星空の下の告白、心の拠り所
交易都市の活気あふれる宿屋の食堂は、今夜も大勢の旅人や冒険者たちの陽気な喧騒と酒杯の打つ爽やかな音で満たされていた。
「がはは! 今回の討伐も無事に大成功だな! 葵の『ヒール』のおかげで、ルカのあの凄惨な大傷も跡形もなく綺麗さっぱり治ったし、本当にお手柄だったぜ!」
「本当ねぇ。一時はどうなることかと思ったけれど、葵ちゃんがいてくれて本当に助かったわ。ほら、美味しい果実水でもお飲みなさいな」
「あ、ありがとうございます、ギルバートさん、ミーナさん……っ」
木製の長テーブルを囲み、温かいスープや干し肉を味わう仲間たち。前衛で頼もしくパーティを引っ張るギルバートと、サバサバとした面倒見の良いスカウトのミーナから笑顔で称賛され、葵は照れくさそうに頬を染めながら小さく微笑んだ。
スープの湯気が頬のそばを柔らかく撫で、干し肉の塩気が舌先でほろりとほどけていく。けれど、そのどれよりも熱いのは、胸の奥で静かに高鳴る心臓の鼓動だった。
テーブルの縁に残る木の温もり、立ちのぼる湯気、果実水のほのかな甘酸っぱさが舌先を撫でる。宴の熱が頬に当たるたび、葵の胸の奥では、誰にも見せない熱い疼きが小さく息を潜めていた。
2年前、見知らぬ異世界に一人召喚され、王宮から冷酷に追放されて右も左も分からずに涙を流していた自分が、今ではこうして頼もしいヒーラーとして深く必要とされている。胸の奥を温かい安堵と確かな達成感がそっと満たしていった。
けれど、その安堵の奥で、葵は確かに自分の中の小さな熱を自覚していた。ルカがすぐ隣にいる、その事実だけで、胸の奥は甘く締め付けられてしまう。
「葵、無理に付き合わなくていいからね。今日の戦闘と治療で、まだ疲れが残っているだろう?」
「ううん、大丈夫だよ、ルカ。……ルカこそ、体調はもう本当に平気? 痛むところはない?」
「うん。葵が全身全霊で治してくれたおかげで、痛みも違和感も全くないよ。本当にありがとう、葵」
隣に座るルカが、涼やかな瞳で葵を優しく見つめ、温かい笑みを投げかけてくる。
熱いスープの湯気越しに交わす視線。その視線が頬に触れるように熱く、葵は果実水を口に運ぶ直前、細く息を吐いた。
その視線は、近すぎるほど近い。葵は思わず、自分の胸の奥に灯る熱を隠すように、そっと息を吐いた。
死角から襲いかかってきた魔獣から自分を庇って身を挺して倒れた彼の凄惨な姿。そしてその後に素肌の膝枕やルカの背中越しに伝わってきた、男らしくも切ないほど熱い体温の感触。それらの記憶が脳裏に甘く蘇り、葵の胸の奥はキュンと可憐に跳ね上がった。
膝枕の感触、背中越しに伝った熱、そのすべてが、今は幻のように指先を焦がす。
やがて宴の熱気が増し、食堂内が少し騒がしくなってきた頃、葵は「少し夜風に当たってきますね」と仲間たちに声をかけ、静かな二階の石造りテラスへと足を向けた。
重厚な扉を開けて夜のテラスに出ると、澄み切った涼しい夜風が葵の火照った頬や耳たぶを心地よく撫で上げていく。見上げれば、吸い込まれそうなほど美しい満天の星々が、漆黒の夜空一面に宝石のように散りばめられていた。
石造りのテラスは昼間の熱を失い、足元の石肌は冷たく、夜露の名残が細く光っていた。
「わぁ……すごくきれい……」
思わず感嘆の吐息を漏らし、静かに夜空を仰ぐ葵。冷たい空気が、戦いの熱で火照った身体を静かに冷やしていく。けれど、その冷たさの奥で、胸の奥の疼きだけが、いっそう鮮明に息を潜めていた。
見上げた夜空の深さに、葵の瞳は吸い込まれ、胸の奥の疼きが静かに膨らんでいく。
漆黒の闇に浮かぶ光は、まるで幾千もの小さな瞳のように瞬き、葵の濡れた睫毛を映して細く揺れた。
すると、背後から静かな足音が近づき、優しく耳に届く声があった。
「ここから見上げる星空は、本当にきれいだね」
振り返ると、そこにはルカが立っていた。月光と星あかりに照らし出された彼の涼やかな輪郭は、日本に残してきた最愛の恋人・拓海に驚くほどよく似ており、葵の胸をキュッと締め付ける。
似ている、その一言が、葵の胸の奥で何度も反響する。
「ルカ……。どうしたの?」
「うん。……葵と、二人きりで話がしたくてね」
ルカはまっすぐな瞳で葵を見つめると、ゆっくりと歩み寄り、葵のすぐ目の前で足を止めた。夜風が二人の髪を優しく揺らす。
星あかりがルカの睫毛の陰に落ち、その涼やかな表情を、より一層切なく浮かび上がらせていた。
近づくにつれて、ルカの体温が夜風の中でほのかに熱く伝わってくる。葵は思わず息を呑み、星空の光が瞳の奥で細かく揺れた。
近づかれた体温は、冷たい夜風の中でひときわ熱く、葵の頬や首筋を薄い熱で焼いていく。心臓の鼓動が、耳の奥まで響いてきた。
「昼間の戦い……僕が庇って倒れた時のことだけど。怖かったろう? 余計な心配をさせてしまってすみませんでした」
「ううん……っ! 謝らないでルカ! ルカが私を命がけで守ってくれたから……私、無傷でいられたんだもん……っ」
