2話 弾かれる者たち
「俺が、お前たちの試験を担当する。レオンハルト・ヴァルグリム。階級はブラック・ハウルだ。それだけ覚えておけ」
周囲を見渡しながらレオンハルトは、簡潔に自分の身分を口にする。
そして短い沈黙の後、志願者の一人が手を挙げた。前列の二十歳前後の男である。
「あの……血煙の黒獅子ですか……? 王都単騎鎮圧の……」
「ああ、そうだ。だが、それが何か役に立つか? お前の試験に」
男を一瞥するレオンハルト。
「い、いえ……すみません……」
そう言うと男は口を閉じた。
「謝るな。時間の無駄だ」
意識を男から外すと、レオンハルトは全員へと向き直す。
「今日ここに百三十七人いる。試験が終わった後、残るのは多くて三十人だ。少なければ十人を切る年もある。それを聞いて、帰りたいと思った者は、今すぐ帰れ。まだ門は開く。それは恥でも何でもない。むしろ正気の判断だ」
全員が通り抜けた門を指差しながら、レオンハルトは最初の選別を行う。
中庭が静まり返った。誰も動かない。彼は三秒待って続けた。
「全員残るか。……ふん、好きにしろ」
その声に感情の色は一切宿らない。しかし、全員が背筋を伸ばした。
「今日、行われる試験は三つだ。順に説明する」
中庭を歩きながらレオンハルトは、全員に聞こえる声で話し始めた。
怒鳴っていない。しかし不思議と、どこにいても届く声質だ。
「一つ目は身体検査。視力、聴力、骨格、臓器の状態を確認する。怪異との戦闘に耐えられない身体は、今この場で弾く。病気を隠して入団しても、前線で死ぬだけだ」
志願者たちの顔を流し見ながら、レオンハルトは身体検査の内容を語る。
すると列の中ほどで、細身の女が唇を噛んだ。何かを隠している者の顔である。
「二つ目は魔力適性検査。番犬団員は全員、一定以上の魔力耐性が必要だ。怪異の放つ魔力に当てられて、機能不全を起こす者は戦場に出せない。測定には専用の魔力石を使う。痛みはない。ただし、適性がゼロの場合は、その時点で終了だ」
魔力適性の重要性を口にしながら、淡々と足を進めるレオンハルト。
後列の獣人族の女が、静かに前を向いていた。金色の目が揺れていない。
「三つ目は怪異耐性検査。実際の怪異の気配に対する反応を見る。E級の標本を使う。生きていない。しかし、体組織から放たれる魔力は本物だ。それに当てられた時、お前たちがどう反応するかを見る」
手を自身の顎下に当てながら怪異耐性検査の内容をレオンハルトは語る。
「……本物の死体を見せるってこと?」
前列の茶色い髪の女が、隣の女に耳打ちした。
「黙れ。ここでは私語禁止だ。今後、俺の許可無しに話した者は、その時点で試験終了とする。帰れ」
レオンハルトの声が飛ぶ。前列に向けたものではなかった。
中庭全体に向けた言葉である。途端に中庭が完全に静まり返った。
「試験を通過した者には、最後に血契の説明をする。番犬団への入団は血契の締結をもって正式とする。署名ではない。血だ。一度結んだ血契は破棄できない。命令への反逆を身体が拒絶するようになる。任務拒否は物理的に不可能になる。それを理解した上で、試験を受けろ」
「血契って本当に、そんな効果があるのか……」
後列の男が、隣の男に小声で呟く。
「おい、次に喋った者は帰れと言った」
勝手に口を開いた者に、冷徹な眼を向けるレオンハルト。すると男は首を竦めて口を閉じた。
「いいか、質問は試験中に受け付けない。ただし、こちらから今一つだけ、お前たちに聞く。血契を簡単に知った上で、帰りたい者はいるか?」
進めていた足を止めて、レオンハルトは全員を見渡した。
訪れる沈黙。三秒ほど彼は待った。
「……よろしい、では始める。右から順に、身体検査に進め」
腕を組みながらレオンハルトは、静かに頷いて試験を開始させる。
身体検査は医療棟の前に設置された仮設の机で行われた。
白衣を着た医師が三名、それぞれの机の前に座っている。
全員が白い仮面をつけており、目元だけが露出していた。紅杯医療院からの派遣だ。
志願者が一人ずつ呼ばれ、机の前に立つ。視力の確認、骨格の触診、胸部への聴診器。
所要時間は一人あたり五分ほどだ。そして細身の女の番が来て名を呼ばれた。
彼女が机の前に立つと、医師が胸部に聴診器を当てて止まる。
「少し待て」
そう言うと医師は、もう一度当てた。また止まる。
「肺に水が溜まっているな」
「……少しだけです。日常生活には支障がないので」
血の気を顔から失いながらも女は必死に返す。
「戦場では支障がある。全力疾走を一分続けた時、お前の肺は機能するのか?」
「…………」
「正直に答えろ」
「……分からない、です……」
歯切れの悪い言葉を口にしながら女は俯く。それを見て医師は紙に何かを書いた。
そのまま女は机の横に誘導される。合格ではない側だ。しばらく女は動かなかった。
それから、静かに泣き始める。声は出さなかった。ただ涙が、石畳の上に落ちる。
列の後ろで、それを見ていた茶色い髪の女が、唇を引き結んだ。
そして、魔力適性検査は中庭の端で行われる。
机の上に握りこぶし大の透明な石が置かれていた。魔力石である。内部に薄い発光があった。
それに志願者が触れると、その者の魔力量と耐性に応じて、石の発光色が変化する。
青は高適性、白は標準、黄は低適性、そして黒は適性なしだ。順番に志願者が石に触れていく。
「よっしゃ、青だぁぁぁあ!」
青が出た瞬間、男が思わず大声を上げた。
「黙れ」
即座にレオンハルトが怒鳴る。男は口を閉じた。しかし、表情は抑えられない。
「……もう一度だけ、触ってもいいですか!」
黒が出た女が、石から手を離して動かなかった。
「ああ、構わない」
「……ありがとうございます」
そう言うと女は、もう一度石に触れた。また黒である。そして女は静かに列を外れた。振り返らない。
黒髪の獣人族の女の番が来た。彼女が石に触れた瞬間、石が青を通り越して深い紫色に発光する。
「……紫は初めて見たな」
その場にいた狩人の一人が、わずかに目を見開いた。
「ふむ、獣人か」
レオンハルトが近づいて石を見る。そして次に女の手を見た。
「はい」
「獣人の魔力耐性は、人間より高い場合がある。それが出た。次に進め」
「……はい」
返事をしながら女は石から手を離す。周囲の志願者らが彼女を見ていた。
敵意と、困惑と、わずかな嫉妬が混じる目だ。女は前を向いたまま何も言わない。
怪異耐性検査は、医療棟の地下で行われる。
石造りの廊下を降りた先に広い部屋があった。天井が低く、壁に沿ってランプが並んでいる。
部屋の中央に、金属製の台が置かれており、その上に布をかけられた何かがあった。
布の下から、腐った金属と有機物が混じったような、形容し難い臭いが漂う。
志願者たちが部屋に入った瞬間、数人が立ち止まる。
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