大都市エルディアの歴史調査と決意の告白
朝の野営地は、焚き火の残したかすかな煙と、木製鍋から立ち上る野菜スープの優しい湯気に包まれていた。
澄んだ光が木々の隙間から柔らかく差し込み、冷えた朝の空気が湯気の縁でふわりと揺れる。
平らな岩や倒木に腰掛け、朝食を摂っていた四人の間に、どこか張り詰めた静寂が漂っている。
葵は両手で持った木製コップの温もりを感じながら、じっと足元を見つめていた。コップの縁に残った熱が、汗ばんだ指の腹に薄く貼りつき、心臓の脈が喉の奥まで響いてくる。
(いつまでも一人で抱え込んで隠しているわけにはいかない……。みんなは命がけで私を守ってくれた、何よりも大切な仲間なんだから)
昨夜、見張り交代の折にルカが口ずさんだあの歌の歌詞が、今も葵の胸の奥で激しく打電のように響き続けている。
日本で拓海が自分だけのために作ってくれた歌。それがなぜ、異世界のルカの家にそのまま伝わっているのか。
その謎に向き合い、拓海の足跡を辿るためにも、まずは自分の言葉で真実を打ち明けなければならない。
葵は胸の奥で固く意を決すると、喉の渇きを一度飲み込んでから、大きく深呼吸を一つした。
「あの……みんな、朝の出発の前に……どうしても聞いてほしいことがあるの」
葵の静かな第一声は、朝の湯気の中で細く震え、木製コップを口に運ぼうとしていたギルバートの手がピタリと途中で止まった。
隣に座るミーナが心配そうに首をひねって葵の表情を覗き込み、正面に座るルカは真剣で澄んだ眼差しを葵に向けた。
仲間たちの真摯な反応を前に、葵は指先をぎゅっと握りしめ、爪の跡が白い皮膚に残るほど押し潰しながら、意を決して言葉を続けた。
「私……本当は、この世界の人間じゃないの」
思い切って打ち明けた一言に、ギルバートとミーナの目が驚きで大きく見開かれた。
しかし二人は途中で口を挟むことなく、温かく優しい眼差しで葵の続きの言葉を待ってくれた。沈黙の中で、木製コップの中のスープが、かすかに湯気を立てるだけだった。
「私は日本という、魔法も魔獣もない遠い世界から……ある日突然、この世界に召喚されたの。右も左も分からず酒場で粗暴な男たちに絡まれて怯えていた私を、ギルバートやミーナ、そしてルカが庇って助けてくれたの。そして……日本には、私にとって何よりも大切な恋人がいたの。彼の名前は、拓海」
葵の薄い唇から溢れ出す言葉に、仲間たちはじっと真摯に耳を傾ける。木製の倒木に肘を突いたギルバートは、肩に掛かった朝の光をふわりと遮るように前へ出て、葵の言葉を待っていた。
「拓海は、二人で過ごした部屋であの歌を作り歌ってくれた、世界でたった一つの歌なの。だから……ルカが昨日あの歌を口ずさんだ時、私は息が止まるほど驚いたの」
そこまで語り終えると、葵はそっと頭を下げた。自分勝手な事情を明かしたことで困惑させてしまったかもしれないという不安が胸をかすめ、首筋に細い汗が伝う。
だが、ギルバートは深く頷き、豪快な手を葵の肩に優しく置いた。大きな手のひらが布越しに、ゆっくりと葵の肩へ温もりを押し広げていく。
「なるほどな……。葵がずっと胸に秘めていた重荷が、ようやく分かったぜ。一人で飛ばされて、どれほど心細かったか……。俺たちは仲間だ。葵が探しているその男の足跡なら、最後まで一緒に追いかけてやるさ」
「そうよ、葵」
ミーナもサバサバとした微笑みを浮かべ、葵の手を温かく握り締めた。細い指先に、ミーナの乾いた掌がそっと重なり、握る力が強くなる。
「今まで一人で抱え込んで辛かったでしょう。私たちが全力で力になるわ。目的地の『大都市エルディア』には、大陸中の歴史や伝承が集まる大図書館があるわ。あと半日くらいかな。まずはそこで、その歌のルーツを詳しく調べてみましょうよ!」
「大都市エルディアの大図書館……っ」
葵の瞳に、熱いものが一気に溜まった。ルカの優しい微笑みが視界の端で揺れ、喉の奥がじんと痺れる。
「ああ、名案だな! じゃぁ出発するか」
ギルバートの力強い言葉とルカの優しい微笑みに背中を押され、葵の瞳からポロポロと温かい涙が零れ落ちた。
頬を伝う涙は、朝の冷気にすぐに熱を奪われる前に、胸の奥の張りつめた糸をほどいていく。仲間たちの温かい絆と優しさを胸に深く刻みながら、一行は大都市エルディアを目指して野営地を出発した。
◇
昼過ぎ、一行は大都市エルディアに到着した。
活気あふれる石造りの街並みを抜け、中心部にそびえ立つ大図書館へと足を踏み入れる。
巨大なアーチ状の天井まで届く本棚には、古文書や羊皮紙が所狭しと並べられていた。
閲覧用の木製テーブルに向かい、四人は分担して古い記録を紐解いていく。古い紙の乾いた匂いと、墨の匂い、本棚の粉っぽさが、指先が触れるたびにふわりと立ち上った。
羊皮紙の縁は乾いてざらつき、ページをめくるたびに細い裂け目が音を立てる。ギルバートの大きな指は古紙に不器用そうに合わせられ、ルカは静かに古文書の文字を辿り、ミーナは時折首をかしげ、葵は震える指で羊皮紙の端を押し広げていた。
「葵、これを見てくれ」
ギルバートが手元の年代記を指し示した。そこには古い墨で書き込まれた文章があった。
これによると、『――かつて世界を脅かした大災厄の折、世界を救うために各地を旅した伝説の勇者パーティー。その一員が、陣幕や宿営の先々で一弦の木製弦楽器を奏でながら口ずさんでいた歌がある。その切なくも美しい旋律と詞は、彼の者が立ち寄った先々の人々を魅了し、各地方の風習に合わせて改変されながら民の間に広く口ずさまれることとなった――』ってことが書かれてるらしい。
この話を聞いて、葵の胸がどきりと激しく打電された。
勇者パーティーの青年が陣幕で歌い広めたという切ない歌。古い墨の文字が、視界の端でにじみ、鼓動が本棚の影まで響く。
(どうして……? この歌を…。どうして、昔の勇者パーティーの人が同じ歌を知っていたの……?)
