22話 黒い装束の人物
「生存者の確認は?」
「現時点で十一名。村の人口は八十名だ」
「残り六十九名は?」
「行方不明か、死亡している可能性がある。だが村の中心部には、まだ入れていない。あの影がいる為だ」
「白棺が来るとの情報があったが?」
「ああ、そうだ。王都から要請が出た。白棺処刑隊が今夜中に合流する」
「白棺が来る規模だということか?」
「上層部の判断では、今夜の事案は単純な怪異討伐で収まらない可能性が、あるということだ。呪術の痕跡の報告を受け、緊急で動いている」
「禁忌能力の使用者が関与していると上層部は見ているのか?」
レオンハルトは村の方を見た。
「可能性として検討している。断言はしていない」
「術式の形状は確認したか?」
「ああ、確認した。古い文書に記録のある誘引呪術に近い。だが完全には一致しない。改変されている」
「改変できる者は限られる」
「ふん、そうだな。……レオンハルト、一つ聞いていいか?」
少し間を置いてから隊長は尋ねる。
「なんだ?」
「血界固定を使った時、何か感じたか?」
「……ああ、感じた。大型個体の位置と、群れの規模だ」
手を自身の顎下に当てながら、レオンハルトは僅かな間を空けてから答えた。
「それだけか?」
「……それだけではない。術式の痕跡が、俺の能力に干渉してきた。僅かにだが、能力の方向が引っ張られた」
「引っ張られた?」
「誘引呪術が怪異だけに作用しているのではない。狩人の固有能力にも干渉する設計になっている」
「それは……上層部に報告する必要があるな」
途端に隊長の顔が硬くなり腕を組む。
「分かっている。だが、今は生存者の確保が先だ」
小さく頷きながらも、レオンハルトは優先すべき事を告げる。
そして深夜の一つ時を過ぎた頃、白棺処刑隊が合流した。
五名、全員が白装束だ。月明かりの中で、白い外套が光っていた。
顔を白い布で覆い、目だけが見えている。腰に細身の剣と短銃を下げていた。
一班が後方で待機していた時、白棺処刑隊が前を通る。
ルシアが息を止めた。五名が無言で村の方に歩いてゆく。白い装束が夜の中で浮かんでいた。
足音が少ない。存在感があるのに音がない。
「……来た。白棺が村の中心部に向かっている。大型個体への対処ではなく、別の目的のはずです」
リゼットが静かに言った。
「別の目的とは?」
「術式の痕跡の確認と、使用者の捜索です。白棺は怪異ではなく人間を処分する為に来ている」
「……まだ村にいる、ということですか?」
「そうです。術式を描いた者がいる。その者が、まだ村の中にいる可能性があります」
レンズ装置の位置を、右手で修正しながら、リゼットは呟く。全員が静まった。
そして夜の二つ時を過ぎた頃、王都から早馬が到着する。本部からの緊急通達だ。
それをガレスが受け取り、レオンハルトに渡した。
速やかに彼が内容に目を通す。すると表情が大きく変化した。
一班の全員が、それを見る。レオンハルトが表情を変えることは滅多にない。それが変わった。
「……何が書いてありましたか?」
萎縮しながらもルシアが尋ねる。
「王都が緊急警戒態勢に入った」
「えっ!? なぜですか!?」
「時計塔の観測から、黒月の周期が早まっている可能性が出た」
重たい内容のものを抑揚のない声で、淡々と口にするレオンハルト。全員が一斉に静まり返る。
「黒月というのは、例の……」
「ああ、そうだ」
「どのくらい早まっているんですか?」
「本来の周期より八ヶ月以上早い。原因は不明だ。しかし、ここで発見された呪術の痕跡との関連を、時計塔が調査している」
「誰かが、意図的に黒月を早めようとしているということですか……」
「その可能性がある」
「……なぜ、そんなことを……」
「分からない。だが意図的であれば、目的があるはずだ。目的を持つ者がいる」
レオンハルトは通達を折り畳んだ。そして村の中心部で、何かが動いた。
大型個体の影が、月明かりの中で、ゆっくりと向きを変える。
白棺処刑隊が、村の中に入ったことで、何かが変化した。影が止まる。
次の瞬間、村の中心部から音が出た。それは怪異の声ではない。人間の声だ。
高く、細く、何かを詠唱するような声。特定の言語ではない。
しかし、人間の声帯が出せる音域だ。全員が村の方を向く。
「……あれは」
「人間がいる。村の中心部に」
そう言うとレオンハルトが、ノクス・ハルバードの柄に手をかけた。
「一班、後方待機を続けろ。誰も動くな」
「教官は……?」
「確認に行く」
「一人でですか……?」
「ああ、そうだ」
「駄目です!」
断言するようにルシアが叫ぶ。
「駄目という言葉を今は使うな」
「絶対に一人では行かせません!」
「これは命令だぞ。狩人候補生」
「分かっています! でも、教官を一人では行かせません!」
「……ちっ、後方待機は変わらんぞ。俺の後ろ三十メートルを維持しろ。それ以上は近づくな。俺が止まれと言ったら止まれ。逃げろと言ったら全員で逃げろ。約束できるか?」
レオンハルトはルシアを見た。彼女の青銀色の瞳は、揺れながらも真っ直ぐだ。
銀灰色の髪が夜風に揺れている。白い頬が月明かりに照らされていた。
「はいっ! 約束します!」
「全員か?」
「ああ、全員だ」
短い言葉でイリスは返す。
「ふっ、当然だろ!」
ブリュンヒルダが槌を構えた。レオンハルトが村の中に歩き出す。
一班が後ろ三十メートルを保つように続く。詠唱の声が続いている。月が雲に隠れた。
村が暗くなる。その暗さの中で、大型個体の眼球だけが、橙色に光っていた。
春の夜に何かが動き始めている。――村の中心部に近づくにつれ、詠唱の声が大きくなった。
月が雲の隙間から出たり消えたりを繰り返しており、村の石畳が明暗を交互に繰り返している。
風が止まっており、空気が重かった。春の夜の温もりが消え、冬に戻ったような冷たさが漂う。
村の広場に出た。広場は村の中心にある。石造りの井戸が中央に立っており、周囲に家屋が並んでいた。広場の石畳に、村の入口で見た術式の紋様が、大規模に描かれている。
直径十メートルを超える円形の紋様が、広場全体を覆っていた。
中央の井戸を囲む形で、黒い線と古い血が組み合わされている。紋様が光っていた。
薄い青白い光が、石畳から染み出すように上へ向かう。その光の中心に、人物が立っていた。
黒い装束の人物である。顔を覆っており、性別が判断できない。
身長は高く、腰に何も武器を下げていなかった。両手を広げ、詠唱を続けている。
その人物の足元から、光の線が大型個体に向けて伸びていた。大型個体が広場の端に立つ。
改めて見た距離で、その大きさが分かった。体高は三メートルを超えている。
四肢が太く、外皮が鱗状に重なっていた。頭部が前に突き出ており、眼球が六つ並んでいる。
橙色に光る眼球が、白棺処刑隊の方向を向いていた。
白棺処刑隊の五名が、広場の反対側で対峙している。
五名が白い装束のまま、細身の剣と短銃を構えていた。しかし、動けていない。
光の線が広場全体に張り巡らされており、その線を踏むと能力が封じられる設計になっているようだ。
そして、その時――別の声が響き渡る。
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