35.大法術の威力
「しかし・・・ここは王都のど真ん中だぞ?瘴穴も近くには無いし・・・悪魔が既に入り込んできているのか?」
セヴェリオの疑問ももっともで、先程の瘴気がどこからぶつけられたのかと皆が首を傾げる。
「・・・ルーノみたいに、瘴気の獣用の器が乗っ取られた、とか・・・?」
シルヴァーナが自信なさげに言うと、男達はぐりんっと一斉にシルヴァーナを見つめる。
その動きに「ひっ」と軽く悲鳴をあげたシルヴァーナだったが、揃って歓喜の表情をうかべているのに気付いて、怒られるわけではないのだとホッとする。
「そういうことか・・・瘴気の獣用の器かどうかは措いておくとしても、それがあちらの限界か」
「なら、やりようはいくらでもありますね、猊下」
「ああ。・・・良く気付いたな、シルヴァーナ」
「は、はいっ」
つい先程まで距離を置かれていた(と思っていた)セヴェリオに褒められたシルヴァーナは嬉しさのあまり満面の笑みをうかべた。
その笑みに一瞬どころか見惚れて動きを止めてしまった男達に、小首を傾げ、さらに悶えさせるという天然無自覚たらしっぷりを発揮したのだが、そこは割愛する。
「・・・と、とりあえず、広範囲にわたるという大法術を使えば、国中の瘴気や瘴穴、瘴気の獣も駆逐することができるだろう」
気を取り直したセヴェリオの言葉に、ジョナタもティーノルッツヘルトも同意する。
「王都は国の中心に作ってありますからね・・・もしかしなくても、この術のためにそういう作りにしたのではないかって思っていますが」
「ああ、ジョナタさんの言う通りかもしれませんね。放射状に道が延びているのもその証拠と言えるでしょうし」
「わざわざ攻撃を受けてやる必要もないしな。どのような変化が起こるかはわからないが・・・とりあえずやるしかないだろう」
セヴェリオはそう言ってシルヴァーナに手を差し伸べる。
「シルヴァーナ・・・出来るな?」
再度の確認は有無を言わせないものだったが、シルヴァーナは今度こそハッキリと頷いた。
セヴェリオの期待に応えたい。その一心であった。
「はい、出来ます」
躊躇うことなくセヴェリオの手の上に己の手を乗せ、初めて前向きな返答をしたシルヴァーナに、セヴェリオは一瞬目を丸くし、それから微笑みをうかべて頷いた。
「・・・よし」
そんな2人の世界を作りあげている状況を見守りつつ、ジョナタは顔を真っ赤にしているティーノルッツヘルトの脇をつつく。
「秘書官殿」
「ひゃいっ!」
「・・・大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫、です・・・その、法力が、あんまりにも綺麗だったので」
「ああ、貴方はそういう能力を持っている方でしたね」
法力の質を感じ取れる者だけにある感覚なのだろう。2人から発せられる法力に、完全に酔ってしまっているようである。
しかし悪い酔い方ではなく、うっとりとしているような酔い方なので、これは放置するしかないだろうとジョナタは肩を竦める。
「でも・・・悪魔が攻めてくるなんて・・・そこまで瘴気があふれていたんですね・・・」
ティーノルッツヘルトはほわほわとした空気をまといながらも、眉を寄せた。
「ええ、それが問題ですね。・・・まさか、悪魔が意図的に攻撃ができるほどに瘴気に浸食されていたとは」
ジョナタはそれに頷き、影神官としてまったく気付かなかったことを不思議に思う。
「たぶん、聖女様の傍にいたからじゃないですか?」
「・・・そうか、シルヴィさんを連れ帰ってからは、ずっと彼女の傍にいましたね・・・」
その清らかな法力に護られて、外の瘴気に気付かなかったというわけだ。
影神官はジョナタだけではないが、皆、遠くで活動しているため、報告に戻ってくるのも一苦労だ。
「でも、そうだとしたら・・・聖女様が大神殿にいらしてから間もない頃から急激に瘴気が増えたことになりますよね」
「ええ・・・」
シルヴァーナがあの村にいた頃は瘴気が抑えられていたということだろうか?
いや、シルヴァーナが聖女となる日まで神族の護りがあった、ということなのかもしれない。
「でも急激だったせいで、目立った影響がないのが幸いでしたね」
「そうですね・・・シルヴィさんもやる気満々のようですし、やる気をなくす前にやってもらいましょうか」
未だに甘い空気を醸し出す2人に近付き、ジョナタは咳払いをした。
びくぅ!と身体を震わせた2人がおそるおそると自分に視線を向けてくるのを確認し、ジョナタはニッコリと笑った。
「早く、やっちゃってください」
「「は、はい・・・」」
ジョナタのまっ黒オーラを感じ取ったのか、セヴェリオまでもが大人しく頷く始末。そんなジョナタを尊敬の眼差しで見つめる。ティーノルッツヘルト。
何だかんだ言いながら、余裕が伺える一幕であった。
***
そうしてやって来たのは大神殿の中庭。
そこがこの国のへそ――中心地であるから、術を使うにはうってつけの場所だからだ。
「・・・ジョナタが睨んでるからな・・・さっさとやるか・・・」
「は、はい・・・」
じとん、とした目で見つめてくるジョナタにほんの少し怯えつつ、シルヴァーナは頷く。
セヴェリオはそんなシルヴァーナの両手と自分の両手を繋ぎ、天に捧げるように上にあげた。
「法力を」
「はい」
互いに法力を流し合ったときと同じようにすると、精神に刻まれた術式が発動する。
凄まじい浄化の光が2人を包み、空に向かってまっすぐに伸びていく。
「・・・すごい・・・」
ティーノルッツヘルトが呆然とそれを見つめて呟く。
生まれ持った能力の性質上、法力や法術には敏感に反応してきたティーノルッツヘルトであるが、ここまでの術はセヴェリオの全力の法術でも出せないほどのものだと感じた。
シルヴァーナと力を合わせているから、2人の法力を合わせた威力が出るのだろうとは思っていたが、これは2人の力が掛け合わされて威力が何倍にも跳ね上がっている。
「これは、小規模な瘴穴ならば、あっという間に塞がってしまいますね・・・」
先日の騒ぎを超える事態になるであろうことを憂い、ジョナタは溜息をつく。
だが、この大法術の奇跡が起きたことにより、シルヴァーナの立場は今まで以上に安定する。
シルヴァーナ自身に自信が無いことが見透かされても、今回の功績があれば悪く言う者や貶めようとする者はいなくなる。むしろ、聖女を守ろうとする者が増えるはずだ。
こうなったら、徹底的に“あの方”にシルヴァーナを振り回してもらって、萎縮しないように鍛えてもらおう。
そう決めて、ジョナタは大法術に見惚れているティーノルッツヘルトを正気に戻すために行動を開始した。




