4話 脱落する者たち
「……薄い」
茶色い髪の女が、装束を手に取り広げた。
「文句を言っても変わらないわよ」
隣で着替えていた女が答える。
黒髪を短く切り揃えた、二十歳前後の女だ。体格は中程度で、手足が長い。
「寒くないの、これ?」
「動けば温まる。動かなければ死ぬ。そういう設計なんでしょ、きっと」
肩を竦めながら黒髪の女は返した。
彼女の言葉を聞いて、茶色い髪の女は苦笑を零しながら着替えを始める。
そして黒髪の獣人族の女は、装束を手に取り暫く眺めた。それから静かに着替える。
薄い上衣を通して、肩から腕にかけての筋肉の輪郭が見えた。
人間の女性より、明らかに密度が高い。腕を動かすたびに皮膚の下の筋繊維が動くのが分かる。
着替えを終えた女性陣が廊下に出ると、既に男性陣が揃っていた。
男性用の装束も同じ設計で、上衣は半袖、下は膝上の短い丈だ。
スラム出身の三人組のうち二人が、寒そうに腕を擦っている。
「寒い……。なんで冬に、これなんだ……」
「動けば温まると思う」
「動く前に凍えるっつうの!」
相方の言葉に声を荒げながら男は返す。
「文句は後で言え。さっさと、中庭に戻れ」
廊下の奥から、レオンハルトが歩いてきた。全員の装束を、彼は一度だけ見渡す。
「今日の試験は六種類だ。体力、武器適性、狙撃、模擬戦闘、怪異知識、そして夜の恐怖耐性。順番にやっていく」
中庭に全員が集まると、レオンハルトは全員の前に立つ。
「えっ……夜まで……」
前列の男が小声で言った。
「おい、聞こえたぞ。夜まで持たない自信があるなら今帰れ、すぐに」
睨みを利かせながらレオンハルトは、顎をしゃくって門を指し示す。すると男は口を閉ざして黙った。
「……ふん、まずは体力試験から始める。内容は三つ。走ること、持ち上げること、しがみつくことだ。特別な技術は要らない。お前たちの今の身体が、どこまで動くかを見る」
両手を叩いて乾いた音を周囲に響かせると、試験開始の合図をレオンハルトは告げる。
体力試験は中庭を使用して行われた。最初は走りである。中庭の外周を十周。
石畳の上を、全員が走り始めた。
外周の一周は、およそ百五十メートル。十周で千五百メートルになる。
平地を走るだけだが、朝の冷気の中で薄い装束のまま走ると、最初の三周で身体の表面だけが温まり、息が上がり始めるのだ。やがて五周を過ぎた頃、一人が止まった。
二十歳前後の男で、膝に手をついて呼吸を整えようとしている。そこへ、一人の狩人が近づいてゆく。
「続けられるか?」
「……もう少しだけ待ってください」
「三十秒待つ。それ以上は試験終了だ」
冷徹で率直な言葉を浴びせる狩人。そして男は、三十秒で立ち上がり、走り続けた。
やがて茶色い髪の女が七周目に入った頃、隣を走る黒髪の短い女に声をかけた。
「名前、聞いてもいいですか?」
「走りながら喋れるの、あなた」
「喋れないわけじゃないので」
「……セラ。あなたは?」
「エルナ、です」
「そう。友達になりたいの?」
「……まあ、なれるなら」
相手の顔から僅かに視線を外しながらエルナは返す。
「そうねぇ……合格してからなら、いいわよ」
そう言いながら、セラは小さく笑みを零す。走りながら笑うのは難しそうだが、それでも笑った。
一方で黒髪の獣人族の女は、全員の中で最も速く走っている。
十周を他の志願者が、八周を終える頃に走り切った。息が乱れていない。ほとんど汗もかいていない。
十周を完走したのは、二十八名中二十一名だ。
七名が途中で止まり、そのうち四名が、その時点で試験終了となった。
武器適性試験は、訓練棟の中で行われる。
訓練棟の内部は天井が高く、石造りの壁に沿って、各種武器が架けられていた。
剣、槍、斧、弓、銃、短剣。全て訓練用の模造品だが、重量は実物に近い。
床は石畳ではなく、革を張った素材で衝撃を吸収する設計になっている。
志願者は一人ずつ呼ばれ、複数の武器を手に取り振るう。
その動きを狩人が観察し、適性を記録する。技術は問わない。
どの武器を手にした時に、身体の動きが自然になるかを見る試験だ。
「重い……」
剣を手に取った時、エルナが重さに顔をしかめた。
「そのまま振ってみろ」
狩人が近くから声を掛ける。彼に言われて彼女は振った。軌道が乱れる。
「次、槍だ」
「はいっ!」
命令を受けてエルナは槍を持つ。重心が変化した。先ほどより身体が、ついてくる感覚がある。
「もう一度、振れ」
「はいっ!」
狩人に言われて、エルナは豪快に振った。そして彼が何かを記録した。
一方で黒髪の獣人族の女は、斧を手にした瞬間に動きが変化する。
重い斧頭を片手で制御し、軌道が安定していた。思わず狩人が目を細める。
「片手で持つのか?」
「はい、持てるので」
「ふむ、両手で振ってみろ」
「わかりました」
そう言うと彼女は両手で振った。速度が上がる。狩人は何も言わずに記録した。
そして狙撃試験は、中庭の端に設置された的を使用して行われる。距離は五十メートル。
使用する銃は、番犬団の標準的な狩猟銃で、実弾ではなく木製の擬弾を使う。
一人あたり三発。命中精度を見る。スラム出身の男の一人が、銃を持った瞬間に手が震えた。
「落ち着け。震えているのは分かっている。だが、それでも引け」
静かに狩人が声を掛ける。やがて男は引き金を引いた。
一発目は的を外れる。二発目も外れた。三発目、僅かに的の端に当たる。
「……当たりました」
「端だ。しかし、当たったな」
そう言いながら狩人は記録した。一方でエルナは三発中、一発を的の中央近くに当てる。
残り二発は外れたが、狩人は何も言わなかった。黒髪の獣人族の女は、三発全て的の中央に集める。
中庭が一瞬、静かになった。
「……あれが、獣人の視力か」
独り言を狩人が呟く。彼女は銃を置いて、一歩下がった。
そして模擬戦闘は、二人一組で行われる。素手の組み手だ。
倒すのではなく、相手の動きを止めることが目的とされた。
防具は最低限のものを着けている。
組み合わせは狩人が決めた。エルナとセラが同じ組となる。
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