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6話 訪れる休日

「まぁ、大変でしたわね」

「……ああ、すまない」

「お謝りになる必要はございませんわ。……ですが次は、しっかりと確認なさることですわね」

「そうだな。肝に銘じておこう」

「……それで、教官殿? 未だに顔が真っ赤ですわよ」

「寒暖差だ、気にするな」

「そうですの? あらあら、まぁ……」


 微笑んだままセレスティアは通り過ぎる。

 そして翌日の武器整備の時間、訓練棟の地下一階の整備室で問題が起きた。


 整備室は長い作業台が二列並んでおり、各自が武器を並べて整備を行う。

 ランプが等間隔で吊るされており、燃料と金属と油の臭いが充満していた。

 ルシアが、ルナ・リボルバーの銃身清掃をしていたところ、隣にレオンハルトが来る。


「銃身の清掃棒の角度が間違っている」

「えっ、どこがですか?」

「棒を水平に通すな。銃口側を少し下げろ。残渣が重力で落ちる」

「こ、こうですか?」

「もう少し」


 作業台に手をついて、レオンハルトがルシアの手元を見た。距離が近い。

 彼女の横に、彼の腕が並ぶ形になった。


 漆黒色の前髪が目元まで垂れており、血紅色の瞳が銃の銃身を見ている。

 ルシアの肩と彼の肩が、数センチの距離だ。


「……こ、このくらいですか?」

「そうだ。その角度を保ったまま三往復させろ」

「は、はい!」


 ルシアは清掃棒を動かした。しかし、その手は少し震えている。


「震えているぞ」

「さ、寒いので……」

「整備室は温かいぞ」

「……き、気のせいです」

「ふん、そうか」


 ルシアを一瞥するレオンハルト。だが、その後は何も言わなかった。


「……なんでもない顔してるのに距離が近いな。あの教官は」


 作業台の反対側で、イリスが双刃曲刀を研ぎながら、横目で二人を見ている。


「そういう御方なのですわ」


 小声でセレスティアに言った。


「あれで意識していないのか?」

「意識はされているでしょうね。ただ、表に出さないだけで」

「……アンタは一体、どっちの話をしている」

「あら、両方ですけど?」


 不敵な笑みを浮かべながら、セレスティアは肩を竦める。

 そして三日後の市街地訓練中、転倒事故が起きた。

 廃区画の屋根上移動訓練中、ルシアが凍てついた屋根の縁に足を滑らせる。


 屋根の端から落ちそうになった瞬間、後ろからレオンハルトの腕が来た。

 ルシアの腕を掴み強引に引き戻す。

 しかし引き戻す勢いで彼女が、レオンハルトの胸元に当たる形になった。


 黒の外套の胸に、ルシアの顔が埋まる。それは一瞬だ。だがレオンハルトは、すぐに距離を取った。

 ルシアは顔を上げたが、その顔は赤く染められている。


「……す、すみません!」

「足元を見ろと言った」

「は、はい……」

「凍っている場所の縁には近づくな」

「はい……」

「怪我はないか?」

「ないです。でも、その……」

「なんだ?」

「……なんでもないです。ありがとうございました!」

「ふん、感謝は不要だ」


 一秒だけルシアを見て、レオンハルトは前を向いた。


「今、何が起きた……?」


 屋根の下で、その様子を見ていたブリュンヒルダが、イリスに小声で尋ねる。


「見ての通りだ」

「教官、少し動揺してなかったか?」

「そんなわけがない」

「いや、した気がした。一秒だけだが」


 腕を組みながら真面目な声色で、ブリュンヒルダが返した。その夜、ルシアが医療棟に向かう。

 実は、屋根から落ちそうになった際に手首を捻っており、念の為の確認だ。


 医療棟は訓練棟に隣接する石造りの建物で、白い漆喰壁に木製のベッドが並んでいる。

 医師は白衣と白い仮面を着けており、目元だけが見えていた。

 ルシアが手首を確認してもらっていると、唐突に扉が静かに開かれる。


「ノクターン」


 レオンハルトだった。


「報告を受けた。状態は?」

「捻挫ではないそうです。少し筋が引っ張られたくらいで……」

「処置は済んだか?」

「はい、湿布を貼ってもらいました」


 小さく頷いて、ルシアは答える。そしてレオンハルトが、処置された手首を確認した。

 右手首に白い布が巻かれている。彼の指先が、ルシアの手首に軽く触れた。体温が低い。


「痛みはあるか?」

「少しだけ……あります」

「明日の訓練は左手中心で動け。右に無理をかけるな」

「はい、分かりました」

「以上だ」


 レオンハルトが立ち上がろうとした。


「……あの、教官!」

「なんだ?」

「今日は助けて頂き、ありがとうございました!」

「礼は必要ない」

「いえ! 必要があるか、どうかは私が決めます!」

「……気をつけて動け」


 軽く目を細めて、ルシアを見るレオンハルト。そして夜の消灯前、宿舎の廊下では奇妙な静けさがある。レオンハルトが、夜の見回りで廊下を歩いていた。一班の部屋の前を通った時、扉が少し開いている。


 レオンハルトが足を止めた。扉の隙間から、部屋の内側が見える。

 ルシアが二段ベッドの上段で眠っていた。

 腰まで届く銀灰色の髪が毛布の上に広がり、ランプを消した後の薄明かりの中で白銀に見える。


 白い肌が毛布から少し出ており、処置した右手首が胸の上に置かれていた。

 唇が少し開いており、静かな呼吸が続いている。

 青銀色の瞳は閉じられており、眠っている時だけ、あの真面目な表情が完全に力を失っていた。


 それを見てレオンハルトは扉を静かに閉める。廊下に立ったまま、一秒だけ動かなかった。

 それから再び歩き出す。夜の見回りを続ける。夜の王都は静かだ。


 だが、どこかで狩人の銃声が一発鳴る。生の音だ。今夜も誰かが帰ってきた。

 レオンハルトは、廊下の窓から外を見る。雪が降り始めていた。細かい、静かな雪だ。


 ――訓練が本格化して五週間目、珍しく晴れた日曜日。

 冬の空にしては珍しく雲が少なく、薄い青空が王都の上に広がっていた。

 日差しは弱いが、昨日までの灰色の空と比べると、別の街のように見える。


 石畳に積もった雪が、朝の光を受けて白く輝いており、建物の影だけが濃く伸びていた。

 気温は低いが、風が穏やかで、昨日よりも外に出やすい空気だ。今日は月に一度の休日である。


「今日は休日だ。ただし単独での外出は禁止。班単位、または教官同伴での外出は許可する。夜の鐘が鳴る前に本部に戻れ。以上だ」


 朝の号令の後、ガレスが両班の前に立った。


「教官同伴ということは……教官が私たちに付き合ってくれるという事ですか!」


 若干興奮気味のルシアが甲高い声を上げる。


「希望があれば申請しろ。ただし強制ではない」


 大きく頷きながらガレスは答えた。すると一班の全員が、同時に顔を見合わせた。

 昼前に一班の女性たちが、レオンハルトが居る教官室の扉を叩く。

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