19話 教育隊、護衛任務に就く
「標準装備からの切り替えだ。ノクターン、お前のルナ・リボルバーは試作品だ。正式な量産品への切り替えか、あるいは適性に合った別の銃へ変更を検討しろ」
「いえ、切り替えなくていいです」
「その理由は?」
「慣れているからです。この銃の重さと引き金の感触に慣れました。だから、変えたくないです」
「ふむ……認める。ただし整備記録を必ず残せ」
少し間を置いてから、ヴィクトリアは返す。
その後、彼女が全員の装備強化案を、個別に説明した。
イリスには刃の素材強化。ブリュンヒルダには槌の重量調整。セレスティアには魔術回路の増設。
リゼットには観測機器の精度向上。マリアンヌには盾の軽量化と展開速度向上。
「以上だ。解散を許可する。ただし、レオンハルト。お前は残れ」
両手を叩いて候補生たちを、宿舎に戻らせるヴィクトリア。
そして全員が退室した後、彼女がレオンハルトを見た。
「ちゃんと医療院には行ったか?」
「ああ、昨日行ってきた」
「結果は?」
「蓄積量が標準の一・四倍。進行は想定の範囲内だ」
「……想定の範囲内という言葉を、お前は信じているのか?」
「信じていない。だが、今は問題のない範囲だ」
「問題のない範囲がいつ終わるか、それは誰にも分からない」
「ああ、そうだな」
「……ところで、一班の成績は素晴らしいな。これは、お前の指導の成果だ」
少し間を置いてから、ヴィクトリアは呟く。
「彼女たちが動いた成果です」
「どちらも正しい。しかし――お前がいなくなった時、彼女たちが動けるかどうかが本当の評価だ。そこまで育てろ」
ヴィクトリアの琥珀色の瞳が、真っ直ぐにレオンハルトを見た。
「ああ、分かっている」
「分かっているのなら、自分の限界を正確に把握しろ。彼女たちを前線に出す前に倒れるな」
「俺は倒れない」
「倒れないことを誓えるか?」
「……いや、誓えない。ただし、倒れないようにする」
少し間を置いてから、レオンハルトは返す。
「うむ、それで十分だ」
僅かに口の端を吊り上げ、大きくヴィクトリアは頷く。
その夜、宿舎の廊下でマリアンヌが一人で立っていた。窓の外を眺めている。
春の夜の王都が広がっていた。街灯の橙色の光が石畳に落ちている。
そこへ、レオンハルトが通りがかった。
「何をしている?」
「……考えていました」
「何を?」
「クレアさんのことです。白棺に連れていかれた方。十二年戦って、最後があの形で……」
「それを、お前が考えてどうなる」
「考えなければなりません。いつか自分にも起きるかもしれない。その時、どうするか……」
「どうするか、決めたのか?」
「子供に、帰ると約束しました。だから帰ります。狂化する前に。……もし限界が見えたら、自分から報告します。白棺に連れていかれる前に、ちゃんと帰ります」
少し間を空けてから真の宿る声を出して、マリアンヌは右手を自身の胸に添える。
「それが覚悟か?」
「これが私の覚悟です。格好いいものじゃないですけれど……」
「いや、格好悪くない。生きて帰る覚悟は、戦う覚悟と同じだけの重さがある」
レオンハルトが言った。
「教官には……覚悟がありますか?」
窓から離れるマリアンヌ。
「ああ、当然だ」
「どんな覚悟ですか?」
「お前たちを前線に出せる状態にするまで、俺は死なない」
「それだけですか?」
「それだけで十分だ」
「……子供みたいに単純な覚悟ですね。でも、好きです、そういう覚悟」
マリアンヌは少しだけ笑みを零す。
「うるさい。さっさと眠れ」
「はい。おやすみなさい、教官」
そう言うとマリアンヌが廊下を歩き去る。彼女の三つ編みの髪が揺れていた。
レオンハルトは窓の外を見る。王都の夜景が広がっていた。
クレアという名前が、静かに頭の中に浮かんで、消えた。春の夜は温かい。
それでもどこか、重さが残っていた。
――四月の初めに、事件が起きる。王都から馬で半日の距離、北西の農村地帯。
先月消えた東の農村とは別の村だ。今度は消えたのではない。村が戦場になっていた。
報告が本部に入ったのは、夜の七つ時である。村の生き残りが馬で王都まで逃げてきた。
到着した時、男は馬から落ちる。外套が血で黒く染まっていた。自分の血ではない。
報告内容はガレスが整理する。夕方から村の外縁部に怪異が出現し始めた。
最初はE級と思われる小型種だったが、日が暮れると同時に大型の個体が現れる。
番犬団への連絡員が馬で出た直後、村の入口が崩された。
「大型個体の特徴は?」
レオンハルトが聞いた。
「四つ足で動く。体高が二メートルを超える。外皮が硬い。通常の銃弾が通らなかったと証言している。村の自警団が二十発以上撃ち込んでも止まらなかった」
「既存の分類か?」
「不明だ。先月の廃村の報告にあった個体と体格が似ている。同種か近縁種の可能性がある」
「村の現状は?」
「不明。連絡が取れていない。生き残りは数名が逃げた可能性があるが確認できていない」
「出動部隊の編成を行う。正規の戦闘部隊を主力として出す。教育隊も同行させる」
会議室の上座に、ヴィクトリアが立った。
「教育隊の投入は?」
「援護任務だ。主力の後方支援と生存者の保護を担う。前線には出さない。ただし実戦だ」
机上で静かに手を組むと、候補生たちの投入を、ヴィクトリアは正式に告げた。
そして夜の八つ時、一班と二班が本部の集合場所に呼ばれる。訓練棟の前庭に全員が集まった。
空は晴れている。春の夜は温かくなってきていたが、この夜は風が強く、気温が下がっていた。
星が出ており、月が半分である。月の光が前庭の石畳を白く照らしていた。
全員が実戦用外套を着込み、武器を携帯している。
「今夜、王都北西の農村への出動命令が出た。教育隊は援護任務として同行する。主力部隊の後方に位置し、生存者の保護と退路の確保を担う。前線への突入は原則禁止だ」
全員の前にヴィクトリアが堂々と立った。
「原則、ということは例外があるということですか?」
手を挙げながらカイルが質問を繰り出す。
「状況が変わった場合は教官の指示に従え。以上だ」
そう言うとヴィクトリアは下がった。今度はレオンハルトが一班の前に立つ。
漆黒色の前髪が、月明かりの下で白く見えた。血紅色の瞳が全員を順番に見る。
ノクス・ハルバードが、背中のホルダーに収まっており、夜哭きが腰に下がっていた。
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