17話 実技訓練
「……さっきの、悪かった」
「あ? なにが?」
「殴ったことで余計に話がこじれた。お前の為にやったつもりだったけど、結果的に教官の言う通りだった」
「……別に怒っていない」
少し間を置いてからイリスは返す。
「怒れよ!」
「怒るほどのことじゃない。それにアンタが、アタシの事を仲間だと思ってくれてる事は分かった」
「……そうか」
「ただ――次は殴るより先にアタシに言え。これはアタシ自身の問題だから」
ブリュンヒルダを、イリスは見上げた。百六十八センチと百九十一センチ、視線の高さが違いすぎる。
「ああ、分かった」
「それだけだ」
そう言うとイリスは部屋に戻った。
一方で廊下の端では、ルシアが壁にもたれて、包帯を巻いた手首を見ている。
「フェルシュタインさん」
「はい、なんですか?」
「今日は……ありがとうございました。廊下で泣いてた時、側にいてくれて」
「側にいただけですよ。私は何もしていません」
「いえ、私には……それで十分でした」
「あら、ふふっ……。さぁ、明日も訓練があります。早く眠りましょう」
マリアンヌは微笑んだ。
「そうですね。おやすみなさい」
そう言うと、ルシアは先に部屋へと入る。
廊下が静まり返った。夜の鐘が遠くで、九回ほど鳴っている。
――そして訓練が始まり三週間目、空は快晴だった。
朝から雲一つなく、冬の青空が王都の上に高く広がる。
日差しは強いが空気は乾いており、中庭の石畳が朝の光を受けて白く輝いていた。
風が北から吹いており、外套の裾が一定の方向に流れる。
体を動かせば温まるが、止まると冷気が素早く体温を奪っていく。
午前は各自の適性確認を兼ねた実技訓練だ。
一班が中庭に並び、それぞれの武器を手に、個別の課題に取り組んでいた。
レオンハルトは中庭の中央に立ち、全員を一度ずつ見て回っている。
最初にルシアのところに立ち寄った。怪我から三日が経ち、右手首の包帯が外れている。
まだ完全ではないが、銃を握れる状態まで回復していた。七十メートルの的に向けて構えを取る。
腰まで届く銀灰色の髪が、ポニーテールで纏められており、朝の光を受けて白銀に輝いていた。
細身のしなやかな体格に、狩人装束が馴染み始めており、三週間前の新品の頃とは印象が変わる。
豊かな胸部が、狩人ベストの上から柔らかく強調されているのは変わらないが、その上の顔の表情が違った。構えを取る時の目が、三週間前より少し鋭い。
一発目が、七十メートルの的の中央より、右に五センチ外れた。
「修正しろ」
「北風が……少し強くなってます。修正します」
レオンハルトの言葉に、ルシアは頷くと再び引き金を引く。
二発目、中央に当たる。三発目、中央より左に二センチ。
「あっ、また風の流れが変わった」
「……ふむ、変わる前に撃てていたか?」
「はい、変わる前に引き金を引けてたと思います。……ですが、予測が少しずれました」
「だろうな、常に風の変化を読め。旗を見ろ。裾を見ろ。前髪の動きを見ろ。全部が風の情報だ」
「はいっ!」
返事をするとルシアは、四発目を撃つ前に、一度周囲を見渡した。
中庭の旗、自分の外套の裾、前髪の流れ。四発目、中央に当たる。
「……あ、当たりました」
「よし、次は連続で五発。全弾中央に入れろ。それができたら、七十メートルの訓練は、次の段階に進む」
「分かりました!」
そう言うとルシアは、深く息を吸い込み再び構えた。
そしてレオンハルトの視線は、ブリュンヒルダのところに移る。
百九十一センチの長身に、燃えるような赤い髪を、高いポニーテールで纏めていた。
黄金色の目が、正面の木製の的を見ている。模造の巨槌ではなく、今日は実物のドレッド・バシリカを使用した訓練で、全長二メートルを超える鋼鉄の槌を片手で保持していた。反対の手は腰に当てている。
課題は精密な打撃制御だ。的の中央の小さな印だけを狙い叩く。大きな武器で精密な制御をする訓練だ。
「ちっ、また中央からずれた」
独り言のように、ブリュンヒルダが吐き捨てる。
「力は十分ある。力を絞ることを練習しろ」
「絞ると当たらない!」
「絞っても当たるようにしろ。その為の訓練だ」
「こんなの全部全力で、ぶっ叩いた方が早いだろ!」
「やめろ、的が壊れる」
「壊れたら怪異も死ぬ!」
「壊れるのが床や壁、仲間だった場合は、どうするつもりだ」
「くっ……」
口を閉ざして、ブリュンヒルダは黙り込んだ。
「戦場には的だけがあるわけではない。周囲に何があるかを考えて、打撃の強さを選べ。それが制御の意味だ」
「……難しい」
「そうだ。難しいから、お前は訓練している」
「……わかった」
への字に唇を曲げて、ブリュンヒルダは再び槌を構える。
そしてレオンハルトが、セレスティアのところに来た時、彼女は課題から外れていた。
アストラル・レイピアを手に持ち、正面の空間に向けて刺突を繰り返しているはずだが、左手に小型の魔導書を開いて術式を展開している。
レイピアの刃先から細い青白い光が走り、空間に短い切断の痕が残った。
淡いプラチナブロンドの髪が光の中で揺れ、深い紫銀色の瞳が術式の光を反射している。
胸元の聖血魔術回路が、術式展開と共に薄く輝いていた。
コルセット型の装束が、腰の曲線を自然に強調している。
「アルヴァレイン、課題は刺突の精度向上だ。術式は使うな」
「あら、ごんなさいね。教官殿。やっていたら試したくなってしまいまして」
「……ふむ、制御できるのか?」
「まだ確認中ですわ」
「確認は訓練時間外にしろ。今は課題に戻れ」
「はいはい、ですわ」
セレスティアは魔導書を閉じた。しかし、口元の微笑みが少し深い。
「ですが教官殿、一つだけ聞いても、よろしいかしら? 刺突の瞬間に術式を乗せると貫通力が上がりますの。それは課題に含まれませんか?」
「今日の課題には含まれない。しかし、覚えておこう」
「まぁ、楽しみですわ」
そう言うとセレスティアは、レイピアを構え直した。
一方でリゼットは、課題の的に向けて、淡々と大鎌を振るう。その動きは機械的なほど正確だ。
角度、速度、軌道が毎回ほぼ同じだ。的の同じ位置に、同じ深さの切り込みが入っていく。
白銀に近い、プラチナブロンドのツインテールが、振りのたびに揺れた。
片目のレンズ装置が、朝の光を反射している。氷のような青い瞳が、感情の揺らぎなく的を見ていた。
「うむ、問題ない」
レオンハルトが通り過ぎながら呟く。
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