第9話 エスパー育成計画・進捗報告会議
「……ッ」
僕は言葉に詰まった。
確かに、町中から『インチキ神社』扱いされている変人一家の僕に、あんな容姿端麗な先輩が友好関係を求めてくる確率は0%だ。通常の友好感情という変数を完全に排除した場合、健太の提示した『極秘プログラムの儀式』という仮説は、彼女の常軌を逸した接近方法を説明する上で、最も論理的な整合性が取れてしまう。
「やはり……そうだったのか。僕の『エスパー特訓説』は間違っていなかったという証明だな」
僕が眼鏡のブリッジを押し上げて深く納得すると、健太は一瞬だけ腹を抱えるように下を向き(おそらく恐怖による痙攣だろう)、すぐに力強く頷いた。
「ああ。だから頼斗、お前は常に緊張を持って先輩と接しろ。先輩の行動をすべて記録して、物理でトリックを暴き続けるんだ。若葉ちゃんも、頼斗のサポート頼むぞ」
「はいっ! 私、亀岡先輩の観測手として全力を尽くします!」
目を輝かせる若葉さんと、深刻そうに頷く健太。
ここに、僕の論理と防衛策を検証するための、『エスパー育成計画・進捗報告会議』が図書室の片隅でひそかに、そして正式に発足した。
非科学的な妄想に取り憑かれた後輩の目を覚まさせるため、そして迫り来る先輩からの精神攻撃を物理で論破するため、僕はこの会議を定期的に開催することを決意したのだ。
「よーし、じゃあ俺が議長な。進捗があったら逐一報告するように」
健太がなぜか一番偉そうに仕切っているのが少し解せないが、情報収集能力に長けた彼が協力してくれるのは防衛戦略上、非常に合理的だ。
僕はキャンパスノートを強く握りしめ、未知の超能力実験に対する完全防衛の決意を新たにした。
+++
放課後の教室。
掃除の時間は、室内のエントロピーを物理的に減少させるための非効率極まりないルーチンワークだ。
僕は箒の柄を最適な角度で保持し、床との摩擦係数を計算しながら、最も少ないエネルギーでホコリを掃き集めていた。
そこへ、幼馴染の伊藤さくらがニヤニヤと笑いながら近づいてきた。
「ねえ頼斗。今日の朝、またおじさん派手にやってたね。なんかスモークだけじゃなくて、謎のレーザー光線みたいなのまで追加されてなかった?」
さくらが茶化すように言ってきたのは、僕の実家であるインチキ神社のことだ。
「ああ、あの過激な新車祈祷のことか。親父の演出は日を追うごとにエスカレートしている。そもそも、光の直進性とエアロゾルの散乱を利用した視覚効果で神のご加護など得られるはずがない。LEDの電力消費とスモーク機材のランニングコストを計算すれば、完全に赤字の非合理的な儀式だよ」
「あはは! 頼斗は相変わらず容赦ないね。でも、あそこまでいくと逆にお客さん増えるんじゃない?」
さくらが楽しそうに僕の肩をバシバシと叩く。質量四十八キログラム(自称)の打撃は、僕の肩関節に無用な応力を発生させるのでやめてほしいのだが、幼馴染のスキンシップとして諦めている。
その時だった。
ガラリと教室の後ろの戸が開き、廊下を通りかかった三年生の姿が見えた。
ショートボブにアンダーリムの眼鏡。知的な雰囲気を纏う高橋沙紀先輩だ。
「凛。掃除が終わったら図書室に寄るけど、あんたはどうする?」
教室の反対側にいた親友の真乃極先輩に、沙紀先輩が声をかけた。
「あ、沙紀。私も一緒に行くよ」
その声と姿――廊下に立つ沙紀先輩を認識した瞬間、僕の隣で笑っていたさくらの動きがピタリと止まった。
さくらは急に口数を減らし、なぜか僕の背後にスッと回り込んだ。そして、僕の身長を完全に物理的な障壁、つまり盾として利用しながら、廊下の沙紀先輩をこっそりと、しかし熱っぽい視線でじっと見つめ始めたのだ。
「……さくら。僕を物理的障壁にするな。君の視線のベクトルは真っ直ぐに高橋先輩へ向かっているが、用があるなら直接話しかければいいだろう」
「ち、違うってば! べ、別に用なんてないし!」
さくらは声帯を無駄に震わせながら慌てて僕の背中を押し、誤魔化すように箒を激しく動かし始めた。相変わらず非論理的な行動パターンだ。
だが、僕が本当に警戒すべき異常事態は、さくらの背後で起きていた。
教室の空気が、急激に数度下がったような錯覚。
視線を向けると、先ほどまで沙紀先輩と話していたはずの真乃極先輩が、うつむき加減でこちらをじっと睨みつけていた。
その瞳には、明確な『負のオーラ』――強烈な嫉妬のようなドロドロとした感情が渦巻いている。
なんだ、この室温を下げるような冷気は……。彼女の視線が、僕とさくらの物理的距離の近さを正確に捉えている。まさか、さくらまでもを被検体として引きずり込もうと算段しているのか?
このままでは、さくらを巻き添えにしかねない。僕は被害を最小限に抑えるため、自ら彼女に近づくという合理的な選択をした。
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真乃極先輩の前まで歩み寄る。
彼女はうつむいたまま、掃除のために自分の椅子を持ち上げ、机の上に乗せようとしていた。
しかし、その手には全く力が入っておらず、椅子は床から数センチ浮いただけで止まっている。
「真乃極さん。顔色が優れないようだが、また自律神経の乱れでしょうか? 脈拍と呼吸も不規則なようですが」
僕が声をかけると、彼女はビクッと肩を震わせ、ゆっくりと顔を上げた。
そして、上目遣いで僕を真っ直ぐに見つめ、少し潤んだ瞳でこう言った。
「ねぇ、今、私がどうしてほしいか分かる?」




