8話 感謝される狩人
「う”お”お”お”! これはう”ま”い”ッ”!」
一口でブリュンヒルダが料理を評価した。
「食堂での食事と全然違う……」
「当然ですわ。あそこでの食事は機能優先ですもの」
「こんな食事が毎日食べられたら……」
「その為に給与があります」
「この料理、子供たちにも作ってあげたいですね。スープのレシピ、聞いて帰ろうかしら……ふふっ」
右手を自身の頬に当てながら、穏やかに笑みを零すマリアンヌ。
「帰った時に作るんですか?」
「はい、帰った時に。絶対に帰るので」
僅かに表情を引き締めると、マリアンヌは確固たる意思を声に滲ませる。
一方でレオンハルトは、黒珈琲を一口飲んだ。食事には手をつけていない。
「教官、また食べないんですか?」
何気なくルシアが言った。
「珈琲で十分だ」
「十分じゃないと思いますが……」
「お前の判断は受けない」
「……少しだけでも食べてください。私が心配しますから!」
「心配する必要はない」
「いいえ! 心配するので!」
頬を膨らませながら、ルシアは両手を小さく上下に振る。
そんな頑固なルシアを、レオンハルトは一秒だけ見た。
それから小さく溜息を吐いて、彼はスープを一口だけ飲む。
「やった! 食べてくれた!」
ルシアが少し目を大きくした。
「一口だ。これで満足しろ」
そう言うとレオンハルトは、再び黒珈琲を飲み平穏を取り戻す。
そして優雅な食事を終えて、一班が酒場を出た頃、通りで子供たちが遊んでいた。
六歳か七歳の子供が三人、石畳の上で追いかけっこをしている。
一班が通り過ぎようとした時、子供の一人が足を止めた。レオンハルトを見上げている。
「狩人だ」
「外套が黒い。すごい人だ」
子供たちが指を差しながら言った。レオンハルトが子供を見る。何も言わなかった。
「狩人になると怪物倒せるの?」
「ああ、倒せるようになる」
「強い?」
「強くなれる」
「俺も狩人になりたい!」
「狩人は怖いこともたくさんあるよ。それでもなりたい?」
子供の目線に合わせて、ルシアが屈み込む。
「なりたい。だって怪物から守ってくれるから。お父さんが言ってた。狩人がいるから夜は安心して眠れるって」
「……そうですか。ならもっと大きくなったら、こっちに来てくださいね。番犬団で待ってます」
ルシアが少し目を赤くした。
「本当に?」
「ええ、本当です。ただし、大人になってから」
柔らかな笑みを晒しながら、ルシアは小さく頷く。
そして彼女の言葉を聞くと、嬉しそうに子供が走り去った。
「子供に言ってしまいました。来なさいって……」
屈んでいた腰を上げてルシアが立つ。
「悪くない」
短くレオンハルトが言った。
「ルシアが言うと、何だか絵になりますわね」
優美な微笑を見せるセレスティア。
「絵になるかは分かりませんが……子供の頃の自分に言えたら良かったなと思って」
徐に空を見上げながら、ルシアは僅かに表示を緩めた。
だがその帰り道、市場の端の路地で変化が起きる。細い路地の奥から、人が逃げてきた。
「怪異だ、怪異が……!」
中年の男が叫びながら全力で走る。顔が青い。
怪異という言葉を耳にして、一班が即座に足を止めた。
レオンハルトが路地の奥を見る。E級の小型種が一体、路地の石畳を這っていた。
外見は人間の子供に似ているが、頭部が肥大化しており、眼球が四つある。
市場の臭いに引き寄せられたか、昼間に出現した珍しいケースだ。
「全員、下がれ」
レオンハルトが、一班に命令を飛ばす。右手の指先が、腰の夜哭きに触れた。
次の瞬間、散弾が一発、怪異の頭部を貫く。怪異が動かなくなった。経過は三秒もない。
周囲の市民が静まり返った。
「処理する。下がっていろ」
路地にレオンハルトが入ってゆく。その場に一班が立っていた。全員が同じ反応を晒す。
「……また瞬殺だ」
ブリュンヒルダが言った。
「動く間もなかった……」
リゼットが呟く。
「照準を合わせる動作が見えなかった……いつ銃を出したのかも分からない。……動体視力が違う。私の嗅覚でも反応する前に終わっていた……」
額に滲む脂汗を、手の甲で拭うイリス。
「これが、長年戦ってきた狩人……」
路地の奥を見ながらルシアが言った。数分後、死体の処理を終えてレオンハルトが全員の元に戻る。
「騒ぎになる前に帰るぞ。本部への報告が必要だ」
「「「はいっ!」」」
全員が一斉に狩人式の敬礼と共に返事をする。
「あの……本当に助かりました……。ありがとうございます……」
レオンハルトたちが歩き出した時、路地の入り口に残っていた先ほどの男が言った。
「礼は必要ない」
「……もしかして……あなたが噂の黒獅子ですか?」
「ああ、そうだ」
「……あの夜、王都が戻ってきた時のことは今も覚えています。何もできなかった自分が恥ずかしかった……。あなたのような方がいるからこそ、私たちは今日も安心して市場に立てます……」
そう言うと、男は深々と頭を下げる。
「お前たちが、市場に立つからこそ、王都が機能する。それで十分だ」
一秒だけレオンハルトは男を見た。やがて相手が下げていた顔を上げる。
彼は既に歩き出していた。その後に一班が続く。
ルシアが歩きながら、前を行くレオンハルトの背中を見ていた。
あの夜、遠くから見た背中と、今目の前にある背中が重なる。
前を向いて歩いていた。夕の光が石畳を橙色に染めてゆく。王都の夜が、もうすぐ始まる。
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