葵の困惑を察するように、ミーナが古文書を指差しながら首をかしげた。
「この資料によると、東の沿岸部では祝い歌、北の山岳地帯では狩人の歌として歌われているみたいね。私たちが旅の途中で寄った各地の村や街で耳にしてきた歌も、すべてこれが元だったのね。でも……各地で歌詞が変わっているのに、どうしてルカの家にだけ、そのままの歌詞なのかしら?」
ミーナの疑問に対し、ずっと静かに思索していたルカが言葉を紡いだ。その声は、紙の隙間に沈むように低く、けれど確かな温度を帯びていた。
「あの歌は……幼い頃に母さんが、子守唄として何度も歌って聞かせてくれたんだ。実家にいる両親なら何か知っているかもしれない。みんな……僕の実家に行かないか?」
「ルカの実家……っ」
「ああ。僕たちの家と、葵の探している拓海さんの歌がどう結びついているのか……実家に行けば何か分かるかもしれない」
ルカの指が古文書の文字をなぞり、紙の粗さを確認するように一度止まる。葵は息を呑み、胸の奥に細い熱が灯る。
「よし、決まりだな! 明日はルカの実家へ向かうぞ!」
ギルバートの頼もしい宣言に全員が大きく頷き、真実を求めてルカの実家を訪ねることが決定した。
◇
夜の帳が大都市エルディアを静かに包み込む頃。
古風な宿屋の一室では、ギルバートとミーナが二人きりで密やかな時間を過ごしていた。
甘い余韻の漂う室内の空気は情熱の火照りを帯び、二人の間に温かい名残が漂っている。さっきまでの深い高まりと肌に残る温もりが、まだ静かに身体を包み込んでいた。
汗と体温の香りが、ランプの熱でいっそう濃くなり、二人のあいだに甘く重い膜を張っていた。魔導ランプの柔らかい琥珀色の光が、汗に濡れた肌の上を舐めるように滑り、壁に細い影を揺らしていた。
壁に掛けられた魔導ランプの柔らかい琥珀色の光の中、ギルバートは大きな木製ベッドの上で上半身を起こし、隣に寄り添うミーナの柔らかい肩を力強く抱き寄せていた。
魔力衣をすうっと解き去った二人の素肌は、琥珀色の光を浴びて艶やかに火照っている。ミーナは情熱的な時間の汗が微かに残るしなやかな胸元をギルバートの逞しい胸板に預け、うっとりと満足げな息を吐いていた。その吐息が、ギルバートの首筋にかすかな熱を置いていく。
ミーナの胸は、彼の胸板に押しつけられる圧迫感で柔らかく潰れては細く弾み、胸の可憐な頂が敏感に擦れて、甘い吐息を落とした。腰の奥にはまだ名残の熱が残り、素肌を伝う汗が、ベッドの上へ微かな熱を残していた。
ギルバートの大きな掌はミーナの肩から背筋へ滑り、汗で湿った皮膚を指の腹でゆっくりと押さえ、背筋を細かく震わせていく。
「ふう……相変わらず豪快で力強いのね、ギルバートは」
ミーナの声は、まだ息が整いきらないまま、ギルバートの耳元で甘くほどけた。指先が胸板の汗をなぞり、汗の跡に細い光の筋を残す。
ギルバートが手持ちの木製コップから薄めた果実酒をゴクリと飲み、喉仏を大きく動かした。
「ははっ、お前が情熱的にしなやかに抱きついてくるからだろ。……それにしても、今朝の葵の告白には驚かされたな」
その言葉は、笑いの割れ目に熱を混ぜ、ミーナは素肌をすり寄せて小さく頷いた。ギルバートの指が背筋を辿るたび、ミーナは肩を細く震わせ、吐息が乱れた。
「ええ……一人でそんな重い秘密と恋人への想いを抱えて旅をしていたなんてね。でも、私達に打ち明けてくれて本当に嬉しかったわ。ルカも……あんなに葵のことを深く想っているのに、葵に探している人がいると知ってて、一生懸命葵を想ってるのが痛いほど伝わってくるわ」
ミーナは語りながら、頬をギルバートの胸板に押しつけ、汗の匂いを吸い込むように小さく息を吸う。その胸が、彼の胸に押しつぶされては、柔らかく弾み、胸の可憐な頂がかすかに擦れて細い吐息を落とした。
