初めての冒険とヒーラー
慣れない石畳を踏みしめる足裏の痛みと、下半身を撫で上げる夜風の冷たさに耐えながら、葵はようやく山あいに開けた国境街ルミナの重厚な外壁へと辿り着いた。石畳の角が足裏を削るたびに、葵は小さく息を呑み、冷気に濡れた腿を冷やされたまま、震える腕で胸元を押し隠した。
木造と石造りの建物がひしめき合い、松明の明かりが妖しく街並みを照らし出している。見知らぬ人々の喧騒に気圧されながらも、葵は自らの腕で胸元を必死に押し隠し、短い裾を手で押さえながら、とにかく藁にもすがる思いで、街の中で一際大きく明かりが灯る目立つ建物――「冒険者ギルド」の重厚な扉を開けた。
ギシ……と重い音を立てて扉が開いた瞬間、酒と肉の匂いが混ざり立った熱気が、葵の全身を包み込んだ。汗と酒の匂いが喉の奥まで流れ込み、葵は思わず身を縮めた。
「ひ……っ……!?」
途端に、酒場の中にいた大柄な男たちの視線が一斉に葵へと注がれた。
肩紐だけの極小の白い布地で胸と腰元を隠しただけ、しかも生地がうっすらと透明感を帯びてしまっている葵の姿は、酒場の粗暴な男たちの目にあまりにも無防備で、刺激的に映ったのだ。汗に張りついた布の隙間から胸の輪郭が透け、風が脚の付け根を撫でるたびに、葵は細く肩を震わせた。
「おいおい……なんだあの娘は……!?」
「体を売り込みに来た淫売か!?」
「ハハハ! いい身体してんなぁ! 俺の膝に乗るか!?」
酒場中に響き渡る下卑た口笛と、下心に満ちた男たちの視線。葵は顔面を真っ赤に染め上げ、恐怖と恥辱で足をすくませた。短いキャミソールの裾を必死に下に引っ張ろうとするが、硬く固定された生地はビクともせず、かえって滑らかな太ももと可憐な腰つきが露わになってしまう。
「や……嫌……っ……そんな目で見ないで……っ」
恐怖で涙がこぼれ落ちそうになった、その時だった。
「――おい。酒が不味くなるような野次を飛ばすんじゃない」
重厚で凛とした男の声が酒場を制した。
前衛の甲冑状の魔力衣を纏った大柄な男――ギルバートが立ち上がり、男たちを鋭い眼光で牽制する。さらにその傍らから、サバサバとした雰囲気の女性・ミーナと、一人の高身長の青年が葵のもとへと歩み寄ってきた。
「大丈夫かい、お嬢さん。変な奴らの言葉なんて気にしなくていいよ」
ミーナが親身になって葵の背中に寄り添ってくれる。そして――葵のすぐ目の前に立ち塞がり、その大きな背中で粗暴な男たちの視線をぴったりと遮ってくれた青年を目にした瞬間、葵の心臓がどくん……!と跳ね上がった。
(え……っ……!?)
自然なクセのある暗い髪、涼やかで優しい目元、そして全身から滲み出る温かく穏やかな空気。
(拓海……っ……!? ううん……違う……でも……すごく、似てる……っ)
立ち尽くす葵の様子に気づき、青年――ルカは穏やかな苦笑いを浮かべながら、優しく声をかけてくれた。
「驚かせてしまってすみません。僕はルカといいます。外の街道で何か大変な目に遭われたのですか?」
「あ……えっと……私……」
葵は言葉を詰まらせた。王宮から冷酷に追放されたことや異世界から来たという事実は怖くて口にできなかったが、身寄りもなく、右も左もわからない見知らぬ土地で途方に暮れていた恐怖が、一気に涙となって溢れ出した。
「気づいたらこの街の近くにいて……身寄りもお金もなくて……魔力衣の作り方も上手くできなくて……っ」
ぽろぽろと涙を溢れさせる葵に対し、ミーナとギルバートは困惑気味に顔を見合わせた。
「うーん……こんな格好で泣かれたら、まるでアタシたちが苛めてるみたいじゃないか。……ねえギルバート、大昔の都市伝説にある『異界の迷い人』の噂、聞いたことあるかい?」
「おいおい、まさかそんなおとぎ話を真に受けるわけじゃねえろ? ……まあ、子供でも服の形を維持できるからな。魔力衣の仕組みすら怪しいってのは、普通の訳アリとも思えねえが」
ギルバートは頭をガリガリと掻き、深いため息を吐いた。本当か嘘かは半信半疑といった様子だが、怯えて泣いている若い女の子をこのまま野放しにするわけにもいかないようだ。
「まあいい、細かい話は明日ゆっくり聞くとしてだ。今夜は俺たちの行きつけの宿に泊まっていきな。部屋代は俺たちが立て替えてやるから、まずはゆっくり体を休めるといい」
「あ……ありがとうございます……っ!」
親切な三人に連れられ、葵はギルドに併設された素朴な宿屋の一室へと案内された。
◇
ギルバートたちにお礼を告げて部屋に入ると、葵は扉に背を預け、スーッとその場にへたり込んだ。
