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3話 それぞれの身の上話

「今週の評価を伝える」


 顔を周囲に向けてレオンハルトは、ゆっくりと口を開いて告げる。すると全員が一斉に前を向いた。


「全員、一週間前より動けるようになっている。以上だ」

「……短いですわね」


 セレスティアが呟く。


「長く言う必要がない。分かることは分かっているはずだ。自分で何が変わったか把握しているか?」

「……しています」

「なら、俺が言うことは何もない。眠れ」


 そう言うとレオンハルトは廊下を歩き去った。

 ――そして訓練が本格化して三週間が経った頃、王都の冬は最も深い時期に入っている。

 昼でも気温が上がらない日が続き、中庭の石畳の霜が一日中溶けなかった。


 空は常に灰色の雲に覆われており、日差しが当たらない。

 建物の北側の壁には薄く氷が張り、ブーツで踏むと砕けた。

 夜は一段と冷え込み、宿舎の石造りの壁が、冷気を蓄えて部屋に放出する。


 その寒さの中で、一班の距離が縮まっていた。食堂での夕食後、いつもより時間が余っている。

 今日の訓練が予定より早く終わり、消灯まで一時間ほどあるのだ。

 食堂の長い木製テーブルに、一班の女性陣が残っていた。


 食器は片付けられており、木製の卓上に人数分のカップが並んでいる。

 厨房から貰った温かいハーブの湯だ。石造りの天井が高く、ランプが四つ灯っている。

 窓から夜の冷気が染み出してくるが、食堂は人の熱気で少し温かかった。


「あの……故郷の話、聞いてもいいですか?」


 唐突にルシアが口を開く。銀灰色の髪を下ろしており、青銀色の瞳がカップの湯気を見ていた。

 腰まで届く銀髪が、ランプの光を受けて柔らかく光る。


「故郷がある奴だけが答えればいい話だろ」


 ぶっきらぼうにイリスが言った。

 灰銀色のポニーテールが肩に流れており、金色の瞳がカップを見ている。


「あなた、隔離区のご出身でしたわね?」


 穏やかにセレスティアが言った。

 淡いプラチナブロンドの髪が背中に流れており、深い紫銀色の瞳が柔らかくイリスを見ている。


「そうだ。故郷というより、檻だ。懐かしいとは思わない」

「……それでも、貴女がお育ちになった場所には変わりありませんわ」

「ふん……育ったというか、生き延びた、の方が正確だ」


 吐き捨てるようにイリスが口にすると、途端にテーブルが少し静かになった。


「アタシはいい。他の奴らはどうなんだ?」

「私は王都の下層地区です。仕立て屋の家でした。……ですが、お父さんとお母さんと弟が……黒月の夜に……」


 机上で両手を組むと、声を僅かに震わせるルシア。


「ルシアさん。辛いのであれば、その先は言わなくて大丈夫ですよ」


 穏やかな声でマリアンヌが遮った。

 深い青紫色の三つ編みが胸の前に垂れており、深い青色の目がルシアを見ている。


「あっ……でも、話したいんです。誰かに聞いて貰いたくて……」

「……そうでしたか。では、続けて下さい。しかし、無理はしないでくださいね」

「はい、ありがとうございます。マリアンヌさん。……黒月の夜に家族が……グールに。私だけ物陰にいて、気づかれなかった……。父が最後に言ったんです。生きろ、光を探せって……」


 一度だけ彼女に感謝の視線を向けるルシアだが、そのまま顔を俯かせると当時の話を進めた。

 するとテーブルが再び静まり返る。


「それで狩人を目指したんですか?」


 平坦な声色のまま、リゼットが質問を口にする。


「王都奪還の後、復興の現場で……血まみれで立ってた人を見たんです。遠くからで、顔も見えなかった。……でも、あの背中を見て、狩人になりたいと思った」

「……ふぅん、その人が今あなたの教官だなんて、運命みたいですわね」


 手を自身の顎下に添えながら、セレスティアが優雅な微笑を零す。


「運命かどうかは分からないですけど……そうですね」

「……さて、わたくしは前にも言いましたが、家の問題ですわ」


 唐突にカップを両手で持ち、セレスティアが言った。


「お兄様が白棺処刑隊に……処分されましたの。……わたくしの目の前で。お兄様の最後の視線が、今も夢に出てまいります。家名を守るため、お兄様の代わりに何かを果たさなければならない……ずっとそう思っておりましたわ。けれど、今は少し違いますの。家名のためなどではなく……わたくし自身のために戦いたいと、そう思い始めておりますのよ」

「それはいつから?」

「……訓練が始まってから、少しずつ……かしら」

「きっかけは?」

「教官が仰いましたの。家名ではなく、自分の意志で斬りなさいって。……まだ、その意味を完全に理解できているわけではありませんけれど、分かろうと努めておりますの」

「……なるほど。私は時計塔から来ました。証明したいことがあって」


 彼女の言葉に、小さく頷いてから、リゼットが口を開く。

 白銀のツインテールが肩に流れ、氷のような青い瞳がカップを見ていた。

 片目のレンズ装置を外しており、素顔の目が見える。


「私は女性だから軽く扱われてきました。研究者として、女性だということで発言を聞いてもらえなかったことが何度もあります。だから番犬団で実戦データを取って、それを持ち帰って証明するつもりで来ました」

「今も、そのつもりですか?」

「……少し変わりました。ですが、来た目的は変わっていません。……でも、ここにいる人たちのことが、観測対象じゃなくなってきてます」

「仲間、ということですね」

「……そういうことかもしれません」

「まあ、色々あるわな。……んで、アタシは親父みたいな最強の傭兵になりたかった」


 リゼットの言葉に反応するように、腕を組んで頷き、ブリュンヒルダが口を開く。

 燃えるような赤い髪が高いポニーテールで揺れ、黄金色の目がカップを見ていた。


「親父は無謀な特攻で死んだ。最初は力が足りなかったと思ってた。だからアタシは、もっと強くなりたかった。……だが最近は、力の使い方が違うのかもしれないと思い始めてる。教官に言われたことを、まだ考えてる」

「強さは守れなければ意味がない、でしたっけ?」

「そうだ。……それを親父に言えたら良かったな、と今は思う」


 微笑むように表情を僅かに緩めて、ブリュンヒルダは穏やかな声を出す。

 するとテーブルが静かになった。


「……私は子供が理由で来ました」


 静かにマリアンヌが口を開いた。


「子供を守るために、守れる場所にいたい。受付員だった頃、若い冒険者を死なせた。直接の原因ではなかったけれど、あの時大丈夫ですよと笑った自分の顔が忘れられない……。守る側に立ちたかった。それだけです」

「旦那さんは反対しなかったんですか?」

「帰ってくることが条件でした」

「帰れますか……?」

「帰ります。約束しましたから」


 温かみに溢れた聖母のように、マリアンヌは微笑んだ。

 それは訓練中の笑顔とは少し違う、柔らかい笑み。

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