32.術式を刻む
目的の場所に着く頃、ようやく動揺も収まったセヴェリオは、くるりと振り返ってシルヴァーナに頭を下げた。
「すまなかった・・・」
「い、いえ・・・落ち着きました、か?」
「ああ、もう大丈夫だ」
ほぼかけ足だったシルヴァーナは息を荒げながらも確認し、セヴェリオはそんなシルヴァーナの様子を見て、すまなそうに頷いた。
「――それなら、良かったです」
ニコリと笑うシルヴァーナにまたもや鼓動が跳ねたが、持ち前の精神力でそれを抑えつけて、なんとか平然とした顔で対峙する。
「術式の刻み方は覚えているな?」
「はい、大丈夫です」
「今回は少し特殊だ。2人掛かりの大法術だからな」
2人で術式を分けて刻まなければならなくなるので、少しばかり手続きが面倒になる。
だが、セヴェリオはいつか、という思いを持って研究してきたから、その方法をしっかり記憶していた。
まず、術式を旧跡から切り出した石板に刻み、それを人数分(この場合2人)に分割する。
御使いが現れた直後にそこまでの準備を整えていたセヴェリオは、分割した石板をシルヴァーナに渡す。
「・・・あとは通常通りに、石板に法力を流せば良いんですか?」
「その前に・・・」
セヴェリオは手を差し伸べる。
「え、あ・・・ああ、手を、繋ぐんですか?」
「そうだ。・・・法力をお互いに流し合う」
「わ、わかりました・・・」
シルヴァーナはもじもじとしながら、その手に自分の手を乗せる。
そんなシルヴァーナ以上にドキドキとしているセヴェリオなのだが、枢機卿として鍛え上げた精神力でなんとか平常心を保っているような表情を取りつくろう。
「――では、いくぞ?」
「はい」
前例がないため、一応結界があり、通常業務を行っている場所から離れた棟に来てはみたものの、枢機卿と聖女が互いに法力を流し合うということが、どれ程の影響を及ぼすのかまったくわからない。
だが、御使いができると言ったのだから、それを信じて2人は法力を流し始めた。
***
2人が法力を流し始めたのとほぼ同時刻。
国中のあちらこちらで後に“聖なる奇跡”と呼ばれるようになる事象が起こった。
ある町では、その一帯を包んでいた瘴気が一気に晴れ、枯れ井戸から聖水が湧いた。
ある村では、瘴気に侵されて病み狂い隔離されていた村人達が“全員”正常な精神を取り戻し、彼等を長年苦しめていた瘴気の獣が消滅した。
ある地域では、その侵食速度から監視対象となって、砦が建てられていた瘴穴が忽然と消えた。
それは、神託をもたらした御使いですらも予想し得なかった“副作用”であった。
過ぎた力は毒となる。・・・だが、枢機卿と聖女という2人の力に関してはその言葉は当てはまらなかったようで。
各地からそのような報告が上がってきたのを確認した国の要職に就く者達は、すぐさま当人達を呼び寄せることを決定した。
ちなみに、とある影神官が後に「これぞ、愛の力ですか~」などと当人達をからかい倒したのは、まぁ、余談である。




