17話 処刑執行
「お前が意図せず拡張している可能性がある。蓄積量が増えるにつれて、制御できない範囲で能力が漏れ出す場合がある。そういう事例が過去にある」
「ああ、知っている」
「知っているなら報告すべきだ!」
「意識していなかった。意識できていなかった、というのが正確かもしれない」
「必ず医療院に行け。分かったな」
少し目を細めるヴィクトリア。
「リアにも同じことを言われた」
「アイツも言っているなら尚のこと行け。以上だ」
そう言うと足を進めて、彼女は場を後にした。だがその夜、白棺処刑隊が本部を訪れる。
夜の九つ時を過ぎた頃だ。白装束の三名が本部の門を通る。番犬団の狩人が道を開けた。
白棺処刑隊が本部に来る時、その前には誰も立たない。廊下で一班の候補生たちが鉢合わせた。
訓練終わりで食堂から戻る途中だ。白装束の三名が廊下を歩いている。
全員が白い外套を着ており、顔を白い布で覆っていた。目だけが見えている。
腰に細身の剣と短銃を下げていた。廊下が狭く、一班が壁際に寄る。
白棺処刑隊の一名が、すれ違い際に足を止めた。ルシアへと視線を向ける。
しかし何も言わなかった。一秒だけ彼女を見て、その者は再び歩きだす。三名が廊下の奥に消えた。
「……こ、怖かった……」
無意識に止めていた呼吸を再開させるルシア。
「……確かに、怖い雰囲気がある」
イリスが言った。尻尾がコートの内側で固まる。
「なぜ、来たんですかね……?」
「そんなの決まっている。誰かの処分だ」
「処分……誰ですか?」
リゼットが言った。
「分からない。ただ白棺が来る理由は一つしかないだろ」
白棺の者たちが通過した、廊下の奥を見ながら、ブリュンヒルダが返す。そして廊下が静まった。
翌朝、番犬団の古参狩人が一名、連行されたという話が本部に広まる。
名前はクレア・ヴォスハルト。ヴァンガード階級の女性狩人。勤続十二年。
任務中に突然、戦闘不能な仲間に向けて武器を振るい、二名を重傷にした。
駆けつけた別の狩人が取り押さえた時には、彼女の目の色は変わっていたという。それは狂化である。
その報告を聞いた時、レオンハルトは動かなかった。
「なぁ、おい。クレアを知っているか?」
ガレスが横で言った。
「ああ、知っている。三年前の合同任務で組んだことがある」
「……そうか。アイツ、腕の立つ奴だったよな」
「そうだな」
報告書を机の上に置くレオンハルト。それに対してガレスは何も言わなかった。
「それで、被害を受けた二名の状態は?」
「重傷だが命に別状はない。クレアは今朝、白棺処刑隊に引き渡された」
「引き渡された後は?」
「言わずとも分かるだろ。堕ちた者が、どうなるかを」
「クレアは……最後に名を呼ばれたか」
レオンハルトは窓の外を眺める。春先の薄い光が石畳を照らしていた。
「白棺の規則だ。呼ばれたはずだ」
「……そうか」
静かに息を短く吐き捨てるレオンハルト。
だがその日の夜、彼が廊下を歩いていた時、視線を感じた。
振り返るが、そこには誰もいない。廊下のランプが揺れていた。再び歩き出す。
視線が続いた。建物の外からだ。窓の外の暗がりから、誰かが見ている。窓に近づいて外を見る。
路地に人影があった。黒い外套、顔が見えない。番犬団の服装ではない。時計塔の調査員でもない。
一秒後、人影が路地の暗がりに消えた。レオンハルトは、窓の前に立ったまま、路地を見続ける。
人影は戻らなかった。その夜遅く、訓練棟の廊下で、ルシアと鉢合わせる。
水を飲みに来たのか、彼女が廊下の水場の前に立っていた。
腰まで届く銀灰色の髪を下ろしており、夜着の上に薄い外套を羽織っている。
「眠れないんですか?」
レオンハルトを、ルシアの青銀色の瞳が見た。
「いや、見回りだ」
「……そうですか。私は眠れなくて……」
「クレアの件か?」
「はい、聞きました。白棺に連れていかれたって。十二年戦ってきた人が……」
「そうだ」
「教官は、知っている人だったんですよね?」
「任務で組んだ事があるだけだ」
「……怖くないですか?」
「何が怖い?」
ルシアの揺れる瞳へと、レオンハルトが視線を向ける。
「……同じことが、教官に起きるかもしれないって。いつか白棺が教官を迎えに来るかもしれないって。そう思ったら眠れなくて……」
恐怖を想像したのか、顔を俯かせながら、ルシアは弱々しい声を吐く。廊下が静まった。
ランプの炎が静かに揺れる。
「眠れ」
「眠れないから起きています……」
「それは分かっている」
「答えてください。怖くないんですか……?」
「……怖いかどうかより、その前にお前たちを前線に出せる状態にしなければならない。それが先だ」
少し間を置いてから、レオンハルトは返す。
「それは答えになっていません!」
「なっていない。だが、それが今の俺の答えだ」
「絶対に……死なないでください」
ルシアは少し目を赤くした。
「約束はしない」
「はい、約束しなくていいです……。ただ私が……そう言いたかった」
「眠れ。明日の訓練に響く」
ルシアを一秒だけ、レオンハルトは見る。
「はい、寝ます」
そう言うとルシアが廊下を歩き去った。レオンハルトは廊下に残る。
クレアが最後に名前を呼ばれたか、と聞いた自分の言葉が頭に残っていた。
白棺の規則。処刑前に必ず名前を呼ぶ。最後まで人間として扱うために。廊下のランプが揺れた。
春先の夜は、まだ冷たい。
――三月の終わりに差し掛かった頃、ようやく王都に春が来た。
朝の霜が完全に消え、石畳が朝から乾いている。空の色が薄い青に安定し、雲が白く軽くなった。
日差しに温もりが戻り、建物の影が短くなる。中庭の隅に雑草が顔を出し始めており、石畳の隙間から緑が見えた。訓練棟の窓から吹き込む風が、冬の刃のような冷たさを失う。
訓練が始まり、四ヶ月が経っていた。その日の午前、訓練場でルシアが新しい動きを見せる。
百メートルの移動目標への狙撃に加え、照準を合わせながら自分が移動する複合動作の訓練を続けていた。
静止して撃つだけでは、実戦で逃げながら援護することができない。
だから彼女は走りながら振り返り、ルナ・リボルバーを構えて撃つ。的の中央から七センチ。
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