第49話 最終報告会議
卒業式が終わり、在校生と卒業生の喧騒が遠のいた放課後の図書室。
僕たちはカウンター裏の学習用スペースに集まり、円卓を囲んでいた。
悪友の佐藤健太、図書委員の後輩である鈴木若葉さん、そして僕の隣で肩が触れそうな距離に座っている、真乃極凛さん。
「これより、最終回となる『エスパー育成計画・進捗報告会議』を執り行います」
僕が厳かに宣言すると、健太は首にかけたワイヤレスイヤホンをいじりながら、呆れたように息を吐いた。
「お前、まだその痛い会議名で呼んでんのかよ。とっくに超能力なんて妄想だって結論が出ただろ。お前が勝手に自律神経をバグらせてただけじゃねぇか」
「静粛に。過去の観測データにおいて、僕の前提に致命的なエラーがあったことは認めます。ですが、この会議を正式な手続きを以て解散させることは、論理的思考のプロセスとして不可欠なのです」
僕は中指で眼鏡のブリッジを押し上げ、居住まいを正した。
そして、目の前の健太と若葉さん、そして隣で不思議そうに僕を見つめている真乃極さんに向かって、極めて真顔で最終報告を告げた。
「長きに渡った観測の結果、特訓は完了しました。結論から申し上げます」
僕は一度だけ小さく深呼吸をして、真っ直ぐに真乃極さんの目を見た。
「僕が覚醒したのはエスパーの能力ではなく、彼女を愛する感情でした」
図書室に、数秒の完全な沈黙が落ちた。
「……は?」
「えっ……? ら、頼斗くん!?」
健太がポカンと口を開け、真乃極さんが顔を真っ赤にして両手で口元を覆う。
何をそんなに驚く必要があるのか。僕は至極論理的に、事の顛末を報告したまでだ。
「テレパシーやサイコキネシスといった非科学的な能力の発現は確認されませんでした。しかし、彼女の笑顔や声という物理的な刺激が、僕の脳内に未知のシナプスを形成し、結果として『恋』という名の極めて強力なバグ……いや、感情を定着させるに至ったのです。つまり、彼女の育成プログラムは、別のベクトルにおいて大成功を収めたと言えます」
「お前……っ、マジで言ってんのか!」
健太はバンッと机を叩き、腹を抱えて爆笑し始めた。
「ひぃっ……! 最終報告会議で、真顔でそんな壮大な惚気語る奴いるかよ! 頼斗、お前のそのポンコツ理屈、最後まで最高すぎるわ!」
「頼斗くんのバカっ! みんなの前でそんなこと……っ、恥ずかしいよぉ……!」
真乃極さんは真っ赤になった顔を僕の肩に押し付け、ポカポカと僕の腕を叩いてくる。恥ずかしがっているようだが、僕の肩に押し付けられた彼女の体温は高く、伝わってくる振動からは隠しきれない喜びが観測できた。
「ムムッ……! なるほど、完全に理解しました!」
爆笑する健太と照れる真乃極さんの横で、分厚い丸眼鏡を押し上げながら猛烈な勢いでメモを取っていた若葉さんが、ガタッと立ち上がった。
「エスパー能力の覚醒すらも凌駕する、未知のシナプスの形成……! つまり、真乃極先輩が頼斗先輩にかけたのは、精神感応ではなく『愛』という名の究極魔法だったのですね!?」
「魔法ではありません。ホルモン分泌と脳内物質の――」
「素晴らしいです! オカルトや超常現象は、この究極魔法に辿り着くためのただの通過点に過ぎなかった! 私、決めました!」
若葉さんはリュックからダウジングロッドとタロットカードを取り出し、それらを机の上にドンッと置いた。
「私も今日から、オカルトの探求を休みます! お二人のように、論理も物理も超越する『愛』という名の魔法を求めて、新たなフィールドへと旅立ちます!」
「……若葉ちゃん、方向性は間違ってるけど、なんか熱いね」
真乃極さんが涙目で笑いながら若葉さんに拍手を送る。健太も「おう、頑張れよ若葉ちゃん。俺は愛の魔法とやらにかかり損ねちまったがな」と笑って親指を立てた。
相変わらず非科学的な後輩だが、彼女のエントロピーが別の方向へ向かうのであれば、僕の平穏な日常にとっては有益だろう。
「よし。これにて、頼斗の惚気を聞かされるだけの痛い会議は、永久に解散だ!」
健太がパンッと手を叩いて締めくくり、僕たちの奇妙な、けれどかけがえのない図書室での集まりは、温かい笑い声に包まれながら終わりを告げた。
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「頼斗くん、私、先に行って待ってるね」
会議が解散し、真乃極さんが嬉しそうに図書室を出て行った後。
僕は一人、誰もいなくなったカウンター裏の席に残り、学生鞄から一冊のノートを取り出した。
使い古され、表紙の端が少し擦り切れたキャンパスノート。表紙には、油性ペンで『エスパー育成防衛対策録』と記されている。
ページを捲ると、そこには僕がこれまで構築してきた、数々の非論理的な防衛策と、破綻していく物理的計算式がびっしりと書き込まれていた。
彼女の視線を『千里眼』だと警戒した日。お弁当の中身を当てさせられ、『透視能力』のテストだと怯えた日。
今思えば、なんと滑稽で、無駄なエネルギーを消費していたことか。
「……もう、君の出番はないな」
僕はノートの最後の白紙のページを開いた。
そして、ペンを手に取り、これまでの強張った数式とは違う、滑らかな筆致で新しい見出しを書き込んだ。
『真乃極さんの笑顔抽出プロセス』




