第40話 貸し切りカフェ
「沙紀先輩……私、先輩のことが好きです!」
冬の冷たい風が吹き抜ける校舎裏。私の震える声が、誰にも邪魔されることなく静かな空間に響き渡った。
沙紀先輩は少しだけ目を丸くして、驚いたように瞬きをした。沈黙が数秒間落ちる。その数秒が、私には永遠のように長く感じられた。
やがて、先輩はいつもの大人びた、けれどどこか寂しそうで、優しい笑顔を浮かべた。
「……ありがとう、さくらちゃん。私なんかにそんな真っ直ぐな気持ちを向けてくれて、本当に嬉しいわ」
その優しいトーンだけで、私は次に続く言葉が何なのか、痛いほど分かってしまった。
「でも、ごめんなさい。私はさくらちゃんのこと、元気で可愛い後輩としてしか見られないの」
はっきりと、迷いのない拒絶だった。胸の奥がギュッと締め付けられ、視界が歪む。
俯きそうになる私に、先輩は一歩近づき、そっと私の肩に手を置いた。
「実はね、私も最近、好きな人に振られたばっかりなの。見事なまでの惨敗だったわ」
「え……先輩が、ですか?」
「そう。でもね、今はその相手と友達として笑い合えてる。だから、さくらちゃんとも、今まで通り良い関係でいたいな。……私のわがままだけど」
先輩の言葉に、私は思わず涙をこぼしそうになった。健太の告白を断った時、私も同じように「今まで通りの友達でいて」と残酷なことを言ってしまったのだから。
「今はまだ……すぐに諦めるなんて、受け入れられません。でも……考えてみます」
涙を堪えながらそう答えると、先輩は「うん、ゆっくりでいいわよ」と微笑んでくれた。
私の二番目の恋は、冬の寒空の下で、静かに一区切りを告げた。
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十二月のクリスマス。街中が赤と緑の装飾で彩られ、非論理的な浮かれ気分に包まれている聖なる日。
僕は、駅前にある貸し切り状態のカフェのテーブル席で、極限の緊張状態に陥っていた。
「佐藤健太の大ウソつき野郎……」
僕はギリッと奥歯を噛み締めた。
事の発端は今日の午前中だ。健太から『実家の神社で導入を検討している新型スモークマシンの展示会が、駅前のカフェで極秘に行われる』という、冷静に考えれば極めて不自然なタスクを与えられ、呼び出されたのだ。
しかし、指定された時刻に店を訪れても、スモークマシンの業者などどこにもいない。
そこにいたのは、私服姿で少しソワソワしている、真乃極凛先輩だけだった。
「ごめんね、頼斗くん。休日に」
向かいの席に座る真乃極先輩は、少し頬を赤らめながら上目遣いで僕を見つめてくる。
艶のある黒髪と、冬物の白いニットが彼女の容姿を視覚的に際立たせ、僕の副交感神経に深刻なエラーを吐き出させていた。
……異常事態だ。僕は瞬時に脳内コンピューターをフル稼働させる。
逃げ場のない貸し切りカフェ。クリスマスという宗教的イベント。
間違いない。健太と沙紀先輩が共謀し、僕をこの密室に追い込んだのだ。そして真乃極先輩は、この『聖なる日』という環境変数を利用して、僕に最大出力の精神攻撃を仕掛けるつもりなのだ!
「真乃極さん。この状況から推測するに、スモークマシンの展示会というのは虚偽の報告ですね。僕を物理的に拘束して、また新たな『エスパー特訓』を強要するつもりですか」
僕が強固な論理の盾を構えようとすると、真乃極先輩は少しだけ俯き、膝の上で両手をギュッと握りしめた。
「違うの。……実は今日、私から健太くんと沙紀にお願いして、頼斗くんを呼び出してもらったの」
「なんと……?」
「どうしても今日、二人きりで話がしたかったから。……頼斗くんとの変なすれ違い、今日で決着をつけたくて」
彼女の真剣な言葉が聴覚器官から脳に到達した瞬間、僕の左胸の奥で、ドクン、と激しい心筋の収縮が起きた。
心拍数はすでに限界突破寸前だ。僕のようなインチキ神社の変人息子が、彼女に好かれる確率など0%であるはずなのに、彼女のその熱っぽい視線を前にすると、論理的思考が完全にバグに飲み込まれていく。
「な、何を言っているんですか!非科学的な決着など……僕は帰ります!」
限界までオーバーヒートした僕は、逃走という物理的手段を選択し、勢いよく立ち上がろうとした。
しかし、動揺によって重心のコントロールを誤り、テーブルの角に学生鞄を強く引っかけた。
バサッ!
「あっ……」
鞄の口が開き、中に入っていた一冊のキャンパスノートが床に滑り落ちた。
表紙に『エスパー育成防衛対策録』と記されたそのノートは、無惨にも開いた状態で床に転がった。
「落ちたよ、頼斗くん」
僕が止める間もなく、真乃極先輩が床にしゃがみ込み、そのノートを拾い上げた。
そして、開かれたページに視線を落とし――ピタリと動きを止めた。
「ま、待ってください真乃極さん!それは僕の極秘の生体データであり、他者が閲覧すれば認知の歪みを引き起こす危険性が……!」
僕の制止は遅かった。
彼女の瞳が、そこに書き連ねられた文字列を追っていく。
そこには、超能力の考察などという建前はすでに崩壊し、彼女の細かな仕草、好きな色や造形物、そして――
『彼女の顔を見ると、心臓がうるさい』
『僕の計算式は、彼女の笑顔一つで狂ってしまう』
消しゴムで消せなかった、僕の隠しきれない『恋心』という非論理的な感情の羅列が、びっしりと綴られていたのだ。
「頼斗くん、これ……」
ノートから顔を上げた真乃極先輩の大きな瞳には、みるみるうちに涙が溢れ出していた。
僕の完璧だったはずの論理的防衛線は、今、完全に音を立てて崩れ去った。




