15話 今度は戦える候補生たち
「……っ”!」
アレクが息を呑む。足が一歩後退した。
ルシアがルナ・リボルバーを構える。しかし手が震えていた。照準が揺れている。
ブリュンヒルダが、ドレッド・バシリカを構えたが、路地が狭くて振れない。
「落ち着け」
レオンハルトの声が低く、平坦に響いた。
「状況を確認しろ。怪異は一体。高所にいる。こちらを認識している。しかし動いていない。なぜか?」
「……なぜ、ですか?」
震える声でルシアが聞き返す。
「様子を見ている。距離を測っている。C級は突撃前に必ず観察する。今は観察中だ。つまり攻撃の前に判断する時間がある」
「ど、どうすればいいですか?」
「ノクターン、照準を合わせろ。震えは後で直す。今は合わせることだけ考えろ」
「……合わせます」
「ヴォルフェン、左の路地に回れ。退路を塞ぐ」
「分かった」
「アルヴァレイン、右側の壁際に移動して術式の準備をしろ」
「承知いたしましたわ」
「ガルヴァーン、路地が狭い。跳んでくるのを待て。着地した瞬間が、一番隙が大きい」
「ああ、待ってみせる」
「クロノヴァ、跳ぶタイミングを読め」
「観測中です」
「フェルシュタイン、後列を守れ。アレクを下がらせるな」
「了解です!」
レオンハルトから指示を受けて、全員が頷いて答えると、速やかに行動を開始させた。
だが、それと同時に怪異も動き始め、窓枠から騒がしく跳ぶ。
「今です、ノクターン!」
リゼットが叫んだ。即座にルシアが引き金を引いた。それは怪異の右肩に命中する。
怪異の軌道が僅かにずれた。狙った中央ではなかったが、それでも命中したのである。
「もう一発……!」
ルシアが二発目を撃った。怪異の左腕に命中する。怪異が路地の石畳に着地した。
だが、その瞬間。ブリュンヒルダが狭い路地で、縦に槌を振り下ろした。
横には振れない。縦なら振れる。
怪異の頭部に槌の先端が直撃した。石畳に怪異が押し付けられる。動きが止まった。
しかし、完全には止まっていない。四肢がまだ動いていた。頭部が損傷しても機能を保つ種である。
「頭部だけでは止まらない。心臓部を狙え!」
相手の状況を両の眼に映しつつ、レオンハルトは指示を絶えず飛ばした。
イリスが左の路地から戻る。双刃曲刀が怪異の胴体に交差した。
二本の刃が心臓部を貫く。怪異が停止した。黒い血が石畳に広がる。全員が止まった。
路地が静まり返る。ルシアが、ルナ・リボルバーを構えたまま、手が震えていた。
しかし、今回は撃てたのである。二発とも命中させた。
「……当たった」
小声でルシアが独り言を放つ。
「教官、当たりました! 今回は当たりました!」
「……ああ、確かに当たったな。次は中央に当てろ」
レオンハルトが言った。しかしその言葉の前に、一瞬だけ間が生まれる。
「ブリュンヒルダ」
「なんだよ?」
「路地での縦振りは正しい判断だ」
「狭くて横に振れなかった。それだけだ」
「状況に合わせて変えた。それが評価だ」
彼女へと柔らかな眼を向けながら、レオンハルトは静かに腕を組む。
ブリュンヒルダは槌を下ろした。黄金色の目が少しだけ光る。
「ヴォルフェン、退路の遮断と最後の一撃。見事だ」
「当然だ」
「アルヴァレイン、術式を使う前に終わったな。次は出来る限り使う機会を作ろう」
「ええ、分かりましたわ」
「クロノヴァ、タイミングの読みが正確だった。ノクターンが撃てたのは、お前の声があったからだ」
「役割を果たしました」
「フェルシュタイン、後列を安定させた。よくやったな」
「はいっ!」
全員がレオンハルトから評価を受けて、周囲に和やかな雰囲気が漂うが、一班は残り二体の索敵を続けた。廃墟区画の奥に進むにつれ、建物の密度が上がる。
路地が細くなり、空が見えなくなる場所が出てきた。怪異の血の跡が増える。
古いものと新しいものが混じっていた。二体目は廃屋の一階に潜んでいる。
「中にいる。扉の向こう、右側」
入口前でイリスが止まった。
「ノクターン、入口から撃てるか?」
「扉を開けた瞬間に撃てます!」
「扉はガルヴァーンが開ける。開けた瞬間に撃て」
「はいっ!」
覇気を込め返事をするルシア。ブリュンヒルダが扉の横に立つ。ルシアが入口正面に銃を構えた。
次の瞬間、ブリュンヒルダが豪快に扉を蹴り破る。即座にルシアが撃つ。
今度は一発目で、胴体中央に命中した。イリスが入口から踏み込む。躯体が動く前に刃が心臓部を通った。
「仕留めました!」
報告を行うルシアの声は震えていない。三体目は廃墟区画の最奥、崩れかけた建物の地下に潜んでいた。地下への入口は狭く、一人ずつしか降りられない。
「俺が先に入る」
「教官が先というのは……」
「俺が先だ。続いて来い」
そう言うとレオンハルトが先に降りた。次にイリス、ルシア、ブリュンヒルダが続く。
セレスティアとリゼットとマリアンヌは入口を守った。
地下は天井が低く、ランプが一つもない。イリスの金色の瞳だけが暗闇で光る。
「奥の壁際。動いてない。……これは待ち伏せじゃないな。恐らく寝てる」
「休眠状態か」
「たぶん……」
「叩き起こすな。近づいて処理する」
暗闇の中をレオンハルトが進んだ。奥の壁際に丸まった怪異の輪郭が見える。
「ノクターン、距離は取れるか?」
「狭くて三メートルが限界です」
「三メートルで撃てるか?」
「はいっ!」
「……撃てるではなく撃つか?」
「撃ちますッ!」
三メートルの距離で、ルシアが構えた。
「少し左。そこに頭部がある」
暗闇の中、イリスの目だけが、目標の位置を教える。ルシアが引き金を引いた。
怪異が目覚めないまま処理される。それから全員が地上に戻った時、外は夕方の光に包まれていた。
空の曇りが少し晴れており、薄い橙色の光が廃墟区画の石畳を染めている。
三体の処理が終わり、全員が廃墟区画の入口付近に集まった。全員の外套に汗と埃が染みている。
「……撃てました」
誰に言うともなく、ルシアは自分の手を見ながら呟いた。
「ああ、三発全弾命中した。評価する」
レオンハルトが言った。
「次は四発だ」
「はい!」
「怖かったか?」
「怖かったです。でも、引き金を引けました」
「それが成長だ。よく噛み締めておけ」
口角を僅かに上げると、レオンハルトは彼女を褒めた。
それを聞いてルシアは少し目を赤くする。だが泣かなかった。唇を引き結んで前を向く。
最後まで読んで頂きまして誠にありがとうございます。
宜しければ評価とブックマーク登録をお願い致します。
活動の励みとなり更新が維持出来ます。




