3.瘴気の獣
枢機卿の主観に基づく考えの表現があります。
「では、ヴィグラの旧跡にその気配があるということだな?」
「はい、猊下・・・」
顔を青褪めさせる予言神官達を見つめ、セヴェリオはため息をついた。
「ハァ・・・よりにもよって、聖女のいる村の旧跡か・・・」
「その、聖女様がいらっしゃるのも確定なのですか?」
聖女がいること前提で話す上司に、ティーノルッツヘルトはことりと首を傾げる。
セヴェリオはそんな部下の、薄色の瞳を見つめて肩を竦めた。
「まぁ、聖女がいることは昔からわかっていたらしいな。それこそ、彼女が生まれた時から」
「ええ!?じゃあ、なんて早く迎えに行かなかったんですか!!」
「安易に答えを求めずに少しは自分で考えたらどうだ?使わないでいると思考力が鈍るそうだぞ」
いちいち嫌味たらしいセヴェリオの言葉にムッとするティーノルッツヘルトだが、さすがに予言神官達のいる前で怒鳴り散らすこともできず、軽く睨みつける。
「申し訳ありません、無学なもので!」
「ティー・・・それをお前が言ったら、謙遜を通り越して嫌味だぞ」
やれやれ、と呆れた様子で首を振るセヴェリオ。
――― アンタに言われたかねーよ!!
事実、ティーノルッツヘルトは子どもの時分に神童ともてはやされたほど優秀だった。だからこそ、最年少で枢機卿付きの秘書官に抜擢されたのだ。
それが無学と謙遜しても嫌味としかとられないのは当然といえる。いえる、のだが。なんだか色々腹がたって仕方のないティーノルッツヘルトである。
「・・・考えてもわかりそうもありません。教えていただけませんか?猊下」
渋々といった様子で乞い願う部下を見て、セヴェリオは苦笑する。
「そんな嫌そうに頼まれてもな・・・まぁ、聖女が成長するのを待っていたというところかな?」
「成長?・・・ああ、親御さんからの愛情を受けて、清らかな心を育むんですね!」
ティーノルッツヘルトが得心がいった顔でポン、と手を打つと、セヴェリオは目を丸くした。
「驚いた・・・」
――― まさか俺がこんなに簡単にわかると思っていなかったか!ふふん。
「まさかお前がここまでアホウだとは・・・」
「ちょ!な、なんでですか!言うに事を欠いて、本人目の前にアホウって!!」
「ティー、法力が清らかな心を持つだけで上がるなら誰も苦労はしない・・・自分で言うのもなんだが、私が力にみあうだけの清らかな心を持っていると思うのか?」
本当に自分で言うのはどうかと思う内容だが、随一の法力を持つセヴェリオが相応の清らかな心を持っているとしたら・・・。
「――それは別人ですね」
「・・・そこまで言うか」
ハッキリキッパリ言ってのけたティーノルッツヘルト。どうやらイジメすぎたらしいとセヴェリオは苦笑いをうかべる。
「法力が清らかさに比例しないことは理解しました。では、聖女が成長するというのは身体的な意味だけなんですか?」
「身体的な意味も含まれるが・・・それ以上に心の成長だな。ああ、もちろん清らかさではなく・・・瘴気に対する耐性と言ったらいいのか」
これはセヴェリオの主観なのだが、清らかな心は色に例えると白であり、何色にも染まる色だ。そして、その清らかな心は、おそらく大きな挫折を経験していないからこそ保たれている。
「――大きな挫折、ですか・・・」
ティーノルッツヘルトが神妙な面持ちで呟く。
自分自身、挫折を味わったことは何度もある。その最たるものは目の前の上司に与えられたものだったりするが、それでもなおくらいついているのはもはや意地意外のなにものでもない。
「どうだ?お前は十分挫折を味わっていると思うが・・・純粋な気持ちを保てているか?」
「いいえ・・・どうやったら猊下にギャフンと言わせられるか、常に考えてます」
「くくっ、正直だな、お前は。・・・でもまぁ、そういうことだ。清らかな心を持つことが悪いわけではないし、挫折だって無い方が良いに決まっている。・・・が、瘴気の獣は殊の外そういった人間を堕落させるのが好きなようでな」
「瘴気の獣・・・ああ、確かに・・・」
瘴気の獣はその名の通り獣の形をしているわけではない。形のない悪意のようなもので、人の心の弱い部分にするりと入り込んでその人間を悪意で染め上げてしまう、恐ろしい存在だ。
その悪意にとり憑かれた人間は、まるで獣のように本能に忠実になってしまうことから瘴気の獣と呼ばれている。
「美味しいらしいぞ、清らかな心を持っている人間の絶望の味は」
――― あー・・・瘴気の獣って猊下みたいだよなー。
「そうなんですかー」
「お前はとことん失礼なヤツだ・・・今のは読まれること前提で考えただろう?」
「えー?何のことです?」
