34.じれったい2人
その大法術はここ数百年にわたって使われたことのないもの。
準備の段階であのような効果が出る以上、術の行使によってどの程度の効果が現れるのかわからない。
わずかな異変でも構わないから、何かいつもと違うと感じたら、すぐに報告をすること。
そのような触れが国中どころか、周辺各国にまで流布される。
「・・・ますます、大事に・・・」
完全に涙目なシルヴァーナは「もう、無理」とか「ダメ、できない」とか、ネガティブ発言を繰り返し、ティーノルッツヘルトやジョナタが懸命に慰めていたりする。
かくいうセヴェリオも落ち着かない気持ちでいる。
こんな時に初恋を自覚したのだから不安定にもなるだろう、と言い訳をしつつ、シルヴァーナを励ますに励ませない自分に嫌気がさしている。
「初恋だからって、余裕無さ過ぎだぞー?セヴィ」
「うるさい」
幼い頃からの仲でもあるジョナタにからかい半分に言われるのにも上手い切り返しができず、低く唸るばかり。
「うわー、ダメだこりゃ。重症だわ・・・」
部下としてではなく、幼馴染として対応しているが、こればかりはセヴェリオの心の問題なので、何ともできないと匙を投げた。
「あのっ、聖女様、落ち着いてください」
「わ、私じゃダメなんですっ・・・ルーノっ、影の中に連れてってぇ」
「ちょちょちょ、待って、ダメダメ!!」
さらには、眷族となった白い子犬に抱きつきながら引きこもり宣言を始めたシルヴァーナに、ティーノルッツヘルトが大層慌てている。
「あーあ・・・肝心の2人がこれで、上手くいくのかぁ?」
ジョナタの呆れも最もである。
しかも、腹をくくったはずのシルヴァーナがここまで荒れているのは、セヴェリオの態度のせいでもあるから余計だ。
どうも、人の顔色を見て過ごしてきた幼少期のせいで、セヴェリオがシルヴァーナに対して距離を取ろうとしていることを敏感に察してしまったようなのだ。
何を勘違いしたのかはわからないが、自分ではやはりダメなのだと突然に落ち込みだして、ああして肉食獣に囲まれた獲物のようにプルプルと端っこで震えている。
「セヴィ・・・お前がもうちょっと年上らしく余裕を持ってだなぁ・・・」
「私だって、そうしようと思ってる。だが・・・」
シルヴァーナを目の前にすると、つい、緊張してしまうのだ。
先日まではそんなことはなく、綺麗に押し隠せていたはずなのに、どうしてこうなってしまったのか。
それは一昨日のこと、何の気なしに2人で大神殿の中庭を散策している時だった。
たまたま中庭の手入れにやって来ていた庭師が、2人に見惚れたかと思ったら、凄まじい勢いで「お似合い」だの「愛し合っているのですね」だのと一方的に話し続けた。
庭師に悪気はなかった――はずだ。
美男美女、しかもちょっとやそっとじゃお目にかかれない2人が並んで庭を散策していたのだから、それは絵になる光景で、感激のあまり声をかけてしまったのも仕方のないことだったのだろう。
呆気にとられていたシルヴァーナは話も半分しか理解していなかったようだが、職業柄、全ての話をしっかりと聞いて理解してしまったセヴェリオはそうはいかなかった。
妙にシルヴァーナを意識してしまい、その後は一歩引いて対応するようになってしまったのだ。
市井にいる子どもならば、思春期の頃には済ませているはずの体験を今まさにしている最中で、セヴェリオに余裕を持てという方が無理である。
「はーぁ、ほんっとに性格はひん曲がってんのに、恋愛方面では純粋培養されちゃって。まぁ、普通はそういったことを体験するはずの王立学院時代は男ばっかりだったしねぇ・・・」
「ひん曲がってる言うな。・・・王立学院は女子生徒が圧倒的に少ないからな」
「そもそも女性は学をつけるよりも行儀見習いだ花嫁修業だっていうのが主流だしねぇ・・・」
