18話 教官であり幼馴染の会話
「問題がないことが問題です」
「どういう意味だ」
「この動きは計算された動きです。計算通りに動ける相手にしか通じません。計算外の動きをする相手に対するデータがありません」
「それが今の弱点か?」
「弱点と認識しています。解決策を考えています」
「ならば、その考えた結果を聞かせろ」
「不確定要素を意図的に取り込む訓練が必要です。自分の動きに乱数を加える練習をしたいのですが、教官に相手をしてもらう事は可能ですか?」
「ああ、いいだろう。明日の朝、早朝訓練の後に時間を取る」
一秒だけリゼットを見て、レオンハルトは許可を出した。
「ありがとうございます」
「礼は不要。結果で返せ」
「分かりました」
大きく頷いてリゼットは返事をする。そしてイリスは離れた場所で、一人で動き続けていた。
課題は既に終わっている。早々に全項目をこなして、今は自分の動きを繰り返していた。
双刃曲刀を持ち、回転、踏み込み、連撃、方向転換を繰り返す。
その動きは止まっていない。課題が終わっても動き続けている。
健康的な小麦色の肌に汗が浮かんでいた。灰銀色のポニーテールが動きのたびに大きく揺れる。
金色の瞳が前方の、仮想の敵を見ていた。
コートの背中のスリットから、灰銀色の尻尾が無意識に動いている。
レオンハルトが足を止めて、しばらく彼女を見ていた。
「ヴォルフェン」
「なんだ?」
イリスが動きを止める。
「課題は終わっているな」
「ああ、終わった。暇だったから続けてた」
「暇なら動くのが、お前の性分か?」
「そうではない。止まると変なことを考えてしまう。だから、動いてる方がいい。それだけだ」
「……そうか。ならば明後日、一対一の模擬戦をやるぞ。相手は俺がする」
少し間を置いてから、レオンハルトは口角を上げて伝えた。
するとイリスが、途端に目を細める。金色の瞳が鋭くなった。
「……それは本気でやっていいのか?」
「勿論だ、本気でやれ。ただし、死ぬな」
「ふっ、アタシとしては教官が死なないか、どうかの方が心配だけどな」
「そんなこと、心配しなくていい。俺は強いからな。候補生如きに傷は負わん」
「そうか。では、楽しみにしている」
イリスの口元が、少しだけ上がる。そしてマリアンヌの課題は、盾の展開速度の向上だった。
攻撃を想定した方向にグレイス・バスティオンを向け、盾の角度を変えながら攻撃を受け流す動作を繰り返している。深い青紫色の三つ編みが背中で揺れ、深い青色の目が落ち着いた光を持っていた。
「フェルシュタイン、展開の速度が上がっているな」
「はい、三週間で少しは慣れてきました」
「盾の角度が良い。攻撃を殺さずに流せている」
「ありがとうございます。ただ、後ろに誰かがいる状態を想定した練習がしたいのですが……」
「どういう意味だ?」
「守る対象がいる状態での動きを訓練したいんです。守る対象がいない状態の訓練だと、自分の動きだけを考えてしまう。実際に誰かを後ろに置いて練習した方が、本番に近いと思いまして」
「ふむ、理解した。来週の連携訓練で、その形を取り入れる」
自身の顎下に手を当て僅かに考え込むと、レオンハルトは彼女の提案を許可する。
「はい、よろしくお願いします!」
満面の笑みを晒しながら、マリアンヌは柔らかな返事をした。やがて昼の鐘が鳴り響く。
訓練棟の二階に、教官用の小さな部屋がある。石造りの壁に机と椅子が二つ。
記録用の紙と炭筆が置かれていた。窓は一つで、中庭が見下ろせる。
レオンハルトが机の前に座り、今日の訓練記録を書いていた。そして静かに扉が開かれる。
「入るわよ」
リアが入ってきた。月光色と黒の教官装備、淡い銀金色のハーフポニーテール。
薄い蒼銀色の目が、レオンハルトを見た。手に紙を持っている。
「ねえ、貴方の班と私の班の記録を比較したいんだけど」
「置いておけ。後で見る」
「後でじゃなくて今見てほしいの。気になることがあって」
「……わかった」
レオンハルトは筆を止めた。リアが机の横に立ち、紙を広げる。
二班の訓練記録だ。各候補生の課題達成時間と、精度が数値で並んでいる。
「カイルなんだけどさ」
「なんだ、例の喧嘩の件か?」
「それも含めて。訓練の記録だけを見ると優秀なのよ。体力も武器適性も平均以上。でも、判断が早すぎる。考える前に体が動くタイプね」
「それは一班のガルヴァーンも同じだ」
「いいえ、ブリュンヒルダは力で動く。でも、カイルは違う。焦りで動いている。怪異に直面した時に崩れる可能性がある」
「ふむ、お前の見立てはそうか」
リアが広げた紙を、レオンハルトは見た。数値だけ見れば確かに優秀である。
「貴方の見立ては?」
「同じだ。焦りで動く者は初の実戦で一度必ず崩れる。崩れた後に立て直せるか、どうかが分かれ目だ」
「フォローしてあげるべきかしら?」
「それは、お前が決めることだ」
「あら、冷たいわね」
「二班は、お前の班だ。俺が口を出すことじゃない」
「まあ……そうね。それで、一班はどう?」
少し間を置いてから、リアが小首を傾げた。
「全員、何かしら突出している」
「あー、確かに。ノクターンは射撃が上手いしね。試験記録見た時は誇張かと思ったけど」
「あれは誇張じゃない。だが才能があることを、本人が一番信じていない。それが問題だ」
「貴方が教えれば良い思う。きっと貴方に認められれば変わるはずよ」
「俺に認められる必要はない。自分で気づく必要がある」
「言い方が問題なの。貴方って評価を伝える時に、感情が抜けすぎてるのよ」
「事実を伝えているだけだ」
「事実だけでは伝わらない人間もいる。特に十八歳の女の子には」
「……お前みたいに、きゃぴきゃぴした感じで、言えというのか?」
口元を歪めながら、リアを見るレオンハルト。
「いや、私みたいにじゃなくていい。もう少し言葉を選べばいいの」
「……わかった。考えておく」
「はぁ……。十年も聞き続けて、それが答えなのね」
「お前の言い方も大概だ」
「あら、そう?」
紙を手に取り、リアは扉の方に歩いた。
最後まで読んで頂きまして誠にありがとうございます。
宜しければ評価とブックマーク登録をお願い致します。
活動の励みとなり更新が維持出来ます。




