第45話 乱入する親父
二月の凍てつくような寒さが窓ガラスを白く曇らせる、学年末考査前の休日。
実家である亀岡十幡神社の自室には、ストーブの暖かな空気と、僕の論理的思考を著しく乱す甘いシャンプーの香りが充満していた。
「だからね、頼斗くん。ここの主人公の『月が綺麗ですね』っていうセリフは、本当に天体観測をしているわけじゃないの。言葉の裏に隠された、相手への好意を読み取らなきゃ」
「……非論理的だ。好意を伝えるなら『あなたに好意を持っています』と直接的な言語を用いるべきであり、地球の衛星の光度を引き合いに出すのは情報の伝達効率が悪すぎる」
僕が顔を顰めると、隣に座る真乃極凛さんが、クスクスと笑いながら僕の肩にコテンと頭を乗せてきた。
「ふふっ、頼斗くんらしい答え。でも、そういう遠回りで不器用なところも、私にはちゃんと伝わってるからね」
上目遣いで僕を見つめる彼女の顔面距離は、わずか数十センチ。
ドクン、と。僕の左胸の奥で、激しい心拍数の上昇が観測される。
付き合い始めてからというもの、彼女のパーソナルスペースの侵略は完全に合法化されてしまった。エスパー特訓という見当違いは消滅したが、彼女の笑顔による僕の自律神経のハッキングは、むしろ激しさを増している。
「こ、今度は僕が教える番です。科学のプリントを出してください。この熱力学の公式ですが……」
僕が動揺を隠すように解説を始めると、真乃極さんはノートではなく、僕の顔をじっと熱っぽい視線で見つめ続けている。
「……真乃極さん。僕のおでこに公式は書いてありませんよ」
「ううん、頼斗くんが一生懸命教えてくれる顔、かっこいいなって思って」
完全に限界だ。僕の脳内コンピューターがオーバーヒートを起こし、論理的防衛線が溶け落ちそうになった、その時だった。
バーンッ!
「おおっ、二人とも精が出るな! 頼斗、ちょっと見ろ!」
勢いよく襖を開けて乱入してきたのは、僕の親父だった。
そして次の瞬間、僕と真乃極さんの視界は、暴力的なまでの極彩色の閃光に支配された。
「親父……その、歩くエレクトリカルパレードのような有様は何ですか」
親父が身に纏っていたのは、伝統的な神主の装束……の至る所に、大量の高輝度LEDテープが縫い付けられた、狂気の『電飾ユニフォーム』だった。赤、青、緑の光がチカチカと激しく明滅している。
「学業成就の特別祈祷用に新調したんだ! これなら受験生の迷える心も、文字通り明るく照らし出せるだろう! 真乃極さんにもご利益を分けてやろうと思ってな!」
「迷惑極まりない! その過剰な発光ダイオードは視神経に悪影響を与え、集中力を著しく削ぎます! さらに言えば、その素人配線のバッテリーパックは漏電による火災発生リスクが高すぎる!」
僕は立ち上がり、親父の背中を押して物理的に部屋から排除した。
ピシャリと襖を閉め、深いため息をつく。
「……すいません、真乃極さん。我が家の非科学的なノイズのせいで」
「あははっ! ううん、すごく面白かった! 頼斗くんのお父さん、本当にエネルギッシュだね」
真乃極さんは涙目になるほど笑った後、ふと表情を少しだけ曇らせた。
「でも、あんな風に笑ってくれるといいんだけど……最近、沙紀の元気がないんだよね」
「高橋先輩ですか。……確かに」
僕は頷き、脳内の観測データを引き出した。
「健太とさくらも同様です。教室や廊下で彼らが同じ空間に存在すると、明らかに会話の頻度が低下し、不自然な物理的距離を保とうとしています。気まずい空気が蔓延している」
「やっぱり、頼斗くんもそう思う? みんな、大切な友達だから……このままなのは、寂しいな」
真乃極さんが不安そうに眉を下げたのを見て、僕は彼女の手にそっと自分の手を重ねた。
「僕たちにできることがあるなら、論理的な解決策を探ってみましょう。彼らの状況を分析してみます」
「うん……! ありがとう、頼斗くん」




