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地獄の「おもてなし」と夜の訪問者

 王女アイリスの爆弾発言により、俺は強制的に王城の最高級スイートルームへとぶち込まれた。

 

 本来なら湿っぽくてネズミが這い回る地下牢で、冷たい粥でも投げつけられる予定だったのだが、目の前にあるのはふかふかの天蓋付きベッドと、湯気が立つ豪華なフルコース料理である。


「くそっ……。なんだこのふかふかの枕は! 羽毛か!? 羽毛なのか!? 俺は硬い石畳の上で、首を痛めながら寝たいんだよ!」


 俺は怒りに任せ、テーブルの上に並んだ最高級ワインを床に叩きつけた。ガシャーンと派手な音が響く。これだ。これだけ狼藉を働けば、さすがに守衛が飛んできて「この野蛮人が!」と打ち据えてくれるはず。


 案の定、すぐに扉が開いてメイドが数人入ってきた。さあ、口汚く罵られる準備はできている!


「申し訳ございません、サトー様!」


 「えっ」


 メイドたちは俺を叱るどころか、一斉に床に膝をつき、割れたグラスの破片を素手で拾い始めた。


「サトー様は、あえて器を壊すことで『形あるものに囚われる愚かさ』を教えてくださったのですね……!」

「零れたワインの赤は、戦火に倒れた民の血……。それを床に撒くことで、平和への祈りを捧げておられるとは……。なんと、なんと慈悲深い!」


「違う! ただの八つ当たりだ! 俺を罰しろ! 外に放り出せ!」


「またまたご冗談を。さあ、お疲れの体を癒すために、聖水を用いた薔薇風呂の準備ができております。……ああ、その汚れた布切れも、我らがお洗濯して国宝にいたしますわ!」


 ダメだ。この城の奴ら、脳みそがハッピーセットすぎる。俺は絶望し、ふかふかすぎて逆に体が痛くなりそうなベッドに倒れ込んだ。


 ◆


 深夜。月明かりがわずかに差し込むスイートルームの扉が、キィっとわずかに音を立てて開いた。扉の先から、音も立てずに何かが近づいてくる気配を感じる。


(おっ……? この忍び足、もしや暗殺者か!?)


 俺は期待に胸を躍らせた。そうだ、異世界といえば「勇者を妬む影の組織」や「魔王軍のスパイ」などがいるはずだ。

 

 ステータスが「1」しかない俺なら、暗殺者にとっては赤子同然。首筋に冷たい刃を突き立てられ、「死ね、偽りの勇者め」なんて囁かれたら……ああ、想像しただけで鼻血が出そうだ!


 近づいてきた人影は鋭いナイフを――持っていなかった。代わりに持っていたのは、現実世界で幾度となく目にした一本の「ムチ」だった。


「勇者サトー……」


 聞き覚えのある声。マントを脱ぎ捨てたのは、王女アイリスだった。だが、その目は昼間の潤んだ瞳ではない。獲物を追い詰める肉食獣のような、どす黒い欲望に満ちた目だ。


「女王様……! その手に持っているのは、もしや……」


「ええ、分かっているわ。あなたの正体。あなたは『自分を傷つけろ』と言ったわね。あれは比喩でもなんでもない。……あなたは、私と同じ『同類』なのでしょう?」


 同類……? まさか、この王女もドMなのか!?いや、手にムチを持っているということは――まさか。


「昼間のあなたの目は、快楽に飢えた獣の目だった。……私、退屈だったのよ。この国には、強くなろうとする男しかいなかった。私の『情熱』を受け止められる器量の良い男なんていなかったわ。でも、あなたなら……私の全てを受け入れてくれるのでしょう?」


 アイリスがムチをしゃなり、と鳴らす。おお……! これだ! これこそ俺が求めていた展開!

 

 「勇者」などという最強の存在としてではなく、一人の「ゴミ」として扱われる時間が、ついにやってきたのだ!


「さあ、始めましょう? 偽りの勇者サトー。私を……女王様と呼ばせてあげてもいいわよ?」


「喜んで……ッハ! さあ、そのムチで俺を……!」


 俺が歓喜の声を上げようとした、その時だった。


 突然、重厚な扉が押し開かれ、傾れ込むようにして人が入ってきた。現れたのは、騎士団長と宮廷魔術師たち。彼らは松明を掲げ、瞳に感動の炎を宿して叫んだ。


「素晴らしい! 勇者様は、王女殿下の『内に秘めたる攻撃性』を自ら引き出し、それをムチという道具を通して受け止めることで、王女の魂を救おうとされている!」

 

「まさに『悪意の避雷針』! 己の肉体を依代に、王家の呪いを浄化されるおつもりだ!」


 何が、『まさに』だ。


「ち、違うのよ! これはただの趣味で……!」

 

 アイリスが慌ててムチを隠そうとするが、魔術師たちはすでに拝み始めている。


「隠さずとも良いのです、アイリス王女殿下! サトー様はすべてをお見通しだ! さあ、国民たちよ! 勇者様が今、王女の闇を一身に受けておられるぞ! 皆で感謝の祈りを捧げるのだ!」


 騎士団長がスイートルームの一番大きな窓を勢いよく開き叫ぶと、窓の外から、深夜にもかかわらず集まった群衆が「サトー! サトー!」と俺の名前を合唱し始めていた。


「…………」


 横に目をやると、ムチを片手にアイリスが目を点にして固まっている。俺のドMライフ、ついに宗教になり始めていた。

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