純粋に神官として責務を全うしていたティーノルッツヘルトだが、セヴェリオの下で働くようになってから随分と強かになったものだ。
「つまらないな・・・最初の頃はひーひー言っていたのに」
「ッ!・・・つまるつまらないの話じゃないです。とりあえず、話を戻しますと、聖女の成長とは挫折を味わうということで良いんですね?」
一瞬怒鳴り散らしたくなったが、自分達のやり取りを聞いていて完全に硬直してしまっている予言神官達にこれ以上の心的負担はキツイだろうと我慢する。
「まぁ、端的に言うとな。それも身近な人間から常に与えられて・・・まぁ、試練を受けていると言えば良いのか」
「試練、ですか・・・しかし、それで耐性が付くんですか?」
「・・・挫折を味わった人間とは強いものだぞ?何よりも慎重になって簡単には騙されないし、再び挫折を味わいたくないからこそ努力する。・・・まぁ、何度も挫折を味わえばそのまま負けてしまう者もいるだろうが・・・そこは聖女が聖女たる所以だろう。どれ程の挫折を味わっても、自分の中で昇華してしまえる」
「それって諦観っていうか・・・絶望に慣れてるっていうか・・・」
「そうとも言うな」
それが事実なら、聖女も一筋縄ではいかない人物、ということになる。
「・・・そんな扱い難いの2人もいらねー・・・」
「はっはっは・・・2人って聖女と誰をさしてのことだ?」
「はて、誰のことでしょうかねー・・・」
笑顔だが目が笑っていないセヴェリオの視線から逃げるように顔をそむけ、すっとぼけるティーノルッツヘルト。
「あ、あの・・・」
収拾のつかなくなりそうなそのやりとりに、とうとう勇気ある予言神官が声をあげる。
「ああ、すまんな・・・つい、私の秘書官をおちょくりたくなって」
セヴェリオの言葉におちょくりたくなったってどういうコトだ!!と問い質したいのを我慢して、ティーノルッツヘルトは予言神官に視線を向ける。さすがにこれ以上彼等の邪魔をするわけにはいかないからだ。
「・・・いえ。・・・それでですね、聖女様の心配は必要ないでしょうが、瘴気の獣の狙いは聖女様の身近な者達であると考えられます」
「ふむ・・・おそらくは、聖女に試練を与えている者が真っ先に標的にされそうだな」
「ええ・・・その可能性が高いですね」
「影神官を向かわせる・・・それで良いな?」
影神官とは瘴気の獣対策のために組織された、枢機卿直属の神官のことである。
「はい。それが得策かと」
「ついでに聖女を連れて来させるか。そろそろ頃合いだったからな。・・・予言があったとかなんとか言えば納得するだろう」
「・・・猊下、そんな身も蓋もない・・・」
「いいから影神官を呼べ」
ティーノルッツヘルトが渋い表情をうかべるのもお構いなしにセヴェリオは影神官を呼び寄せるように命じる。
「・・・わかりましたよ・・・ったく、人使いの荒い・・・」
ブツブツと文句を言いながらも音信の術を発動させ、影神官を呼ぶ。
音信の術とは法術の中でも比較的簡単な術で、発動条件をクリアすれば遠くにいる相手と会話ができる優れモノの術である。
ほどなくして影神官の1人が第2応接間にやってくる。
「お呼びですか、猊下」
「ああ、来たかジョナタ。・・・とりあえずお前、ヴィグラの村に行って旧跡を調べてこい。あと、予言があったとか言って、聖女も連れてこい」
何というかアバウトな命令である。
もう少し何か説明しても良いだろうにとティーノルッツヘルトは呆れるが、慣れたものでジョナタはこっくりと頷く。
「かしこまりました。瘴気の獣は聖女様とともに狩ることにしましょう。聖女様には詳細をお伝えしますか?」
あのアバウトな命令でどこまで理解したのか、ジョナタの的を射た確認にセヴェリオは満足げに笑って答える。
「いや、こっちに連れて来てから私が説明する」
「ではそのように」
余計なやりとりは一切なく、影神官はそのまま出立する旨を告げて第2応接間を出て行く。
「ティー、お前もアレくらい出来るようになれ」
「いや、無理だから!!なんであのアバウトな命令だけで理解できんの!?有り得ない!!」
セヴェリオの言葉にツッコミつつ、ティーノルッツヘルトは頭を抱えて吠える。
「・・・まぁ、ジョナタは私の幼馴染だからな」
さらりと言われた新事実に、とうとう処理能力の限界を迎えたティーノルッツヘルトは意識を彼方にふっ飛ばした。
「わぁあ!秘書官殿!!」
予言神官が慌ててティーノルッツヘルトに駆け寄るのをぼんやりと見つめ、セヴェリオはふむ、と呟いた。
「人というのは、処理能力の限界を超えると失神するのか・・・なるほど」
どこまでもぶれない枢機卿なのであった。




