神と悪魔との戦いがあったことを示している。
創世記によると、神と悪魔との戦いがもとで世界のあちこちに瘴穴と呼ばれるものが現れ、戦いが終結しても、瘴穴は定期的に瘴気の獣を生み出しているという。
そういうわけで、旧跡には瘴穴がセットになっていることが多いというのに、この旧跡はとても清浄な空気に満たされていた。
聖女が好んでこの場所にいたことで浄化の力が働いた、ということなのか。
――― だとしたら、予言神官達が見立てを間違えた?
ジョナタは内心首を傾げながらもシルヴァーナに笑顔を向けた。
「・・・いやぁ、見事ですね」
「ヴィグラの旧跡は法術を研究している人には魅力的らしくて・・・」
「ええ、こんな清浄な気に包まれた旧跡は始めて見ます・・・それに、あちこちに方陣の痕が残されていますね」
方陣というのは神が悪魔との戦いの際に使った法術の術式が焼き付いたもので、大神殿にはそれを切り出して保管している場所がある。
新たな法術はそうして発見されることが多く、研究者達が瘴気の獣がいるのもかまわずに突っ込んでいくのも珍しくない。
「そういえば、この間も調査団だって方達が来たわよね」
レーティアンヌがニコニコとしながら確認してくるので、シルヴァーナは首肯して手前の防壁にある方陣を指し示す。
「あそこにある方陣は光の矢の術式らしいんですが、1節だけ違う箇所があるらしくて・・・とても興奮してらっしゃいましたね」
「ああ、瘴気の獣と戦うには光の矢の術は必須ですからねぇ・・・調査団というからにはあちこちの旧跡も行くんでしょうし、もし、上位の術であればそれは重宝するでしょうね。使えるかどうかは別として」
「そうなんですよね・・・」
法術は法力があって術式を精神に刻めば誰でも使えるとはいえ、ノーリスクではない。自分の実力以上の術を使おうとすると、精神力がゴリゴリと削られる。悪くすれば2度と目覚めることができない状態になることもある。
もとは神の使う術なのだから当然と言えば当然なのだが、それでも工夫をしてノーリスクハイリターンで法術を使えるようにするのが研究者達の永遠のテーマなのだ。
ジョナタはその防壁に近付き、方陣を確認する。
「うん、なるほど・・・これは研究者が狂喜乱舞しそうですね・・・へぇ、ここを変えると威力があがるのか・・・」
「ジョナタさんも攻撃法術に興味があるんですか?」
レーティアンヌが訊ねる。神官にも様々な種類があると知ってはいるが、やはり聖職者は護りのイメージが強い。
「そうですね、私はどちらかというと外回りが多いもので、瘴気の獣と遭遇することも少なくありませんから」
「そうだったんですね!・・・私、ジョナタさんのご無事を祈ります!」
これだ。この反応がレーティアンヌの素なのだからたまらない。シルヴァーナの心をかき乱す姉の言動に、こっそりと溜息をもらした時、ジョナタが何かに気付いて旧跡を見上げた。
「――ジョナタさん?何を・・・ッ!?」
シルヴァーナもつられて旧跡を見上げ――有り得ないものを目にしてしまう。
「2人ともどうしたの・・・ッ、きゃぁあああああ!!」
2人に倣ってレーティアンヌが上を向き、それを視界に収めると表情を引きつらせ、甲高い悲鳴をあげて腰を抜かした。
ジョナタはレーティアンヌの反応に頭を抱えたくなった。この場で騒ぐのは下の下の反応だ。奴は知能がある。一番恐怖心を持っている者がターゲットにされる。
「ジョナタさん・・・あれ・・・普通の瘴気の獣・・・ですか?」
「普通では、ないでしょうね・・・獣の姿なんて、有り得ません」
無形のはずの瘴気の獣が、獣の、それも狼のような姿をとっていること自体、今までの常識では有り得ないことだ。
「瘴気の獣に上位種がいるんですか・・・?」
シルヴァーナはジョナタに訊ねながら、自分が酷く冷静なことに気付いていた。姉のように怯えて腰を抜かすくらいが普通の村娘としては当たり前の反応だとわかっているのだが、あんまり怖いと思えないのだ。
「数は少ないですが、確認されています。奴はこの清浄な気を穢すことなくそこにいるんですから、かなり上位ですよ。・・・シルヴィさん、絶対に真名を口にしてはだめですよ」
「――わかって、ます・・・でも、貴方は・・・」
「ジョナタ、は真名ではありません。外回りが多いと言ったでしょう?・・・だから普段から便宜上の名を名乗っています」
彼の役目はこういった荒事専門らしいと気付いて、シルヴァーナはなるほど、と頷く。
「レティさんを連れて、離れてください」
「・・・わかりました」
自分に出来ることはない。そう判断したシルヴァーナは腰を抜かす姉に駆け寄った。姉はシルヴァーナの腕にすがり、震えながらその名を呼ぶ。
「し、シルヴァーナ・・・」
「――ッ!」
バカ!と叫びそうになった。
瘴気の獣に真名を聞かれることが良くないのは、子どもでも知っている。なのに、この姉はそんな知識も恐怖ですっ飛んでしまったのか。
「――シルヴィさん!」
ジョナタの焦った声にハッとして振り返ると、目の前に瘴気の獣が降り立っていた。
視線が合う。
姉を責める気持ちに気付かれた。全身が悪意に染まる感覚。
これは誰のせい?お姉ちゃんのせいだ。どうして私ばかりがこんな目に遭うの?私は悪いことなんて何もしてないのに。どうして、どうして、どうして、どうして!!!!
『悪意ヲ、受ケ入レロ』
瘴気の獣の声が聞こえた。その瞬間、プツリとシルヴァーナの中で何かが切れた。
「冗談じゃないっ!!なんで、私が、お前なんかの言うことをきかないといけないのよ!!ふざけるな!私の思いは私だけのものよ!勝手にのぞくな!!あっちに行けぇえっ!!」
激しい怒声と共に浄化の光がシルヴァーナから発せられる。
「うわぁ・・・キレて浄化って・・・」
思わずジョナタが呟くが、幸い(?)にもシルヴァーナには聞こえていない。
「なんでも自分の思い通りにいくなんて思うな!!人間の気持ちを読み取って悪意に染めるのが好きなんて、そんな悪趣味な奴なんか消えちゃえ!!」
なおもシルヴァーナの瘴気の獣に対する罵詈雑言は続いている。思いつく限りの悪口を挙げつらねているだけのはずが、瘴気の獣にとってはそれが凄まじいダメージとなっているようだ。
「・・・悪口で瘴気の獣を退治したら、それはそれで、なんだか・・・」
とっても聖女らしくない気がする。が、とりあえず、彼女は聖女としての力に目覚めたと言っても良いだろう。後は幼馴染兼上司がなんとかするはずだ。たぶん。
ジョナタは上司に丸投げする気満々で、シルヴァーナの力により弱っていく瘴気の獣を見つめる。
ちょっと瘴気の獣が気の毒に思ってしまったのは・・・まぁ、不可抗力だ。




