5話 合格者たち
「まさか知り合いと戦う事になるとはね」
「知り合いじゃないわよ、まだ」
「なれるって言ってたくせに」
大きく肩を竦めながら、エルナは口をへの字にした。そして二人は構えを取り、互いに向かい合う。
その数秒後、先にセラが動いた。低い姿勢から入り、エルナの腕を掴もうとする。
彼女は後退して距離を取った。
「逃げないで欲しいわね」
「逃げてない。間合いを作ってるだけ」
「同じことよ」
そう言うとセラが、再び踏み込んだ。エルナは即座に横へと動く。
だがセラの動きが止まらず、二人がもつれて床に倒れた。彼女がエルナの腕を押さえ込む。
「……参った」
「あら、早かったわね」
「思った以上に足が速い……」
「それだけが取り柄なので」
表情を緩めるとセラは、白い歯を晒して答える。二人の戦いを狩人が記録した。
一方で黒髪の獣人族の女は、相手の男を三秒で制する。男は床に倒れて、しばらく動かなかった。
「……つ、強すぎる」
天井を見ながら男が呟く。
「すみません」
「謝らなくていい。強いのは武器だ」
そう言うと男は立ち上がり、小さく息を吐き捨てた。そして怪異知識試験は筆記である。
訓練棟の一室に、机と椅子が並べられており、紙と炭筆が置かれていた。
部屋は石造りで、窓が二つ。昼の光が差し込んでいる。
問題は口頭で読み上げられ、志願者が紙に書いて答える形式だ。
内容は怪異の等級、弱点、処理方法、銀弾の使用条件、黒月への対応手順など。
番犬団の狩人候補生が、最低限知っておくべき知識だ。
「くそっ……筆記は予想外だ……。俺は字が書けない……」
炭筆を手にしたまま、スラム出身の一人が固まる。
「口頭で答えていいか聞いてみろよ」
小声で隣の男が話し掛けた。
「聞けるかよ……そんなこと……」
「いいのか? 聞かなきゃ終わるぞ」
「くっ……あ、あの……! 字が苦手で……口で答えてもいいですか?」
奥歯を噛み締めた後、意を決した様子で男は手を挙げる。
「……いいだろう。隣の部屋で口頭試問に切り替える。ついてこい」
手を自身の顎下に当て、少し考えてから狩人は、口頭への切り替えを承認した。
そして男は席から立ち上がるが、その顔は少し赤い。しかし、それでも立ち上がった。
夕方、空が茜色に染まった頃、最後の試験が告げられる。
恐怖耐性試験。場所は王都外縁の狩人墓地だ。
「夜の墓地を一人で歩く。時間は十分。それだけだ」
全員の前に立つとレオンハルトは、端的に試験の内容を告げる。
「……一人で、ですか?」
恐る恐る前列の男が聞いた。
「ああ、一人だ。武器はなし。灯りもなし」
「か、怪異が出たら……?」
「墓地の周囲には狩人を配置する。死ぬ心配はない。ただし試験中に声を上げ、助けを求めた者は、その時点で終了だ」
腕を組みながらレオンハルトは、不合格に該当する行為を全員に伝える。
そして、全員が黙った。茜色の空が、少しずつ暗くなり始めている。
狩人墓地は王都の北の城壁に沿って延びる細長い土地にあった。
石造りの低い門を潜ると、墓標が並んでいる。
大小さまざまな石の墓標で、それぞれに名前と入団年と死亡年が刻まれていた。
享年は刻まれていない。地面は砂利混じりの土で、雑草が墓標の根元に生えている。
木が数本立っており、夜風に葉が揺れていた。まだ月は出ていない。
空に残った茜色が急速に失われ、墓地は急速に暗くなっていった。
一人ずつ、門の中に入れられた。だが、五分後に出てきた者がいる。途中で引き返してきた者だ。
「……駄目でした」
「よく戻ってきた。外で待て」
優しく声を掛ける狩人。そして倒れる者も一人いた。門の中で意識を失い、狩人が回収する。
一方でエルナは十分間、墓地の中を歩いた。途中で何度か足が止まる。木の影が動いた気がした。
墓標の向こうから何かの気配がある。しかし、歩き続けた。
門を出た時、全身が冷たい汗で濡れている。
「……終わりましたか」
「ああ、終わりだ。外で待て」
小さく頷きながら狩人は返す。一方で黒髪の獣人族の女は、十分後に静かに門から出てきた。
乱れていない。汗もかいていない。金色の目が暗闇の中で、わずかに光っていた。
全ての試験が終わったのは、夜の初めの時刻である。
月が昇り始め、王都の石畳に、白い光が落ちていた。
中庭に残された志願者たちは、疲労の色が濃いが、それでも全員が立っている。
「これより、合格者を発表する」
全員の前に立ちレオンハルトは覇気を込めて告げた。中庭が静まり返る。
「十八名。以下の者が合格だ」
両手で持つ名簿に、彼は視線を落とした。そして名前が読み上げられてゆく。
エルナの名前が呼ばれる。彼女は目を閉じて、合格を噛み締めるように、一秒だけそのままでいた。
セラの名前が呼ばれる。黒髪の獣人族の女の名前が呼ばれた。
スラム出身の二人組のうち、一人が呼ばれる。もう一人は呼ばれなかった。
呼ばれなかった方の男は、その場に立ったまま動かない。
「呼ばれなかった者は、ご苦労だった。今日の試験結果は記録に残る。来年また受けることは可能だ。今日は帰れ」
そう言うと手に持っていた紙を畳んで懐に戻すレオンハルト。
続々と不合格の者たちが、門の方へ歩き始めた。
「……アレク」
一人が振り返る。スラム出身の呼ばれなかった方の男だ。
「お前は残った。それでいい」
「でも——」
「俺は来年、また受ける。それまで死ぬなよ」
握り固めた拳を前に突き出すと、静かに微笑を零して、男は門の外に消える。
アレクは前を向いた。目が赤かった。
「明日から訓練が始まる。今夜は、よく眠れ。明日からは、それも自由にならなくなる」
ゆっくりと視線を動かして、レオンハルトは合格者、十八名の顔を確認する。
「……そして、よく合格してくれた。狩人候補生諸君。ここからは永遠の地獄だ。覚悟しておけ」
短い沈黙の後、彼は話を続けた。ただ、それだけだである。
月が静かに昇った。王都が静まり返る。中庭に十八名が立っていた。
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