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先輩が僕をエスパーに育て上げようとしている事象 「ねぇ。私は今、何を考えているでしょう?」  作者: 団田図


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48/50

第48話 卒業式

 その日の放課後。共有結合を果たしたスリーアミーゴスと僕たち二人は、なぜか駅前のカラオケボックスという閉鎖空間に収容されていた。


「いっくよー! 次は私と健太で、失恋ソングのメドレー!」

「おう、任せとけ! 沙紀先輩、タンバリンお願いします!」

「はいはい、あんたたち本当に元気ね。いくわよ!」


 マイクを奪い合い、画面の歌詞を見ながら絶叫する三人。彼らのエネルギーの放出量は凄まじく、室内のエントロピーは増大する一方だ。


「……真乃極さん。この部屋の容積に対する彼らの声量出力は、明らかに過剰です。さらに、壁面の吸音材の劣化により、特定周波数の音波が反射を繰り返し、マイクとの間でハウリングを引き起こすリスクが極めて高い。マイクの指向性とスピーカーの位置関係を物理的に修正する必要が……」


 僕が真顔で音響設備の周波数特性について語り始めると、隣に座る真乃極さんは、フライドポテトを一本つまんで僕の口元へと運んできた。


「はい、頼斗くん。あーん」

「む……。咀嚼によるカロリー摂取は現在必要としていませんが……」

「いいからいいから。もう、頼斗くんったら、カラオケに来てまでそんな難しいことばっかり言って。そういうところ、本当に変わらないよね」


 真乃極さんは僕がポテトを口に咥えるのを見て、幸せそうに目を細めて微笑んだ。

 その笑顔の破壊力は、スピーカーから鳴り響く重低音よりも遥かに強く僕の胸を打ち鳴らす。

 失恋を乗り越えて馬鹿騒ぎをする三人の横で、僕たちは僕たちなりの、極めてブレない、そして非論理的なほどに幸福な時間を共有していた。


 +++


 三月、卒業式当日。

 冷たい風の中に微かな春の匂いが混じる、晴天の朝。

 私、高橋沙紀は、胸に造花のコサージュをつけ、筒状の卒業証書を両手でしっかりと握りしめていた。


 三年間の高校生活。色々なことがあった。

 親友の凛が海外から戻り、一つ下の学年に編入したこと。

 健太くんへの淡い恋心が芽生え、そして静かに散っていったこと。

 さくらちゃんからの真っ直ぐな想いを受け取り、それに応えられなかったこと。


 すべてが、私にとってかけがえのない、大切な青春の1ページだ。


「沙紀先輩!」


 体育館裏の桜の木の下を歩いていると、後ろから元気な声が聞こえた。

 振り返ると、少し息を切らした健太くんとさくらちゃんが、並んでこちらへ走ってくるのが見えた。


「二人とも。わざわざ見送りに来てくれたの?」

「当然っすよ。俺たち、スリーアミーゴスの長女が卒業するってのに、顔出さないわけにはいかないでしょ」


 健太くんはいつものように飄々とした笑みを浮かべ、首には相変わらずワイヤレスイヤホンをかけている。


「先輩、ご卒業おめでとうございます! あの、これ……」


 さくらちゃんは頬を少し赤く染めながら、小さな花束を私に差し出してくれた。


「ありがとう、さくらちゃん。とっても綺麗ね」


 花束を受け取り、私は二人の顔を交互に見つめた。

 失恋の痛みを共有した三人だからこそ、今はもう何の気まずさもない。純粋に、頼りになる後輩として、そして大切な友達として、二人の顔を真っ直ぐに見ることができる。


「先輩がいなくなるの、すっごく寂しいです。図書室に行っても、もう先輩いないんだなって……」

「大袈裟ね。家も近所なんだし、いつでも会えるわよ」


 私が笑ってさくらちゃんの頭を撫でると、健太くんが「俺も寂しいっすよー」とわざとらしく涙を拭うふりをした。


「まったく、あんたたちは相変わらずね」


 私は呆れたように笑い、ふと、校舎の方へと視線を向けた。

 私がいなくなった後、この学校に残る二人のポンコツについて、どうしても言い残しておかなければならないことがある。


「ねぇ、健太くん。さくらちゃん」

「はい?」

「凛のことなんだけどね」


 私が親友の名前を出すと、二人は顔を見合わせて「ああ……」と納得したような声を漏らした。


「あの二人、ようやくくっついたのはいいんだけどさ。凛は亀岡くんのことになると完全に盲目になっちゃうし、亀岡くんは……まあ、あの通りの超絶理屈人間じゃない?」

「間違いないっすね。あいつの脳内、まだ半分くらいは物理法則でできてますから」

「だからね。私がいなくなったら、あの二人が変な方向に行かないように、あんたたちで見守ってやってほしいの」


 私は健太くんとさくらちゃんを真っ直ぐに見つめ、お願いした。


「放っておいたら、デートの代わりに二人で『愛とは何か』についての物理学論文とか書き始めかねないわ。そうならないように、あんたたちがしっかりツッコミを入れて、普通の高校生らしい恋愛軌道に引き戻してやってね」


 私の言葉を聞いて、健太くんはフッと笑い、首にかけたイヤホンをいじりながら力強く頷いた。


「了解っす。俺たちに任せてくださいよ。あいつらのぶっ飛んだ恋愛模様、一番の特等席で見届けてやりますから」

「私も! 頼斗の世話焼きはもう卒業したつもりだったけど、これからは健太と一緒に、二人のストッパーになります!」


 さくらちゃんも、満面の笑顔で力強くガッツポーズをしてくれた。

 頼もしい後輩たちの言葉に、私は心底ホッとして、今日一番の笑顔を咲かせた。


「ふふっ。頼もしいわね。……あとは、よろしくね」

「はい! 見届けてやりますよ、先輩」


 春の風が吹き抜け、まだ蕾の硬い桜の枝が小さく揺れる。

 私から二人へ、友情のバトンタッチは無事に完了した。

 凛、亀岡くん。あんたたちの周りには、こんなにも素敵な友達がついているんだから。どうか二人で、最高に論理的で、最高に非論理的な恋を続けていきなさいよ。


 私は心の中で親友にエールを送り、春の光に包まれた学び舎を、晴れやかな気持ちで後にした。

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