21話 模擬戦
――そして訓練が始まり五週間目の朝、雪が降った。
王都に今季初めての雪。夜明け前から降り始めた細かい雪が、中庭の石畳を白く覆っていた。
空は灰白色で、雪雲が低く垂れ込めている。雪粒は細かく、風が吹くたびに横に流れた。
街灯の橙色の光が、雪の白さの中に滲んでいる。
石畳の黒ずんだ赤茶色が雪に隠れ、中庭が珍しく清潔な白に見えた。
「今日の午後、班対抗の模擬戦を行う」
午前の号令を終えた後、ガレスが両班の前に立つ。中庭が静まった。
「場所は訓練区画の外縁区域だ。一班対二班。各班が攻撃側と防衛側に分かれ、旗の奪取を目標とする。旗を先に奪った班が勝ちだ。木製の模造武器を使う。だが模造武器とはいえ芯は鉄だ。防具を着けろ。それでも骨折の可能性はある。手加減の必要はないが、殺すな」
「……本気でやっていいのか?」
カイルが言った。二班の前列、体格のいい二十歳の男である。
「手加減した方が怪我をする。本気でやれ」
「よっしゃ! 日頃の訓練のストレスを発散させてやるぜ!」
そう言うとカイルは、隣の者と目を合わせた。
一班の方では、イリスの尻尾がコートの内側で一度、鋭く振れる。
そして午前の残り時間で、各班が作戦を立てた。
一班は訓練棟の隅の部屋に集まる。石造りの小部屋で、窓から雪の降る中庭が見えた。
全員が輪になり向き合う。
「どっちが攻めるんですか?」
ルシアが聞いた。腰まで届く銀灰色の髪をポニーテールに纏めており、青銀色の瞳が前を向いている。
「くじで決まった。一班が防衛側だ」
扉の外からレオンハルトが言った。全員が一斉に振り返る。
「作戦立案に俺は口を出さない。ただし、訓練の安全管理のため同行する。以上だ」
腕を組みながら、淡々とした口調で、レオンハルトが告げた。
すると全員が小さく頷いて話題を作戦へと戻す。
「防衛側なら、まず旗を何処に置くかを、決める必要があります」
リゼットが言った。氷のような青い瞳が、頭の中で地図を展開しているような動き方をする。
「訓練区画の外縁区域の地図は貰いました。石造りの廃屋が三棟、開けた広場が一つ、木が数本。旗を置くのは廃屋の二階が最適です。外縁が壁で守られており、侵入経路が限定される」
「でも籠城すると動きが取れなくなりますわね」
冷静にセレスティアが言った。
「籠城じゃなくて罠です。侵入経路が限定されるということは、来る方向が分かるということです。待ち構えられる」
「それいいな! まあ例え、正面からぶつかったとしても負けはしないが、頭を使った方が面白い!」
豪快に右腕を回しながら意気揚々と、ブリュンヒルダが口を開く。
「ブリュンヒルダさん、罠の設置と突撃、どちらが得意ですか?」
穏やかにマリアンヌが聞いた。
「そりゃぁ、もちろん! 突撃だッ!」
「では、突撃役でいきましょう。敵を中に引き込んで、そこにブリュンヒルダさんを当てる。そして、私が後ろを守る」
「誘い込むのは誰がやる?」
「速い人がいいですわね」
手を自身の顎下に当てながら、セレスティアは呟く。すると全員の視線がイリスに向いた。
「……アタシか」
「金色の目は暗闇でも見える。廃屋の中なら有利でしょう」
「……わかった、やる。だが誘い込む前に、外で一体仕留めていいか?」
「仕留める機会を伺いつつ、中に引き込むなら構いません」
「では、ルシアは外から狙撃できる位置を確保してください。二班が分散しようとした時に止める役です」
「分かりました。でも雪で風が読みにくいかも……」
「何発か試し打ちする時間を取ります」
「リゼットは?」
「全体の状況把握と、展開が崩れた時の修正です。未来視は短距離なので、中の戦闘に割り込む形が効率的です」
視線を全員に配りながらリゼットは自身の魔眼、時間断層視のことを絡めつつ話しを纏める。そして全員が同時に顔を見合わせた。
「……ふん、まとまってるな」
静かにイリスが吐き捨てる。
「当然です。まとまっていないと負けるので」
平坦な口調で、リゼットが返す。そして午後の一つ時、訓練区画の外縁区域に、両班が集まる。
雪は降り続けており、地面に五センチほど積もっていた。足跡が残る。
隠れる場所も、動いた跡も、雪が全て記録した。
廃屋の石造りの外壁は雪を吸わず、白く縁取られている。
空気は一段と冷たく、吐く息が白い霧になって消えた。
「ルールを確認する。今回の模擬戦は、旗の奪取を目標とする。模造武器で相手を当てた場合、その部位は使用不可とする。胴体に二発当てられた場合は脱落とする。教官は監視のみで介入しない。制限時間は一時間だ。では、防衛側は先に配置につけ」
両手を自身の腰に当てながら、両班の前にガレスは立つと、張りのある声を響かせる。
そして、一班が一斉に走り出して、廃屋へと向かう。
廃屋は三棟が近い距離で建っており、中央の棟が最も大きかった。
二階建てで、石造りの壁の一部が崩れているが、構造は保っている。
内部は木の床が軋んでおり、窓の枠が外れかかっていた。
かつて何かの倉庫だったと思われる痕跡がある。一班は中央棟に旗を設置した。
二階の奥、窓のない壁際である。ルシアは廃屋から離れた雪の積もる石垣の上に伏せた。
七十メートルの距離を確保できる位置だ。彼女はルナ・リボルバーを構え、風の方向を確認する。
「雪で風が変わる。前髪で読む」
自分に言い聞かせるようにルシアは呟いた。イリスは廃屋の外、物陰に隠れた。
金色の瞳が雪の白さの中で光る。尻尾がコートの内側で静止していた。
「……来る」
低い声でイリスは呟く。ブリュンヒルダが廃屋の中で槌を構えた。廊下の角を曲がった先、入口に向けて。マリアンヌが二階の階段口で盾を構えた。リゼットが窓の割れ目から外を確認する。
セレスティアは中央に立ち、レイピアを抜いていた。二班が動いてきたのは、五分後のことである。
カイルを先頭に、九名が二手に分かれていた。六名が正面から、三名が側面から回り込む動きだ。
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