しかも、同じカリキュラムではないから、授業中の絡みも無い。
こんなもんだから、政略結婚のある貴族の子弟はともかくとして、神官は恋愛のれの字も知らないまま神殿で働くことになるので、既婚率が圧倒的に低い。
「ああ・・・銀貨・・・銀貨、数えてくる・・・」
「待て待て、シルヴィさんをなんとかできるのはお前だけだろうが」
趣味に走ろうとしているセヴェリオをとっ捕まえて、ジョナタはグイグイとシルヴァーナとティーノルッツヘルトの元へ連れて行く。
「私、ご期待にそえそうにありませ・・・ご、ごめんなさぃぃぃいい」
さて、ご機嫌伺いをと思って近づけば、当の本人は涙目を通り越して、マジ泣きである。
「せ、聖女様ぁ・・・泣かないでくださいよぅ」
しかも、ティーノルッツヘルトまで涙目になってしまっている。
「あちゃぁ・・・秘書官殿まで・・・」
元々自信のないシルヴァーナがそれでもなんとかやってこれていたのは、ひとえにセヴェリオが大切に扱ってきたからである。
大切にと言っても、甘やかすのではなく自信を持たせるために出来ることを確認して任せただけ。
だが、シルヴァーナにとってはその扱いがとても安心できたようで、すっかりセヴェリオに懐いてしまっていた。
そのセヴェリオに距離を置かれ、シルヴァーナが混乱するのもわからなくもない。まだ、17の少女なのだから。
まぁ、7つ下の女の子――と言ってもかなりの美少女で、環境のせいか随分と大人びている――に初恋をこじらせかけている24の男が目の前にいるが。
「・・・シルヴァーナ」
おそるおそる声をかけるセヴェリオに、シルヴァーナは震えながら視線を向ける。
それがまた保護欲をそそられる表情で、セヴェリオがカチン、と固まってしまう。
堂々巡りだ。
「・・・いっそのこと、開き直って溺愛すれば良いのに」
じれったい。
特にセヴェリオが、鬱陶しい。
その背中を蹴飛ばしてやろうかと、ジョナタが荒療治を考えていた時だった。
強い瘴気が神殿を守る結界にぶつけられたのを、その場の全員が感じ取った。
「っ・・・今のは?」
色ボケを振りはらい、枢機卿としての顔に戻ったセヴェリオに、ジョナタは部下の影神官として答える。
「・・・おそらく、悪魔側の攻撃、でしょうねぇ・・・ちょっと前のアレが気に入らなかったんでしょう」
「・・・大神殿を直接狙っていたようですね・・・」
不安気に周囲を見回すティーノルッツヘルトに、セヴェリオは頷く。
「ああ、こちらの状況を向こうも掴んでいるってところか」
「ど、どうしたら・・・」
オロオロとするシルヴァーナに、セヴェリオはキリっとした表情で言う。
「もう、一刻の猶予も無いってことだ。国からのお触れももう行き渡った頃だろう。・・・やるぞ、シルヴァーナ」
「・・・でも」
「大丈夫だ・・・お前は誰が何と言おうと、私の(認めた)聖女だ」
「えっ・・・あ・・・」
彼女を安心させるように微笑むセヴェリオはそれはそれは美しいのだが、肝心なセリフを抜いてしまって、自分のもの宣言みたいになっているのに気付いていない。
シルヴァーナの方は完全に気付いているようで、顔が真っ赤に染まっている。
少し前の緊張感はどこへやら。空気が一気に甘ったるいものになってしまう。
「うわぁ・・・猊下が砂糖菓子みたいに甘いセリフを・・・」
胆力は人一倍のティーノルッツヘルトが恐れ慄く有様である。人はこれをどん引くと言う。
「・・・猊下、シルヴィさん、そっちの話は後ほどじっくりと2人で話してくださいね。そんなことよりも、今は、大法術の行使のことを考えてください。良いですね?」
ジョナタはけして声を荒げたわけでも大きくしたわけでもない。
が、妙な圧を感じたセヴェリオ達は揃ってびくん、と身体を跳ねさせ、ガクガクと同時に頷いたのだった。