扉の木の感触が肩口から伝い、冷たさが胸の奥へ沈んでいく。光の陣に呑み込まれ、見知らぬ王宮の大広間で大勢の貴族に全裸を晒され、そのまま冷酷に放り出されて夜道を進んだ厳しい一日。見知らぬ土地で誰にも助けてもらえないかもしれないという恐怖が、親切な三人に出会えたことでようやく解け落ちていく。屋根があり、鍵のかかる部屋にいられるというだけで、葵の瞳からはじんわりと安堵の涙が溢れ出していた。
(よかった……親切な人たちに出会えて……本当によかった……)
強張っていた全身の緊張が抜け、昼間からの長旅と魔力消費の疲労が一気に押し寄せてくる。葵は木造の素朴なベッドへと這い上がり、身体を小さく丸めて目を閉じた。
――だが、真夜中のことだった。
「ん……っ……冷た……い……?」
肌を刺すひんやりとした夜風に、葵はおそるおそる目を覚ました。
窓から差し込む静かな月光の下、素肌を直接撫で上げていく夜風の感触に違和感を覚え、葵は自分の身体を見下ろした。――次の瞬間。
「え……っ……!? や……嘘でしょ……ッ!?」
葵はあまりの事態に顔面を真っ赤に染め上げ、大焦りで跳ね起きた。
彼女の素肌を覆っていたはずのキャミソールが影も形もなく消失し、自分自身が全裸となってベッドの上に横たわっていたのだ。
微睡みの中で意識の集中が途切れてしまったため、衣の形を維持できなくなっていたのだ。月光の下、隠すもののない白磁の肌、ふっくらとした豊かな二つの胸、引き締まったウエスト、滑らかな太もも、そして足の付け根の可憐なラインが無防備に露わになっている。胸先は冷気に尖り、腿の付け根が月色に仄かに濡れて見えた。
「やだ……服が消えちゃってる……っ! 作らなきゃ……早く作らなきゃ……っ!」
大パニックに陥った葵は、両腕で豊満な胸を強く抱きかかえ、慌てて体内の魔力を強引に手繰り寄せようとした。純白の衣をもう一度作ろうと、なけなしの力を必死に絞り出そうとした――その直後のことだった。
「ひぁあッ……!? んぐぅ……っ!?」
体内の魔力が完全に底を突き、それと同時に――下腹部の奥底から、凄まじい熱気と甘い火照りが爆発するように湧き上がってきたのだ!
「あ……っ……なに……これ……っ! 身体の奥が……熱い……っ!」
わけも分からぬまま、身体の奥底から吹き荒れる甘く重い疼き。下腹部から全身にかけてジンジンと痺れるような火照りが駆け巡り、葵はベッドの上で可憐に身を悶えさせた。
無事に安全な場所へ辿り着けた安堵。そして拓海の面影を持つルカと出会ったことで、心の奥に押し込めていた最愛の恋人への情愛が、一気に溢れ出していた。
(拓海……っ……どこにいるの……っ? 会いたい……拓海に会いたいよぉ……っ!)
胸を突く切ない逢いたさと身体の奥から溢れる甘い疼きに耐えかね、葵は涙を溢れさせながら、震える手をそっと自らの身体へと伸ばした。
熱を帯びた素肌に指先が触れた瞬間、胸の奥から甘い吐息がこぼれる。自らの手を拓海の手だと重ね合わせるように、葵は身を焦がす熱となだめるように愛おしく肌を撫で、拓海の名を何度も切なく呼び続けた。
「あ……っ……拓海……っ! 抱きしめて……拓海の手で……っ!」
体底から湧き上がる甘い高揚の波が全身を駆け巡り、葵は胸を反らせて切ない高鳴りの果てを迎えた。肩を揺らして息を吐き出し、ベッドの上に可憐な身体を小さく丸める。
身体に残る甘い余韻を感じながら、葵は頬を伝う涙を指先で拭った。
「……拓海……っ……拓海に、会いたい……っ」
切なくも温かい安堵に包まれながら、葵はそっと目を閉じた。
◇
翌朝。すっきりと眩しい朝日が差し込む中、葵はギルバートたちに連れられて、街の中央に聳え立つ『ルミナ大神殿』へと向かっていた。
「いいかお嬢ちゃん、神殿の聖水晶に手をかざせば、お前の魔力の適性や職能がわかる。ここで正式に登録を済ませれば、この街で冒険者としても生活していけるようになるからな」
荘厳な聖歌の響く大聖堂の奥。葵がおそるおそる巨大な透明水晶へと触れると、水晶がまばゆい純白の神聖な光を放ち始めた。
掌に伝う冷たさ、指の隙間から漏れる光、耳の奥まで届く聖歌の震え。葵は胸の奥を熱くし、両目を閉じた。
『汝、迷える魂に慈悲の光を注ぐ者とならん。神聖なる職号――『修道女』を授けよう』
頭の中に、澄んだ神聖な声が響き渡ると同時に、葵の脳裏に『ヒール』と『キアリー』という治癒の術式が鮮明に刻み込まれた。
「すご……い……! 頭の中に……魔法の使い方が入ってきた……!」
感嘆の声を上げる葵のもとへ、ミーナとギルバートが大喜びで駆け寄ってきた。
