24話 候補生たち、出陣!
――そして夜明けの一時間前、全員が中庭に集まる。まだ空は暗く、星が出ていた。
雪は止んでおり、中庭の石畳に積もった雪が、夜の冷気でうっすら凍っている。
街灯の橙色の光が、全員の装束を照らしていた。装備点検が始まる。
レオンハルトが、一人ずつ前に呼んだ。
「ノクターン。銃弾の数を確認しろ」
「確認しました。六連×四リロード、銀弾混在で合計三十発です」
「それで足りるか?」
「D級三体なら足りると思います!」
「思います、ではなく確信を持て。足りなければ今補充しろ。戦場で弾切れは死だ」
「……補充します」
弱々しい返事をして、ルシアは後ろに下がる。
「ヴォルフェン。刃の状態を見せろ」
「研げている。問題ない」
イリスが双刃曲刀を抜いた。レオンハルトが指先で、刃の縁を確認する。
「昨夜、研いだ」
「眠れなかったのか?」
「……少し」
「そういうものだ。続けろ」
そう言うとレオンハルトは、次の者の装備点検を続けた。
やがて全員の装備点検が終わると、レオンハルトが一班の前に立つ。
彼の手には六着の外套が、畳まれて積まれていた。それは新品ではない。
しかし洗浄されており、獣の皮と血吸い繊維の素材の独特の光沢が、街灯の光を受けていた。
「これより、外套を配布する。受け取れ。これは訓練期間中の標準装束ではなく、実戦用だ。これは試験ではない。お前たちは今日、これを着て戦場に出る」
狩人としての覚悟を今一度改めるように、レオンハルトは全員の顔へ鋭い眼光の圧を掛ける。
すると全員が途端に黙り込んだ。レオンハルトは、一人ずつ名前を呼んで、外套を手渡す。
ルシアが外套を受け取る。それは重かった。素材の密度がある。
獣の皮と血吸い繊維の複合素材は、手で触れると普通の革とは違う質感だ。
まだ血は染み込んでいない。しかし、素材そのものが何かを語っていた。
「速やかに着ろ」
ルシアを横目で見ながら、レオンハルトは指示を出す。
頷いてから彼女が外套を羽織った。肩に重さが乗る。裾が膝の辺りまで垂れた。
隣でイリスが外套を着る。コートの背中のスリットに尻尾が通った。金色の目が前を向く。
ブリュンヒルダが外套を着た。肩幅に合わせた特注品である。それでも広い肩が外套を押し広げた。
セレスティアが外套を羽織る。
アルヴァレイン家の装束の上に重ねる形になり、深い紺色の外套がプラチナブロンドの髪と対比していた。
リゼットが外套を着る。ツインテールが外套の上に出た。片目のレンズ装置が、外套の衿の上に光る。
マリアンヌが外套を着た。三つ編みの髪が、外套の後ろに出る。深い青色の目が前を向いた。
全員が外套を着た状態で並ぶ。レオンハルトが、その列を一度見渡した。何も言わない。
だが、それこそが評価だ。出発前の最後の時間、レオンハルトが全員の前に立つ。
「忠告を、三つだけ言う」
三本の指を徐に立たせて、彼は全員の注目を一カ所に集める。全員が前を向いた。
「一つ。訓練と本番は違う。訓練では模造武器で打たれても立てる。本番では怪異の一撃で腕が折れる。それを体で理解しろ。体で理解してから動け。頭で分かっているだけでは反応できない」
「二つ。連携が崩れた時、最初に声を出せ。どこで崩れたかを全員が把握しないと次の手が打てない。無言で動くな。戦場での声は命綱だ」
「三つ。怪異の死体には触れるな。処理は俺がやる。血が付いた場合は必ず報告しろ。以上だ」
立たせていた指を下げると、レオンハルトは再び視線を周囲に配る。全員が力強く、静かに頷いた。
「……絶対に、死ぬなよ」
少し間を置いてから、レオンハルトは独り言のように、静かに呟く。それは短い言葉だ。
しかし、その言葉の重さが夜明け前の冷気の中に落ちる。命令ではなく、願いに近い何かだ。
レオンハルトが感情を表に出すことは少ない。
しかし、その三文字だけは血紅色の瞳の奥に宿る何かと一緒に届いた。
「……はいッ!」
声帯を震わせる勢いでルシアが返す。そして彼女の後に続くように、全員が叫びに近い声で返事をした。やがて夜明けの光が、東の空に滲み始めた頃、一班が本部の門から出てゆく。
外の石畳に、昨夜の雪が残る。足跡がついた。
全員分の足跡が、王都の南区に向けて伸び始める。ルシアは外套の重さを感じながら歩いた。
肩に乗っている重さが、訓練期間のものとは違う何かを意味している。だが彼女は前を向いた。
その隣をマリアンヌが歩いている。彼女を見てルシアは、覚悟を決めた足を踏み出す。
空が少しずつ白くなっていた。今日、初めての実戦が始まる。
――夜明けの空は白かった。雲が低く垂れ込めており、太陽の輪郭が見えない。
昨夜の雪が石畳に残っており、踏むたびに白い粉が足元で崩れた。
気温は夜明け前より下がっており、吐く息が白く、すぐに消える。
風はなく、空気だけが重く冷たかった。一班とレオンハルトが、王都の南区に向けて歩く。
目抜き通りを外れ、一本路地に入ると、街の空気が変わる。早朝の路地には人がいない。
石造りの建物が両側に立ち並び、窓は全て閉じられている。石畳の上に残る雪が足音を少し吸う。
怪異の報告が出た区画は、番犬団から住民への退避勧告が出ているため、普段より静かである。
「……静かですね」
ルシアが小声で言った。
「静かな方が怪異の位置を把握しやすい。悪いことではない」
前を向いたまま、レオンハルトが答える。一班は三列で歩いていた。
前列にレオンハルト、イリス、ブリュンヒルダ。中列にルシア、セレスティア、マリアンヌ、リゼット。後列に男性候補生たちである。全員が外套を着込んでおり、武器を手の届く位置に構えていた。
「ん、匂いがする」
それは低い声だが、イリスの耳が前に向けて立つ。
「何の匂いだ?」
「腐った金属みたいな……あの標本室の匂いに近い。近づいてる」
「距離は?」
「五十メートルくらい。この先の路地の折れ目辺りだ」
「ノクターン、後方確認しながら前に出られる位置を取れ。クロノヴァ、左の壁際。アルヴァレイン、右。フェルシュタイン、後列を守れ。ヴォルフェン、ガルヴァーン、俺の後ろに続け」
静かに足を止めて、レオンハルトは指示を飛ばす。
その場で全員が一度停止して、命令を理解したように頷くと、再び動き出した。
彼らは路地の折れ目まで進む。レオンハルトが角から先を確認した。
路地の奥、石造りの壁に挟まれた細い通路に、三体いる。D級群体種。
外見は人間に近いが、関節が逆方向に曲がり、皮膚が灰青色をしていた。
眼球が四つ、口腔内の構造が深い。
昨夜の雪が路地に積もっており、三体が低い姿勢で、その上に立っていた。
雪の上に黒い足跡が残されている。怪異の血の黒が、雪の白と対比していた。
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