9話 技術力の向上
――訓練が始まり、二ヶ月が経った。冬の底を過ぎ、王都の空気が少しずつ変わり始める。
まだ朝の霜は消えないが、昼の日差しに僅かな温もりが戻ってきていた。
空の色が真冬の灰色から、薄い水色に近づいている。石畳の雪が昼には溶け、また夕方に凍り付く。
その繰り返しが続いていた。そして一班の個々の技術が、確実に上がっている。
ルシアの狙撃訓練は、段階が変わっていた。七十メートルの固定目標への命中は安定している。
今は動く目標、風の変化、距離の変更を組み合わせた複合課題に移っていた。
訓練場の端に設けられた狙撃位置から、ルシアがルナ・リボルバーを構えている。
腰まで届く銀灰色の髪をきつく纏めており、青銀色の瞳が百メートル先の移動目標を追っていた。
狩人外套が風を受けて裾を揺らしている。豊かな胸部が深く息を吸うたびに静かに動いた。
引き金を引く。百メートルの的に命中。
「当たった!」
「次、同距離で風向き変化後に撃て」
彼女の後ろで、レオンハルトが言った。
「風が変わるタイミングを待て、ということですか?」
「予測して撃て。変わってから対応するのでは遅い」
「はいっ!」
自分の前髪の動きを見るルシア。旗の揺れ方を見た。
空気の重さを感じる。引き金を引いた。命中する。
「……読めた」
「まぐれかどうかは五回連続でやって証明しろ」
「厳しいですね……」
「褒めてから五回にするか?」
「今の順番の方がいいです!」
そう言うと、ルシアは引き金を引き続けた。そして五回、全弾命中する。
レオンハルトは、記録用紙に何かを記録した。
「次の段階に進む。明日から百五十メートルだ」
「百五十……」
「できるかどうかではない。やるかどうかだ」
「はい、やります!」
表情を引き締め直すと共に、ルシアは覇気の宿る返事をする。
そしてバディ連携訓練は、ルシアとイリスの組み合わせで行われた。
遠距離支援のルシアと、近接制圧のイリスを組み合わせる戦術だ。
イリスが前衛で怪異を引きつけ、ルシアが後方から援護する。模擬戦で最初に問題が出た。
「ルシア、撃てない角度があった。……アタシが動きすぎると後ろから撃てなくなる。それは理解していた。だが動きを止めたら接近される」
訓練後にイリスが言った。金色の瞳が正直に前を向いている。
「いえ、私が動きを予測できていなかった……。イリスの動きのパターンを覚えないといけない」
「アタシはパターンで動かない。本能のみで動く」
「本能の傾向はあるはずです。見ていれば分かります」
「……アタシを観察するのか」
「はい、戦術として」
「変な気分だ」
「でも、必要です」
「……いい。観察しろ。その代わりアタシも、お前の撃ち方の癖を覚える」
少し間を置いてからイリスは答えた。
そして翌週の連携訓練では、ルシアの援護精度が上がり、イリスの動きとの干渉が半分以下となる。
一方でセレスティアの変化は、見た目では分かりにくかった。
淡いプラチナブロンドの髪、深い紫銀色の瞳、アルヴァレイン家の家紋の入った装束。
外見は入団当初と変わらない。しかし朝の訓練が終わった後、他の候補生が食堂に行く時間に、セレスティアが訓練場に残っていることが増えた。
ある朝、レオンハルトが訓練場の前を通った時、セレスティアが一人で壁に向かって刺突を繰り返していた。完全な素振りだ。華やかさのない、地味な反復練習。汗が首筋を伝っていた。
外套の衿が汗で湿っている。それでも止まらなかった。
「アルヴァレイン」
「あら、教官殿。見ていましたの」
「いつからやっている」
「訓練終了後から。一時間ほどですわ」
「なぜ残っている?」
「……基礎が足りないと気づきましたの。わたくし、これまで己の才能に甘えてまいりました。けれど才能だけでは届かない領域があると、最近ようやく思い知りましたわ」
少し間を置いてから、セレスティアは返す。
「何で気づいた?」
「ルシアさんを見ていて、ですの。あの方は、ご自身の才能を信じておいでになりませんのに、毎日たゆまず積み重ねておられる……。それを見つめておりましたら、己の不勉強さが心底恥ずかしくなりましたわ」
「お前にも才能はある」
「ええ、ですが才能と努力は決して反比例するものではありません。だから、両方を持ち合わせればよろしいのだと、悟りましたの」
「……ふん、素振りの姿勢に問題があるな。肘の高さが下がっている。修正しろ」
少し間を置いてから、レオンハルトは助言を口にする。
「感謝いたしますわ」
「礼は結果で返せ」
「承知いたしましたわ」
そう言うと修正箇所を気にしながら、セレスティアは再び自己鍛錬を続けた。
そしてリゼットの魔術実験は、深夜に発覚する。訓練棟の地下倉庫から、青白い光が漏れていた。
夜の見回り中にレオンハルトが、それに気がついて扉を開ける。
リゼットが床に魔術陣を展開していた。白銀のツインテールが解かれており、肩に流れていた。
片目のレンズ装置が魔術の光を反射し、氷のような青い瞳が集中している。
普段の訓練用装束ではなく、薄手の作業用装束を着ていた。
「クロノヴァ」
「……消灯後です」
リゼットが顔を上げる。
「分かっている。ここで何をしている?」
「時間断層視の精度向上実験をしています。通常の訓練では試せない条件が必要でした」
「正規の許可を取ったのか?」
「取っていません。取れば制限されると思いました」
「……ふっ、正直だな」
「嘘をついても無意味です」
「……それで、成果は出たのか?」
レオンハルトが床の魔術陣を見た。精巧だ。
時間の因果を可視化する術式が、床一面に展開されていた。
「出ました。通常の一・三倍の精度で短期未来を観測できます」
「はぁ……今後は事前に申請しろ。この地下倉庫の使用を許可する」
「……罰はないんですか?」
「成果が出た実験に罰を与える理由がない。だが安全管理は徹底しろ。一人でやるな。誰かを巻き込め」
「分かりました。……ルシアさんに頼みます」
「なぜ彼女だ?」
「彼女は質問が的確です。実験の観察者として優秀だと判断します」
「そうか、好きにしろ」
そう言うとレオンハルトは、再び夜の見回り業務へと戻る。
そして満月の夜、イリスの様子が変化した。その日は、夕方から落ち着きがない。
金色の瞳が普段より明るく光り、灰銀色の耳が敏感に動いていた。尻尾がコートの外に出たまま収まらない。
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