12話 驚愕の事実
「ヴォルフェン、角度を修正しろ。クロノヴァの言う通りだ」
二人の側を通りながら、レオンハルトが言った。
イリスは一瞬だけ不満そうな顔を晒すが、大人しく砥石の角度を調整した。
「……ちっ」
「聞こえてるぞ」
彼女を横目で捉えて、睨みを利かせるレオンハルト。
そして午前の整備が終わると、全員が昼食の為に食堂へと移動した。
食堂は訓練棟の一階にある大きな部屋である。
石造りの天井が高く、長い木製のテーブルが、縦に四列並んでいる。
窓は採光を確保する為に他の部屋より大きく、昼の光が差し込んでいた。
壁には番犬団の紋章と、歴代の狩人の名前が刻まれた板が並んでいる。
だが、ここで提供される食事は質素だ。
黒麦のパンが二切れ、野菜と肉を煮込んだスープ、乾燥豆の小皿。ただ、それのみである。
「……思ってたより、ずっと少ない……。これでは足りんぞ!」
料理が盛り付けられたトレイを見て、ブリュンヒルダは不満を漏らす。
「へっ、候補生如きが何を贅沢抜かしてやがる。それは今のお前たちに見合った量だ」
隣の席に座る先輩狩人が、ぶっきらぼうに言い放つ。
彼は二十代後半と思しき男で、外套の色が深く黒ずんでいる。古参の証だ。
「まあ、腹を減らす余裕があるのは最初のうちだけだ。時期に腹なんて空かなくなる。……まっ、その頃には半分以上が消えてるがな! あひゃひゃっ!」
「消えるって、死ぬってことですか……?」
トレイを手にしたまま、ルシアが声を震わせて尋ねる。
「いや、脱落も含めてだ。まあ、食事の量に文句を言ってる奴が生き残ったのを、俺は見た事がないがな!」
残りのスープを一気に飲み干すと、両手でトレイを持ち男は席を立った。
そして、一班の狩人候補生たちが黙り込む。
「……取り敢えず、食べましょうか。冷めたら余計に美味しくないですし」
静寂を破るように、マリアンヌが言った。レオンハルトは食堂の端の席に一人で座っている。
黒珈琲だけをカップに注いで、食事には手をつけていない。
血紅色の瞳が、食堂全体を静かに見ていた。
「教官、食事していないですね」
彼の事に気がつくと、小声でマリアンヌに話し掛けるルシア。
「よく気づきましたね」
「食べなくて大丈夫ですかね?」
「ふふっ、聞いてみますか?」
「……き、きき、聞けないですよ!」
途端に緊張感を帯びた表情を晒すと、ルシアは勢いよく顔を左右に振る。
そんな慌てた彼女を見て、マリアンヌは微笑むと、スープを一口飲んだ。
そして夕方、一通りの訓練が終わり宿舎に戻る頃、空は茜色である。
雲が西に集まり、茜色と灰色が混じる複雑な色が、王都の上に広がっていた。
石畳が夕の光を受けて赤みがかって見える。宿舎には浴室があった。
訓練棟の端にある石造りの部屋で、大きな石造りの浴槽に湯が張られている。
湯は一日一回、夕方に張られるのだ。番犬団の狩人が使う浴室は機能一点張りで、脱衣場と浴室の間に仕切りがあるだけの簡素な造りである。壁には石けんと体を拭く布が置かれていた。
女性用は別に設けられており、一班の女性たちが使用する。
「今日は……恐ろしく、一日が長かった……」
湯に浸かりながら、ルシアが天井を見上げた。
「まだ初日ですよ?」
壁際に背を預けてリゼットが呟く。
「はぁ……これが毎日続くの……」
「当然ですよ。それが訓練ですから」
「……分かってるけど、分かりたくない気分……」
顔を俯かせるとルシアは、大きく溜息を吐き捨てた。
「――にしても朝の号令の訓練、わたくし七回も追加されましたわ!」
湯の中で髪を解きながら、ゆっくりとセレスティアが言う。
「それはアンタが無駄口を叩いたからだ」
「くっ……そ、そうだとしても! 本当に石畳が冷たかったんですもの!」
「口に出すから追加されるんだ」
湯の縁に腕を乗せて、イリスが言い切る。尻尾が湯の中で静かに揺れていた。
「ぐぬぬ……! それより貴女! 先ほどから尻尾で、お湯を揺らしていらっしゃいますの!」
「悪いか?」
「悪くはありませんけれど……波が来ますわ!」
「我慢してくれ」
それだけ言うと、彼女から意識を外して、別の方へと顔を向けるイリス。
「……あっ、ブリュンヒルダさん入れましたか? 浴槽に」
目を閉じたまま、マリアンヌが穏やかに言った。
「足がはみ出た」
「……ご、ごゆっくり……」
「足が寒い!」
口元を歪めると、ブリュンヒルダは、露骨に不満を露にする。
「ねぇ、みんなって……なんで番犬団に入ったの?」
天井を見上げたままルシアが言った。湯の音だけが続く。
「……アタシは居場所がなかったからだ。それに隔離区に居ても、いつかはここに入れられると思ってたしな」
淡々とした口調でイリスが言った。いつもより少し声が低い。
「ふん、わたくしは家の問題ですわね。兄様が……いなくなったので。わたくしが代わりに何かしなければ、と」
指を鳴らしながら、静かにセレスティアが言った。その顔には微笑み等の軽いものは存在しない。
「……私は証明したいことがあります。数式は戦場でも正しいということを」
希薄な表情を見せながらも、僅かに抑揚をつけて、リゼットは言葉を口にした。
「私は……王都奪還の夜、見てたんです。遠くから。血まみれで立ってた人を。子供だったから、顔は覚えてないけど……あの背中を見てから、狩人になりたいって思った」
少し間を置いてからルシアは口を開くと、拳を優しく握り固めながら自身の胸に押し当てる。
「……恐らくですけど、その人は私たちの教官ですよ」
他所を見ていた視線を彼女の顔に向けると、さらりとリゼットは真実を口にした。
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