「……あの時は、考えるより先に体が動いていたんだ。葵が危険に晒されるくらいなら、僕がどうなったって構わない。……僕は、いつだって葵の盾になりたいんだ」
熱く、どこまでも誠実なルカの言葉。至近距離で見つめ合う視線から、彼の胸の奥にある溢れんばかりの情熱と優しさがダイレクトに伝わってくる。
ルカの吐息が、葵の頬のそばでふわりと揺れた。その一瞬、胸の奥の疼きが、甘く、けれど確かに熱を帯びていく。
その吐息に触れるたび、葵の胸の奥で、言葉にならない熱が波紋のように広がった。
「葵……。僕にとって、君はもう単なる仲間じゃないんだ。この2年間、君の優しさや一生懸命に頑張る姿を一番近くで見つめてきて……どんどん心惹かれていった。……これからも、ずっと僕の隣にいてくれないか?」
そう言って、ルカの大きな手が葵の華奢な手を優しく包み込んだ。触れ合う手のひらからダイレクトに伝わる彼の熱い体温に、葵の心臓はドキンと激しく跳ね上がった。
包み込まれた手のひらの奥で、細い脈が速く跳ねる。その震えを、ルカは逃さぬように握りしめた。
手を取られたまま、ルカの体温が指の隙間から離れない。その熱が、葵の全身をじわりと染めていく。
(ルカ……っ。私……ルカのこと……っ)
胸の奥が甘く疼く。この2年間、右も左も分からなかった自分を命がけで守り、優しく寄り添い続けてくれたルカ。彼の男らしい優しさに、自分自身が強く惹かれ、彼を特別な存在として意識していることを、葵はハッキリと自覚していた。
――だが、その瞬間に。
葵の脳裏に、日本で笑顔で自分を強く抱きしめてくれた最愛の恋人・拓海の笑顔が、鮮烈にフラッシュバックした。
(ダメ……っ! 私は……拓海を愛してる……っ! 拓海を探すために、ここまで頑張ってきたのに……っ!)
拓海への変わらぬ深い愛と、目の前のルカへの芽生えつつある甘い情愛。二つの想いが葵の胸の中で激しくぶつかり合い、狂おしい葛藤が彼女の胸を締め上げる。
胸の奥で二つの熱が交わり、葵は思わず唇を噛みしめた。夜風が乱れた髪を揺らすたび、涙が頬を伝い、冷やされても熱いままだった。
目の前で真摯に答えを待つルカに対し、葵は唇を震わせ、上気した瞳にポロポロと涙を浮かべながら、切なく首を振った。
「ありがとう、ルカ……っ。ルカの言葉、すごく嬉しい……。ルカがいてくれたから、私……ここまで歩いてこられたんだもん。ルカは私にとって……本当に大切な、心の拠り所なんだよ……っ」
「葵……?」
「でも……っ、ごめんなさい……っ! 私には……どうしても諦められない、一番大好きな人がいるの……っ。いつか絶対に逢うって誓った、大切な恋人が……っ。だから……今の私には、ルカの想いに今すぐ『はい』って答えることはできないの……っ。ごめんなさい……っ!」
溢れ出る涙を拭いもせず、一心に切ない本音を吐露する葵。ルカの胸の奥で、かすかに息が詰まる音がした。
ルカは息を呑み、一瞬だけ瞳に切ない寂しさを滲ませたが、すぐに柔らかく温かい微笑みを浮かべると、葵の手を包み込むようにそっと重ね握った。
「……謝らないで、葵。君のそういう真っ直ぐで嘘をつけないところが、僕は大好きなんだ」
「ルカ……っ」
「答えは急がなくていいよ。君が誰を想っていても……僕はこれからも葵の傍にいて、君を守り続ける。それだけは絶対に変わらないからね」
包み込むようなルカの男らしい包容力と優しさに、葵は涙をポロポロと零しながら、小さく頷くことしかできなかった。胸の奥の疼きは、消えることなく、いっそう甘く深くなっていく。
ルカの手が、ゆっくりと離れていく。その名残の熱が、葵の指先に残ったまま、静かに夜空へ溶けていった。
◇
テラスでの会話を終え、二階の鍵のかかる個室へと戻った葵は、カチャンと静かに扉の鍵を閉めると、そのまま壁に背を預けて深く息を吐き出した。
「はぁっ……はぁっ……っ……」
胸の鼓動が、まるで早鐘のように激しく鳴り響いている。
部屋の暗さが、身体に残った宴の熱をいっそう濃く閉じ込めていく。
暗い部屋に、素肌を撫でる自分の吐息がやけに大きく響いた。
部屋に入ると同時に、身に纏っていた冒険者ドレスの魔法衣をスーッと解除し、素肌を露わにして素朴な木製ベッドの上へと倒れ込んだ。
魔法衣がほどけると同時に、残っていた夜風の冷たさが全身を撫で、その直後、内側から押し上げてくる熱が皮膚を内側から焼き付けた。
素朴なベッドの上で、白磁の素肌を露わにして身を悶えさせる葵。
手を取られた時のルカの熱い体温、まっすぐな告白、そして自分の中に確かに芽生えているルカへの愛おしいときめき。
「あ……っ……拓海……っ……拓海ぇ……っ……!」
ルカへの情愛に心が揺れてしまったことへの激しい罪悪感と、身体の奥底から込み上げてくる熱く湿った火照りが、葵の全身を強烈に駆け巡る。
逢いたい。大好きな拓海に抱きしめられたい――!