「本当かい!? ヒーラーの適性があったなんて凄いわ!」
「おいおい、マジかよ!? ヒーラーの適性があったなんて最高じゃないか! 実は先月まで一緒だったうちのヒーラーが結婚でパーティを脱退しちまってな、ちょうど新しい回復役を探してたくらいだったんだよ! なあお嬢ちゃん、良かったら俺たちと組んでくれないか!?」
「え……っ!? 私が……皆さんのヒーラーに……?」
驚く葵に、ルカも穏やかな笑顔で頷いてくれた。
「葵さんが来てくれたら、僕たちも本当に助かります。もし良ければ、僕たちと一緒に冒険してくれませんか?」
自分を必要としてくれる温かい言葉。葵の胸の奥が温かい感動でいっぱいになった。
「はい……っ! ぜひ、よろしくお願いします……っ!」
こうして葵は、ギルバート、ミーナ、ルカの三人パーティーに加入することとなった。
◇
さっそく四人は、街の外に広がる「ルミナの森」へと討伐クエストに出発した。
緑豊かな森の小道。葵は昨夜よりも少しコツを掴み、胸元と腰元をしっかり覆う純白のキャミソールワンピを維持しながら歩いていた。意識を手放すたびに布が薄くなり、葵は小さく息を呑みながら、魔力を薄く張り直すように胸と腰へ貼りつけていく。
初陣の相手は、敏捷な動きで襲いかかってくる小型の魔物『フォレストウルフ』の群れであった。
「シュッ……! ガァンッ!」
前衛のギルバートが重厚な魔力甲冑で狼の鋭い爪を受け止め、ルカがしなやかな刺突で狼を退けていく。だが、素早い動きの敵に、ギルバートの腕とルカの肩口に浅い切創が走り、血がにじみ出た。
「くっ……浅いな!」
「あ……二人とも、傷が……っ!」
仲間が傷つく姿を目にした瞬間、葵の体内でヒーラーとしての本能が目覚めた。神殿で授かった術式を強く思い描き、葵は傷ついた二人へと両手をかざした。
「『ヒール』……っ!!」
葵の手のひらから柔らかい純白の光が溢れ出し、ギルバートとルカの傷口を優しく包み込んだ。瞬く間に血が止まり、切創がスーッと塞がっていく。
「すげえ……! 痛みが一瞬で引きやがった!」
「ありがとうございます、葵さん!」
二人に感謝され、葵は胸の前で両手をギュッと握り締め、「よかった……ちゃんと治せた……っ!」と心から安堵の笑顔を浮かべた。
――だが、その直後のことだった。
「お、おいおいおい……っ! 葵、服が……ッ!?」
「ちょっと、嘘でしょ!? 服が消えてくじゃないのよ……っ!」
ギルバートとミーナが驚愕の声を上げ、一斉に目を見張った。
「え……っ……?」
何事かと首を傾げた葵は、二人の視線に追われるように自分の身体を見下ろし――息を呑んだ。
なんと、一気に魔力を使い果たした反動で、彼女の身体を覆っていた純白の生地がスーッと朝霧のように透明化し、ほとんど薄い空気の膜のようになってしまっていたのだ!
隠されていた豊満な二つの胸の丸み、柔らかな果実の頂、滑らかなウエストから太もも、そして足の付け根の可憐なラインまでが、すっかり透けて全員の目の前に晒されている。
「ひやあぁぁぁぁぁッ……!? や、嫌ぁぁぁっ……!」
指摘されて初めて自分の大惨事に気づいた葵は、耳まで真っ赤に沸騰させて金切り声を上げ、大慌てで両腕で胸を抱えてしゃがみ込んだ。
「あ、葵さん……っ! 背中を向けて……っ!」
ルカは直ちに顔を赤くして背を向けると、素早く葵の目の前に立ち塞がり、自らの大きな背中でギルバートたちの視線や周囲から葵の姿をぴったりと隠してガードした。
「す、すみません……っ! 私、魔法を使うと服が消えちゃって……っ」
「大丈夫です。僕がしっかり隠していますから、焦らずゆっくり魔力を整えてください」
背中越しに伝わってくるルカの誠実で温かい声音。
葵は赤くなった顔を両手で覆いながらも、最愛の拓海への想いとともに、この世界で生きていくための確かな第一歩を踏み出せたことに安堵した。
第4話をお読みいただきありがとうございました!
見知らぬ異世界の国境街ルミナに到着し、冒険者ギルドで運命の仲間たち――ギルバート、ミーナ、そして拓海によく似た青年「ルカ」と出会った葵。
夜の宿屋で一人きりになり、安堵と拓海への募る恋しさ、身体の奥から溢れ出す不思議な火照りの中で迎える甘く切ない一人夜、翌朝の神殿での「ヒーラー」転職、そして初陣でのヒール行使によるリアルタイム・シースルーハプニングまでお届けいたしました!
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