9話 自己紹介
「ちっ……遅い。三分前には出るべきだったぞ」
レオンハルトが短く吐き捨てた。
「貴方のせいで時間が押したのよ」
顔を左右に振りながら、リアが淡々と返す。その光景を見て、狩人候補生たちが、静かに息を呑んだ。
「なんか、夫婦みたいだ……」
小声でブリュンヒルダが呟く。
「でかい声で何を言っている?」
圧を込めた声で、即座にガレスが返す。それに対して、ブリュンヒルダが軽く肩を竦めた。
「……まぁいい。狩人候補生共、班ごとに分かれろ」
小さく溜息を吐き捨てた後、レオンハルトは手を叩いて命令を飛ばす。
彼の声により、狩人候補生たちが一斉に動き始めた。一班の九名が、中庭の右側に集合する。
レオンハルトが、一班の前に立った。全員を一度見渡す。
「自己紹介をしろ。名前、出身、年齢、武器適性。以上だ。余計なことは言わなくていい」
「順番はありますか?」
静かにルシアが手を挙げた。
「端から順に」
淡々とした口調で、レオンハルトは返す。すると、ルシアは手を下ろして、一歩前に出た。
「ルシア・ノクターンです。王都の下層地区の出身で、年齢は十八歳です。武器は銃系、ルナ・リボルバーを使っています。射撃の適性は……そこそこの結果が試験で出ました」
「ああ、知っている。歴代一位の命中率だ」
腕を組みながらレオンハルトが短く言葉を吐く。
「……ご存じでしたか」
目を丸くさせて反応するルシア。
「試験の記録は全部見る。……それで、自己紹介は以上か?」
「は、はい……」
「うむ、よろしい。次の者、自己紹介をしろ」
小さく頷きながら、レオンハルトは視線を別の者に移す。
ルシアが後退すると、その隣でイリスが一歩前に出た。
「イリス・ヴォルフェン。出身は……獣人隔離区。年齢は十八。武器は双刃曲刀だ」
限りなく感情を抑えた声色で、彼女は事務的な口調で自己紹介を行う。
すると短い沈黙が生まれた。一班の一人が露骨に視線を大きく逸らす。
「……何か問題か?」
その男をイリスが金色の目で見た。
「いや、別に……」
「そう」
それだけ言うと、イリスは後退する。尻尾がコートの内側で一度、鋭く振れた。
レオンハルトは、その男を一瞬見る。だが何も言わなかった。
今度はセレスティアが一歩前に出る。
「セレスティア・アルヴァレインですわ。王都上層区、アルヴァレイン家の出身です。年齢は十八歳。武器は細剣と魔術の複合ですの」
「ふむ、名門アルヴァレイン家か」
「あら、ご存知ですか?」
「ああ、聖血名門家だな。しかし……それが何か影響すると思うか、ここで」
「影響しなければ、それはそれで面白いですわね」
手を自身の顎下に添えながら、セレスティアは微笑んだ。
レオンハルトは一秒だけ、その目を見る。それから視線を動かした。次はリゼットが前に出る。
「リゼット・クロノヴァ。時計塔研究区出身。十八歳。武器は時間干渉式の大鎌です。なお私の派遣目的には、観測任務が含まれていますので、予め申告しておきます」
「何を観測する?」
「現時点では申し上げられません」
「ここでは命令系統が優先される。時計塔の指示より俺の命令が上だ。それを理解した上で入ったか?」
「……理解しています」
「そうか、なら問題ない。次」
一切の例外は認めないという意思の視線を、リゼットに向け続けるレオンハルト。
それに対してリゼットは、一瞬だけ唇を引き結んで後退した。
今度はブリュンヒルダが前に出る。それだけで列の空気が変化した。
百九十一センチの長身と、燃えるような赤い髪が、朝の光を受けて鮮烈に映える。
「ブリュンヒルダ・ガルヴァーン。国境荒野の出身で、二十歳。武器は巨槌だ。傭兵歴五年。戦争経験あり」
「経験があることと、ここでの訓練は別だ」
「分かってる。だから、ここに来た」
「よろしい、次」
大きく頷きながら返すと、意識を別の者へと向けるレオンハルト。次はマリアンヌが前に出た。
「マリアンヌ・フェルシュタインです。中流区出身で、二十八歳になります。武器は盾槍です」
「二十八か。遅い志願だな」
「はい、少し前までギルドの受付員をしていました。子供もいます」
自身の胸に手を添えながら、それらの事をマリアンヌは語る。すると一班に静けさが落ちた。
「……子供がいて、ここに来たのか」
「はい、夫に許可を貰いました。帰ってくることが条件です」
「……そうだな、必ず帰ってこい」
静かに目を閉じて、レオンハルトは短い言葉を口にする。
「はい、帰ります。絶対に」
マリアンヌは微笑んだ。
そして一班の自己紹介が終わりを迎えた頃、中庭の反対側から声が聞こえてきた。
二班は自己紹介が疾うに終わり、既に簡単な連帯行動の訓練を始めている。
リアの声が、冷静に進行していた。
「……あっちは、もう始めてるな。くそっ、負けてらんねぇな!」
ブリュンヒルダが呟く。
「あの……競って、どうするんですか?」
小首をかしげるマリアンヌ。
「んだと? 逆に競わないのか?」
「訓練は競うものではありませんよ。……まあ、たぶんですけど」
「……ふむ、そういうものか」
彼女の言葉を聞いて納得したような、納得していないような顔をブリュンヒルダは晒した。
そして午前の鐘が五度鳴る頃、両班が再び合流する。
中庭の中央で、レオンハルトとリアが並んだ。
狩人候補生、十八名が二つの班に分かれて、向き合う形で立っている。
「今後、一班と二班は同じ訓練棟を使う。訓練の内容と時間帯が重なることがある。その際、お互いの邪魔をするな。競うな。比べるな」
右手を大きく振りながら、レオンハルトが言った。
「なぜですか! 比べて何が悪いんですか!」
二班から唐突に声が上がる。それは男性の狩人候補生だ。二十歳前後、体格のいい男である。
「競うことで強くなれると思います! 一班との模擬戦を組んで欲しいのですが!」
「お前、名前は?」
男を見ながらレオンハルトは人差し指を向けた。
「カイル・ドーンです」
「ドーン。今は命令を聞く段階だ。意見は訓練が始まってから言え」
「でも——」
「でも、はない。二度同じことを言わせるな」
「は、はい……すみません……」
そう言うとカイルは口を閉じて大人しくなる。
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