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10話 始まる過酷な日々

「気にしないで。悪くない発想よ。ただ少し、タイミングが悪かっただけ」


 彼に耳打ちするように、リアが小声で補助的な言葉を掛けた。


「……ありがとうございます」


 小さく頭を下げて感謝の言葉を弱々しく吐くカイル。


「おい、勝手なことを言うな」


 レオンハルトはリアを一瞥した。


「なによ、事実を言っただけでしょ。それとも何か間違ってた?」

「そうではない。今は俺が話しているんだ」

「あなたの話は終わってたでしょう」

「勝手に終わらせるな。まだ終わっていない」

「へぇ、まだ続いてたんだ? じゃぁ……いいよ。ほら、続けて」


 不敵な笑みを浮かべる事で彼を揶揄うリア。そして狩人候補生たちは、二人を交互に見ていた。


「……やっぱり夫婦だ」


 小声でブリュンヒルダが呟く。


「おい、聞こえてるぞ」


 壁際からガレスが声を飛ばす。やがて両班が解散すると、それぞれの班で少しの時間が生まれた。

 昼前の休憩で、一班の狩人候補生たちは、訓練棟の入り口付近に集まる。


 石造りの壁に沿ってベンチが並んでおり、朝の光が差し込んでいた。

 おもむろにルシアが、イリスの隣に座り込む。


「出身、聞いてもいいですか?」

「さっき言っただろ。隔離区だ」

「……そこって、どんなところですか?」

「檻がある。……それだけだ」


 少し間を置いてから、イリスが重たい口調で返す。


「……そうですか」

「なんで、そんなことを聞く?」

「同じ下層地区の出身だから。場所は違うけど、似た部分があるかなと思って」

「アンタは……アタシの事が怖くないのか?」


 ルシアを金色の目でイリスは見た。


「怖い、は……少し。でも隣にいるのは嫌じゃないです」

「……変なやつだな」

「ええ、そうかもしれません」


 小さく笑みを零しながら、ルシアは口元を緩ませた。それを見てイリスは前を向く。

 尻尾がコートの内側で、ほんの少し、ゆっくりと揺れた。

 セレスティアが、リゼットの隣に立つ。


「時計塔って、どんなところですの?」

「効率的な場所です」

「えっと……それだけ?」

「感情より数式が優先される場所です。それ以上でも以下でもありません」

「まぁ……寂しい場所ですのね」

「寂しいとは思いません。合理的なだけです」

「同じことを言う人ほど、本当は寂しいものですわよ」

「……その根拠は?」


 リゼットは少し眉を寄せた。


「わたくしの勘ですわ」

「非合理です」

「ええ、人間ですもの」


 優雅な笑みを晒しつつ、セレスティアは手の甲を、自身の顎下に添えた。

 リゼットは彼女を見て、何かを言おうと口を開くが、それは途中で止まり再び閉じられる。


 マリアンヌが、ブリュンヒルダの隣に立っていた。

 彼女の頭がブリュンヒルダの肩の辺りに来ている。


「出身が荒野って、大変だったでしょう?」

「ああ、大変だったな。でも嫌いじゃなかった」

「お父さんが傭兵だったんですよね?」

「……なんで知ってる」

「自己紹介の時に、雰囲気で分かりました。傭兵育ちの方は立ち方が違いますから」

「お前は受付員だったんだろ。なんで、こんな死に近い場所にいる?」

「守りたいものが増えたので」

「子供か?」

「子供も。そして、あなたたちも、もう含まれています」

「……まだ今日、会ったばかりだぞ」


 少し面食らったような、顔を晒すブリュンヒルダ。


「関係ありません。私が決めたことですから」

「……変なやつだな」

「はい、よく言われます」


 聖母のように温かな笑みを浮かべるマリアンヌ。

 それを見て、ブリュンヒルダは短く笑った。豪快な笑い声も混じる。


 そして昼の鐘が鳴る少し前、中庭の向こうから声が聞こえた。

 二班の狩人候補生たちが、訓練棟の反対側のベンチに集まっている。

 リアが何かを話しており、二班の狩人候補生たちが聞いていた。


「……あっちは打ち解けるのが早いな」


 カイルの声が流れ聞こえる。


「なぁ、あの班に獣人がいるだろ。一緒に訓練して大丈夫なのか?」


 二班の一人が、一班の方を見て小言を漏らす。


「さあな」

「満月の夜とか、どうすんだろうな? 俺、怖えよ……」

「知らねえよ。一々、俺に聞くな」


 話す事が面倒なのか、会話を強引に断ち切るカイル。

 だがその声は、壁を隔てた訓練棟の入り口まで届いていた。徐にイリスが立ち上がる。


「イリスさん!」


 咄嗟にルシアが声を掛けた。イリスが足を止める。金色の瞳が、壁の向こうを見ていた。

 レオンハルトが、訓練棟の入り口を通り過ぎるタイミングで、その声が聞こえる。

 彼が足を止めた。二班の方向を一度見る。それから一班の方を見た。イリスと視線が合う。


「聞こえたか?」

「ああ、聞こえた」

「戦場に出れば分かる」

「何が?」

「役に立つかどうかだ。言葉より結果で示せ」

「……分かった」


 イリスは一秒だけ、レオンハルトを見た。尻尾の動きが止まる。

 ルシアは二人を交互に見て、小さく息をついた。昼の鐘が、中庭に響き渡る。


 ――そして最初の朝は、夜明けの一時間前に始まった。宿舎の廊下に、重い足音が響く。

 一班の狩人候補生六名(女性)が使う部屋は、訓練棟に隣接する宿舎の二階にある。


 石造りの壁に、木製のベッドが三段ずつ向かい合わせに並んだ部屋で、窓は採光よりも防御を優先した小さな造りだ。天井は低く、石の壁には長年の湿気が染み込んでいる。床は木張りで、踏むたびに軋む。  

 ランプが壁に一つかけられているが、夜間は消灯が規則だ。そして、部屋の扉が開かれる。

最後まで読んで頂きまして誠にありがとうございます。

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