第6章 重賞の壁
10月、京都競馬場。
GⅢ「カシオペアステークス」。
ステイゴナファイトはついに、重賞レースの舞台に立っていた。
新聞の予想欄には、「無印」が並んでいた。
調教は悪くない。前走も堅実。だが――相手が違う。
1番人気:カミノソリチュード(重賞3勝)
2番人気:アドマイアフェノム(前走GⅠ5着)
3番人気:セイウンブレイカー(逃げ馬で4連勝中)
ステイゴナファイトは9番人気(単勝32.6倍)。
それでも、パドックにはシルクステートの社員たちが初めて“応援ツアー”で姿を見せていた。
「なんか……涙出そうだわ」
「俺らの会社の馬が、重賞出てるって……すごくね?」
馬主席では、加賀谷も立っていた。
「ありがとう、ここまで来てくれて」
そう馬に囁く彼の胸ポケットには、社員から集めた応援メッセージの束が入っていた。
レースが始まった。
ゲートが開き、ステイゴナファイトはいつものように後方からじっくり構えた。
序盤からハイペース。先行勢が飛ばす中、ファイトは馬群の中でじっと脚を溜める。
実況:「逃げるセイウンブレイカー、2番手アドマイアフェノム……後方からステイゴナファイトも来ている!」
直線、内を突いたファイトが進路を探す。
「……ある!スペース、ある!」
鞍上の笠原が、迷いなく手綱をしごく。
一瞬だけ、カミノソリチュードの横に並ぶ。
だが――
「ステイゴナファイト、ここまでか……!」
最後の坂。名馬たちはもう一段階ギアを上げた。
その一瞬の加速――ファイトにはなかった。
結果、7着。
着差は大きくなかった。
だが、勝負には加われなかった。
「……勝てなかった」
京都競馬場の帰り道。社員たちは肩を落としながらも、言葉を探していた。
「でも……頑張ってたよな。あの馬」
「俺、初めて競馬ってこんなに緊張した」
「順位じゃないんだよ。よくやったよ……ファイト」
加賀谷は、一人でスタンドを見つめていた。
レース後、パドック裏で、調教師の森下に聞かれた。
「どう思う?この結果」
「……正直、甘くなかった。でも、怖さはないです」
「怖さがない?」
「負けても、誰かが“見てる”んです。
うちの社員たちが、あの馬に自分を重ねてるんですよ」
森下は苦笑した。
「ちょっと荷が重すぎるかもな、あの馬には」
「……それでも、背負わせたいんです。だって、彼が走ることで、誰かの月曜日が変わるなら」
その週の月曜朝。
社内イントラネットの掲示板に、一通の投稿が掲載された。
【ありがとうステイゴナファイト】
負けても、胸を張っていい。
結果じゃなくて、姿勢を見てる。
あなたが走る限り、私もがんばれます。
そこには、観戦に行けなかった総務部の佐伯の名前があった。
次の日、営業課の若手が言った。
「……ステイゴナファイトってさ、会社そのものじゃね?」
「派手じゃない。勝ち続けられない。だけど、諦めない。誰よりも努力して、しがみついて、地味に走る」
「俺たちも……負けてばっかだけど、まだ、終わってないよな」
会社のどこかに、あの馬が走った“足音”が残っていた。
Stay Gonna Fight
重賞の壁は、思っていた以上に高い。
でも、その壁を見上げた自分は、もうあの頃の“お荷物”じゃなかった。




