第5章 連勝と、会社の空気が変わる
「ステイゴナファイト、2連勝ですッ!」
小倉競馬場・芝1800m、2勝クラス。
最後の直線、重馬場の中を内からするすると抜け出し、突き抜けた。
4コーナー12番手。そこから差し切っての完勝。
レース後、実況は興奮を隠せなかった。
「いやぁ、これは見事。道悪も関係ない。まさに“仕事選ばない社畜馬”!」
「勝てないから応援されてた馬が、勝ち始めて止まらないって……熱いな!」
その日、シルクステート本社のテレビには、いつの間にか競馬中継が映るようになっていた。
営業課の古橋が、まるで自分の愛馬のようにガッツポーズをしていた。
「やったなー!おいおい、3勝目じゃねえか!」
「完全にうちのエースだわ、ステイゴナファイト」
「……あのさ、今って公式でグッズとかないの?」
「ないよ。そもそもうち、不動産会社だから……」
「Tシャツくらい作ろうぜ。部活感覚で応援したい」
本来、競走馬は営業の“成果”でも、技術部の“成果物”でもない。
だが、なぜか社員たちが、まるで「自分の仲間」のように、ステイゴナファイトを語り始めていた。
その週の定例会議、珍しく「競走馬事業」の項目が会議資料に載っていた。
経営企画部・中原部長の口調も、明らかに変わっていた。
「現時点で、飼葉代含めた維持費は回収の目処が立ち始めている」
「想定以上の話題性と、社員の士気向上効果も無視できない」
「外部の地方自治体から、“企業馬ふるさと納税”に関する打診も来ている」
役員の一人が問う。
「つまり……撤退は中止ということか?」
中原は、一呼吸置いて言った。
「事業としての価値だけでなく、“会社の魂”として、もう少し走らせてみるのも悪くない。
……私たちが忘れかけていたものを、あの馬は思い出させてくれたのかもしれない」
そして加賀谷の元には、一通の社内メールが届いた。
件名:【決裁済】競走馬部門、予算枠調整案 承認通知
内容:追加装蹄費および輸送費を含む競走準備費について、上限200万円を認可します。
(……通った)
それは、数字の話であって、心の話でもあった。
社員が「応援したい」と思い、
上司が「残してもいい」と感じ、
経営が「もう少しだけ夢を見よう」と決めた。
1年前には考えられなかった。
あの時、「撤退」と決まっていた事業だったのだ。
そして次走――
阪神の1600万条件。強敵揃いの中で、ステイゴナファイトは3着に食い込んだ。
勝てなくても、負けじゃない。
社内掲示板には、また新しい投稿があった。
「3着でもかっこよかったよ!次も応援します」
「今週もありがとう。あなたの走りに勇気をもらいました」
ステイゴナファイト――3歳夏にして、社内アイドル馬となる。
加賀谷は、競馬新聞を見ながら独りごちた。
「よく走ってくれた。
でも――これからが、本当の“試練”だ」
なぜなら、次の目標は“重賞”。
名だたる馬が集い、プロの本気がぶつかる舞台。
勝てる保証はない。
けれど、もう誰も、この馬を“お荷物”とは呼ばなかった。
Stay Gonna Fight。
仲間の期待を背負って、今度は“夢”を見に行く。