「ああ、ルカの奴は真面目で誠実だからな。葵を心から大切に想うからこそ、力になり込もうとしてやがる。……まあ、あいつらの関係がこの先どう転ぶかは二人次第だがな。俺たちみたいな関係ってわけにもいかねえだろうしな」
ギルバートは低く笑い、その震えをミーナの胸に直接響かせた。大きな手が腰のふくらみへ移り、汗で滑る肌を親指でゆっくりと押し広げる。ミーナは太腿をわずかに締め、熱い息を漏らした。
「まあね。あの二人は純粋すぎるもの。見ていて焦れったくもあるけれど、そこが可愛らしくて応援したくなるわね」
ミーナがくすくすと笑いながらギルバートの胸板に頬を寄せると、ギルバートは隣に身を寄せるミーナの豊かな素肌へ視線を滑らせ、ニヤリと意地悪な笑みを浮かべた。
「それにしても……葵の胸、お前と違ってボリュームがあるよな(笑)」
その一言に、ミーナの胸元が細く弾み、ギルバートの大きな手が無造作に滑り込んだ。汗で湿った控えめな胸を引き寄せ、柔らかい肉感が手に伝わり、胸の可憐な頂へと優しく口づけが落ちる。愛撫されるたび、ミーナは小さく甘い吐息を落とし、熱でうるむ瞳がランプの光をぼやけさせた。背を細く反らし、太腿の内側が汗で濡れていく。
「ちょっと!? なによそれ! どこ見てんのよこのスケベ男!」
ミーナは頬をポッと赤く染め、ぷくっと頬を膨らませると、ギルバートの太い丸太のような腕をぽんと叩いた。叩いた腕に、自分の震える吐息が残る。胸へ贈られた愛おしい熱は腰の奥まで細く響き、隙間のない密着感の中で、汗で湿った素肌同士が優しく重なり合って擦れた。
「フン、大きければ良いってわけじゃないでしょ! 私の胸だって、アンタを十分満足させてあげてるじゃない。さっきだって夢中になって吸い付いてたくせに」
ミーナはぷくっと膨らませた頬を隠すように、指先でギルバートの胸板を押し、けれどその胸は彼の掌の上でまだ細く震えていた。愛撫された胸の頂が熱く疼き、吐息のたびに甘く乱れる。
「ははは! 冗談だ冗談、お前のしなやかな身体と抱き心地が一番しっくりくるさ。お前との抱き心地と気安さは最高だからな」
ギルバートが豪快に笑うと、その笑い声がミーナの胸に直接響き、指の腹が腰のふくらみを何度も擦って熱を帯びさせる。ミーナも呆れたようにクスリと微笑み、ギルバートの首元に軽く抱きついた。唇が喉の肌に触れ、甘い吐息が熱い息に混じる。二人はそのまましばらく、大人の割り切った関係ならではの気安さと火照りを確かめ合うように素肌を重ね合わせていた。
互いの脈が、胸板と頬のあいだでゆっくりと同期し、離れがたい密着感が、ベッドの上でかすかに揺れていた。
やがてミーナはしなやかに身体を起こすと、手のひらから薄桃色の光を放ち、慣れた動作で魔力衣を全身に纏い直した。身体を起こす腰は、まだ熱の名残で細く震え、魔力衣が汗に濡れた肌を薄桃色の光で縁取り、衣擦れの音を立てる。
「じゃ、私は自分の部屋に戻るわね。明日はルカの実家へ出発するんだから、夜更かしは厳禁よ」
「ああ、お休みミーナ。いい夢見ろよ」
ミーナは静かに木製の扉を開け、艶やかな後ろ姿を残して自分の部屋へと戻っていった。扉の縁に、かすかな湿った熱と、薄く残った果実酒の匂いがかすかに揺れる。
一人残されたギルバートは、木製コップの酒を飲み干し、葵とルカの未来に思いを馳せながら静かにベッドへ横たわった。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
第20話では、朝の野営地での葵の決意の告白から、大都市エルディアの大図書館での歴史調査、そして大人な仲間たちの意外で粋な一夜を描かせていただきました。
熱い交わりの余韻と、大人な二人の濃密な掛け合いなど、今回のエピソードもお楽しみいただけましたら幸いです。皆様からの温かい応援が執筆の大きな力になっております!




