『絶望の森』の悪魔と、底なしの狂気
深夜。俺は城の北にあるという『絶望の森』へと向かっていた。
本来なら王宮を抜け出すための隠密行動が必要なはずだが、城門の前にはなぜか百人の聖天騎士団が松明を掲げて花道を作っていた。
「サトー様……! 御自ら、森に巣食う邪悪を浄化しに行かれるのですね……!」
「どうか、生きてお戻りください! 我らもこの地から祈りを捧げます!」
騎士団長が涙ながらに敬礼する。俺は心の中で「永遠に祈ってろ!」と毒づき、意気揚々と暗闇の森へ足を踏み入れながら思った。
あいつら、いつ休んでんだよ。
◆
絶望の森は、その名に違わず不気味な場所だった。月明かりを遮る鬱蒼とした木々。どこからか聞こえる獣の遠吠え。足元には白骨化した謎の動物の骨が転がっている。
怖えって!!!
俺はドMだけど、ホラー系は苦手なんだよ。正直、こんな森来たくなかったよ!
でも、ずっとお預けされている快楽が待っているかと思ったら、来ないわけにはいかないじゃないか。俺はビクビクしながらも、ワクワクもしつつ森の奥へと進んだ。
すると、開けた広場の中央に、昼間の黒ローブの女が立っていた。
「……本当に一人で来るとはね。馬鹿な男」
女がローブのフードを外す。現れたのは、血のように赤い瞳と、頭から生えた二本のねじれた角。背中にはコウモリのような羽が折りたたまれている。
「魔族……!」
「いかにも。私は魔王軍が幹部、拷問処刑人のカーミラ。お前のその薄っぺらい化けの皮を剥ぎ、永遠の苦痛を与えてやるわ」
とーちゃー?――なんだって?
「さあ、まずはその生意気な顔を歪ませてあげる!」
俺の疑問を払拭する暇も与えずに、カーミラが叫ぶ。同時に、指を鳴らすと、地面から黒い茨が飛び出し、俺の全身に巻き付いた。
鋭いトゲが肌に食い込む。……痛い。痛いぞ! だが、俺のHPは1のまま減らない、なぜだ。
「フフ……それは『無限苦痛の呪縛』。肉体を傷つけることなく、脳に直接『焼け焦げるような痛み』だけを送り込み続ける魔法よ。さあ、泣き叫びなさい! 命乞いをしなさい!」
肉体を破壊せず、痛みだけを与える魔法だと!?
俺のHP「1」という豆腐ステータスでも死なずに済む。死なずに快楽だけが与えられるなんて、まさに俺のための魔法じゃないか!
「ひぎぃぃぃッ! あ、あぁぁぁぁ……ッ!!」
俺は地面を転げ回りながら絶叫した。痛い! 痛い! そして最高に気持ちいい! これだ、現代日本でお金を払っても味わえなかった、本物のファンタジー・ペイン!
「アハハハ! いいわよ、その無様な姿! もっと苦しみなさい!」
「最高だぁぁッ! もっと! もっと強く縛ってくれ! ついでに俺の顔を踏んで、ゴミを見るような目で『このウジ虫が』って言ってくれぇぇぇ!!」
「……え?」
カーミラの笑い声がピタリと止まった。俺は茨に縛られたまま、頬を紅潮させ、口から涎を垂らしながら、最高の笑顔でカーミラを見上げていた。
「どうした女王様! エンドレスなんとやらの勢いが落ちてるぞ! もっと罵倒を! 俺の尊厳をズタズタに引き裂いてくれ!」
「な、なんなのよアンタ……!? 無限苦痛の呪縛を受けて、なんで笑っていられるの!?」
「こんなのご褒美だ! さあ、次はどんな苦痛を与えてくれるんだ!? ムチか!? 蝋燭か!? それとも精神的羞恥プレイか!?」
俺がズリズリと芋虫のようにカーミラへにじり寄ると、彼女は顔面を蒼白にして後ずさった。
「ヒッ……!? こ、来ないで! 気持ち悪い!!」
「ああッ、その純度100%のドン引きした顔、たまんねぇぇぇ!!」
「狂ってる……! こいつ、人間の皮を被った底なしの化け物よ! 精神攻撃を快楽に変換するなんて、魔王様でも不可能だわ!!」
カーミラの赤い瞳から、ポロポロと恐怖の涙がこぼれ落ちる。
「ま、待てよ! どこ行くんだよ! まだお仕置きは終わっていないだろ!」
芋虫の如く、ずりずりとカーミラへと近づいていく。
「イヤァァァァァ! こっち来ないでぇぇぇぇッ!!」
本気で泣き叫びながら、カーミラは背中の羽を必死に羽ばたかせ、夜空の彼方へと逃げ去ってしまった。
「嘘だろ……。俺の、本物の敵が……」
俺が絶望に打ちひしがれていると、森の入り口の方から、ガシャンガシャンと鎧の鳴る音が近づいてきた。様子を見に来た騎士団長たちだった。
「おおお! 見よ、あの夜空へ逃げ帰る悪魔の姿を! 勇者様は指一本動かさず、その底なしの『愛』で魔族を恐れ慄かせ、退散させたのだ!!」
「魔族の魔法を全身で受け止め、なおも微笑みかける……! なんという狂気じみた慈悲深さ!」
「ちげーよ! 俺はただの変態なんだよ! 戻ってきてくれよ!――カーミラーーッ!!」
俺の血を吐くような叫びは、「魔族すらも救済しようとする勇者の慟哭」として、後世の吟遊詩人たちに語り継がれることとなった。




