第36話 激しく嫉妬
「若葉さん、あなたの占いは根本的な物理的矛盾を抱えている。杖を持つということは、自立歩行において重心のブレを補正する必要があるか、あるいは質量の偏った棒状の物体を振り回す必要があるということだ」
「えっ?な、なんでそうなるの、頼斗くん!?」
「二年生男子の中で、知恵があり理屈っぽく、かつ棒状の物体を扱う人物……」
僕の脳内コンピューターが異常な回転数で稼働を始める。
「つまり、剣道部で次期部長候補の中村か?いや、彼では論理的思考に欠ける。ならば野球部でデータ分析を担当している田中か?彼ならバットという『杖』を持ち、確率論にも精通している」
「た、田中くん!?どうしてそこで田中くんが出てくるのぉ!?」
「そうか……真乃極さんは、田中のデータ野球における思考プロセスに、何らかのエスパー特訓の素質を見出したというわけか」
僕の胸の奥で、ドクン、と黒く重い感情が渦巻いた。
なんだこの不快感は。田中の顔を思い浮かべるだけで、胃酸が過剰分泌され、扁桃体が最大級の警報を鳴らしている。
僕は図書室の隅の閲覧机に移動し、猛烈な勢いでノートの新しいページを開いた。
「田中だけではない。二年生男子の全個体データから、彼女の要求水準を満たす『魔術師』を特定し、その確率を計算しなければ……!」
カリカリカリと、ペンを走らせる。クラスの男子の身長、体重、学力、視力、スポーツテストの結果。
山田の竹刀のスイングスピードと質量の関係。田中の出塁率と選球眼のデータ。
くそっ!どの個体の変数を代入しても、僕の自律神経が激しく乱れ、腹の底から焼け付くような不快感が込み上げてくる!
なぜだ。なぜ僕は、彼女が他の男子と両思いになるという非科学的な占いの結果に対して、ここまで激しい『嫉妬』のようなバグを起こしているんだ……!
僕はペンを握る手をワナワナと震わせながら、一人で論理の迷宮にもだえ苦しみ続けた。
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図書室の少し離れた書架の陰。
俺、佐藤健太は、重いため息をつきながら、遠くの閲覧席でノートを睨みつけて身悶えしている頼斗の姿を傍観していた。
「はぁ……」
「あんた、さっきからため息ばっかりね。幸せが逃げるわよ」
隣で腕を組んでいるのは、三年生の高橋沙紀先輩だ。アンダーリムの眼鏡の奥の瞳が、呆れたように俺を横目で見ている。
「いや、だって……さくらのやつ、さっきも沙紀先輩と歩いてた時、俺の顔を見た瞬間、あからさまに目を逸らして、Uターンして逃げてったんすよ。廊下ですれ違うことすらできないとか、俺のメンタル、もうライフゼロっす……」
俺は力なく首にかけたワイヤレスイヤホンを弄った。
俺が修学旅行の後に告白して振ってきたから、完全に気まずくなって避けられているんだ。今まで通りの友達でいようって言ってくれたのに、やっぱり無理だったんだな……。
沙紀先輩は小さく息を吐き、俺の背中をバシッと叩いた。
「あんたも大変ね。でも、今は自分の失恋でウジウジしてる場合じゃないわよ。あの絶賛迷走中のポンコツ二人をどうにかする方が先」
先輩の視線の先では、頼斗が「田中のバットの質量が……!」とブツブツ言いながら頭を抱え、真乃極先輩が「違うの、頼斗くん……!」と涙目でオロオロしている。見事なまでの地獄絵図だ。
「マジで頼斗のやつ、重症っすね。あんなに嫉妬丸出しでもだえ苦しんでるくせに、本人は『未知のバグ』だの『自律神経の乱れ』だの言って、絶対に自分の恋心を認めねぇんだから」
「だからこそ、私たちが引導を渡してやるのよ」
先輩の眼鏡が、図書室の西日に反射してキラリと鋭く光った。
「引導って……何か作戦があるんすか?」
「来月よ。十二月のクリスマス。あの二人が絶対に逃げられない、完璧な密室とシチュエーションを私たちが用意してやるの。確率0%なんていう寝言、物理的に言えなくしてやるわ」
「おぉ……さすが先輩、悪魔の笑みっすね。了解っす。失恋コンビの友情裏包囲網、クリスマスに向けて最大出力で準備進めましょう」
俺たちは図書室の陰で、親友たちの恋を強制成就させるための、完璧なお膳立ての計画を練り始めた。
俺の恋は散ったけど、せめてあいつらだけは、このアホらしいすれ違いを終わらせてやらなきゃいけない。
十一月の冷たい夕暮れが、俺たちの密かな企みを静かに照らしていた。




