↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
先輩が僕をエスパーに育て上げようとしている事象 「ねぇ。私は今、何を考えているでしょう?」  作者: 団田図


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
47/50

第47話 共有結合

 三月。春の訪れを告げる生温かい南風が、校舎の屋上を吹き抜けていく。

 卒業式まで残り二週間となった今日の昼休み、僕は真乃極《まのぎわ》凛《りん》さんと共に、屋上のフェンス際で硬直している三人の人物を観測していた。


 高橋沙紀先輩。悪友の佐藤健太。そして幼馴染の伊藤さくら。

 彼ら三人は、互いに絶妙な物理的距離を保ち、見事なまでの正三角形を構築して無言で立ち尽くしている。誰一人として口を開こうとせず、ただ気まずい視線だけが空中を交錯していた。


「頼斗《らいと》くん。やっぱりあのみんな、すごく気まずそう……。どうにかしてあげられないかな」


 僕の隣で、真乃極さんが不安そうに僕の制服の袖を引いた。彼女の大きな瞳が、親友である高橋先輩たちを心配そうに見つめている。

 僕は中指で眼鏡のブリッジをスッと押し上げ、キャンパスノートを取り出した。


「心配には及びません。彼らの現在の心理的膠着(こうちゃく)状態は、物理学的な力学モデルで完全に説明可能です。今から僕が、最も論理的な解決策を提示してきましょう」

「えっ? 物理学……?」


 首を傾げる真乃極さんを伴って、僕は重苦しい空気が蔓延する正三角形の中心へと、迷いなく足を踏み入れた。


「やあ、三人とも。見事なまでのデッドロック状態ですね」


 僕が声をかけると、三人はビクッと肩を震わせ、一斉にこちらを向いた。


「亀岡くん……。あんたたち、いつからそこにいたのよ」

「頼斗。お前なぁ、空気読めよ。今、俺たち最高にデリケートな時期なんだわ」

「そうだよ頼斗! いきなり呼び出して何なのよ!」


 三者三様の非難の言葉が飛んでくるが、僕は一切動じず、手元のノートを開いて彼らに提示した。


「空気の組成は窒素七十八パーセント、酸素二十一パーセントで不変です。それよりも、僕が先日観測した、君たちの『恋愛感情のベクトル』の図解を見てください」


 ノートの白紙には、三人の名前と、それぞれに向かう矢印が書かれている。健太からさくらへ。さくらから高橋先輩へ。そして高橋先輩から健太へ。


「君たちの互いへの感情のベクトルは、見事なまでに閉路を構成しています。つまり、この正三角形における力の合力は『ゼロ』。誰かが動こうとしても、他の二つの力が牽制し合い、完全に物理的な均衡状態に陥っているのです」

「は……? ベクトル? 合力?」


 高橋先輩がこめかみを押さえ、健太がポカンと口を開ける。


「この無駄な緊張状態を解くための最適解はただ一つ。君たちが抱えている失恋という負のエネルギーを、それぞれが独立して抱え込むのではなく、三人で電子を共有し合うように『共有結合』することです。共有結合は化学結合の中でも極めて強力であり、分子として最も安定した状態を作り出します」

「……」

「つまり、互いの気まずさや失恋の痛みを完全に共有し、身も蓋もない『失恋同盟』として再結合しろと言っているのです。そうすれば、この不毛な三すくみは完全に霧散します」


 僕が極めて論理的な結論をドヤ顔で語り終えると、屋上に数秒間の沈黙が落ちた。

 やがて。


「……ぷっ。あははははっ! 何それ、共有結合って! 亀岡くん、おかしいよ!」


 最初に吹き出したのは、高橋先輩だった。彼女はお腹を抱え、アンダーリムの眼鏡の奥に涙を浮かべるほど大笑いし始めた。


「いやマジで、頼斗のポンコツ理屈、今日ほど笑えた日はねぇわ! なんだよ恋愛マスター気取りかよ!」

「頼斗、ほんと意味わかんない! でも、なんか……ウケる!」


 健太もさくらも、堪えきれないように吹き出し、最後には三人で顔を見合わせて大笑いし始めた。

 先ほどまでの重苦しい空気は、僕の論理的なアプローチ(彼らに言わせればポンコツ理屈)によって完全に破壊されていた。


「まったく、あんたには敵わないわ。……そうね、合力ゼロなら、三人で仲良く失恋スリーアミーゴスでも結成するしかないわね」

「異議なしっす。俺たち、見事なまでに綺麗に散りましたからね」

「うん! 私、先輩と健太とスリーアミーゴスになる!」


 三人は憑き物が落ちたような晴れやかな顔で笑い合っている。僕の提示した共有結合の理論が、見事に実証された瞬間だった。


「ほら、真乃極さん。君の親友のバグは修正されましたよ」

「ふふっ。頼斗くんって、本当にすごいね。ありがとう」


 真乃極さんは僕の腕にそっと自分の腕を絡め、とびきり甘い笑顔を向けてきた。僕の心拍数が再び非論理的な数値を叩き出しそうになったが、今はそれも悪くないと思えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。