この身体も、この心も、全部拓海だけのものなのに……っ!
罪悪感と愛おしさがぐちゃぐちゃに混ざり合い、葵の体底からは情愛の熱が溢れ出し、白磁の太ももの内側を温かく濡らし伝っていった。
その熱は、指先に触れた瞬間よりも速く広がり、白い肌の上を細い筋になって伝う。
熱に浸された太ももの内側が、びくりと小さく震える。葵は仰向けのまま、震える指先をそっと火照った肌へと伸ばしていった。
熱を帯びた肌に指先が触れた瞬間、脳裏へと甘い痺れが駆け抜ける。
「んっ……ぁ……っ……」
指先は震えながら、まず熱を帯びた肌のそばにそっと触れ、その熱を確かめるように円を描いた。甘い火照りが伝わり、皮膚をこすれる微かな熱が腹の奥までじわりと染み渡っていく。
もう片方の指を添え、熱を帯びた肌をそっと撫でるように指を走らせる。情愛の熱が指の腹と皮膚の間に甘い抵抗を生んだ。
ルカの優しい笑顔と拓海の面影が脳裏で重なり合い、胸の柔らかな膨らみの頂が熱を帯びて高鳴る。溢れる想いを確かめながら、指先で火照った肌を愛おしそうに優しく撫で上げていく。
「ひぁあっ……っ!? 拓海……っ! 愛してぇ……っ! 拓海の手で……いっぱい私を抱きしめてぇ……ッ!」
可憐な悲鳴を噛み殺しながら、葵は夢中で指先を小刻みに動かし続けた。甘い吐息が静かな部屋に響き渡り、熱い高揚が全身を揺さぶる。
吐息は、自分一人きりの部屋で、思った以上に甘く響いた。
撫でるたびに、熱い脈が鼓動を打ち、腰の奥が勝手に跳ねる。太ももの内側がびくりと震え、濡れた筋がベッドの縁を伝った。
指の腹が肌を撫でるたび、熱い脈がふわりと膨らみ、腰の奥がじわりと痺れていく。夜風の名残で冷えていた頬が、熱い涙でさらに火照っていく。
胸の頂が熱を帯び、自分自身の熱に驚くほど敏感に反応していく。
拓海の名を呼ぶたびに、胸の奥が切なく疼き、葵は涙を止められなくなった。
愛おしい熱が腹の底に溜まり、指先を止められなくなる。胸の奥で拓海とルカの面影が何度も重なり、葵は震える声を噛み殺した。
「あぁっ……んんッ……!! 拓海ぃ……ッ!」
最愛の人の名を狂おしく叫びながら、葵は可憐な身体を大きく跳ねさせ、涙と情愛の汗に濡れそぼりながら切ない胸の高鳴りの果てを迎えていった。
身体が弾けた熱は、あまりに甘く、あまりに切なく、葵の胸の奥を深く抉っていく。
想いが極まったあと、細く震える指先がようやく肌から離れ、葵は胸の奥に残る切ない熱を抱きしめるように、静かに目を閉じた。
静かに開いた指先は、まだ自分のものではないように震えていた。
濡れた太ももの上を、夜風の名残がそっと撫でていく。身体に残った熱は、消えるにはあまりに甘く、拓海への想いと同じくらい確かなものだった。
第9話をお読みいただきありがとうございました!
今回は、激戦を乗り越えた後の宴、星空の下で交わされるルカの切ない告白と葵の葛藤、アンド拓海への変わらぬ愛ゆえの「返事の先送り」、宿屋での罪悪感交じりの甘く切ない一人夜をお届けいたしました。
拓海への愛とルカへの想いの間で揺れ動く葵の可憐な心を丁寧に描いてまいります!
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