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先輩が僕をエスパーに育て上げようとしている事象 「ねぇ。私は今、何を考えているでしょう?」  作者: 団田図


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第35話 タロット占い

 十一月下旬。外は冷たい木枯らしが吹き始め、日が落ちるのもすっかり早くなっていた。

 放課後の図書室。僕はカウンターの奥に座り、キャンパスノートを開いていた。表紙には『エスパー育成防衛対策録』と記されている。


 僕はペンを握り、真乃極まのぎわりん先輩から受けている非科学的なエスパー特訓(という名の精神攻撃)に対する、自己の生体データを記録していた。

『対象の視覚的情報が、網膜から大脳皮質へ伝達される速度が異常に速い。特に彼女が微笑んだ際に生じる、顔面筋の収縮と目尻の弛緩……いわゆる「笑顔」の物理的破壊力は、僕の副交感神経に深刻なエラーを――』


 ……違う。僕は何を書いているんだ。

 僕は消しゴムを手に取ろうとしたが、無意識のうちに油性ボールペンで書き込んでしまっていたことに気づいた。これでは消せない。

 さらに、僕の指先は勝手に非論理的な文字列を紡ぎ出しそうになる。

『彼女のシャンプーの甘い香りが、海馬にこびりついて離れない』

『彼女の顔を見ると、理由もなく胸の奥が苦しくなる』


「……いかん。僕の脳内コンピューターが、完全に未知のウイルスにハッキングされている」


頼斗らいとくん、熱心だね。何書いてるの?」


「ッ!?」


 背後から不意に降ってきた、少し甘さを帯びた声。

 僕は反射的にバタン!と大きな音を立ててノートを閉じた。振り向くと、真乃極先輩が僕の背後から身を乗り出すようにして覗き込んでいた。


「な、なんでもありません!ただの数式の羅列です!」

「……そっか」


 僕が激しく動揺して隠したのを見て、真乃極先輩はあからさまに肩を落とし、上目遣いで寂しそうな顔をした。


「私には、見せられない秘密があるんだね……」


 シュンと落ち込む彼女の姿が視覚野に入った瞬間、僕の左胸の奥で、ドクンと激しい心筋の収縮が起きた。

 ……異常事態だ。罪悪感という名のバグが、凄まじい勢いで自律神経を乱している。


「ち、違います!これは、実家の神社の年末年始に向けた、プロジェクションマッピングの光量とスモークの滞留時間を計算した極秘の設計図でして……他言無用な物理データなのです!」

「えっ?あ、神社の新しい演出の計算……?」

「そうです!それから、最新の量子力学の論文解析も兼ねており、専門知識がないと理解不能なノイズになるため、あえて隠しただけで……!」


 僕が苦し紛れに専門用語を並べ立てて嘘をつくと、真乃極先輩はパッと顔を輝かせた。


「そっか!私に秘密にしてるわけじゃないんだね。神社の新しい演出、楽しみにしてる!」


 彼女が再び花のように微笑んだことで、僕の脳内のバグはさらに深刻度を増した。これ以上彼女の顔を直視するのは、精神衛生上、非常に危険だ。


「ムムッ!真乃極先輩!見つけましたよ!」


 ドタドタという足音とともに、分厚い丸眼鏡を押し上げながら図書委員の後輩・鈴木若葉さんが乱入してきた。彼女の大きなリュックからは、今日も怪しげなオカルトグッズの金属音が鳴っている。


「若葉ちゃん?どうしたの、そんなに慌てて」

「先輩!私にも、その……能力の開発をお願いします!」

「え?のうりょく?」

「はい!先輩が海外の極秘機関で習得した、精神感応や念動力のメソッド!私もオカルトネットワークの末端として、ぜひご指導いただきたく!」


 若葉さんは目を輝かせて頼み込む。真乃極先輩は何のことか全くわからず、完全に戸惑っていた。

 僕をエスパー特訓の被検体にしている彼女が、なぜここでとぼけるのか。後輩を巻き込むのはリスクが高いと判断した防衛本能か。


「あ、あはは……えっと、今はそういう訓練はお休み中で……」

「ならば、私の実力を見てください!」


 若葉さんはリュックから、仰々しいデザインの箱を取り出した。中から出てきたのは、七十八枚のタロットカードだ。


「先輩の、現在の『健康運』『勉強運』『恋の行方』など何でも占わせていただきます!」

「恋の、行方……!」


 真乃極先輩はその言葉に過剰に反応し、チラリと僕の方へ熱っぽい視線を送ってきた。


「若葉さん。七十八枚の紙片のランダムな配列によって、未来という不確定要素が決定されるはずがない。それは熱力学第二法則を愚弄する非科学的行為だ」

「頼斗先輩の論理シールドは今日も強固ですね!ですが、カードは霊的波長を捉えるアンテナであり、シンクロニシティの体現なのです!」


 僕の論理的批判を完全にスルーし、若葉さんは手際よくカードをシャッフルし、机の上に展開し始めた。

 三枚のカードが裏向きに並べられる。若葉さんが最初の二枚をめくった瞬間、彼女の丸眼鏡の奥の瞳が見開かれた。


「あっ……これは……『塔』の逆位置。それに『剣の3』……」

「えっ、なんか怖い絵柄だけど……どういうこと?」

「不吉です……!特に恋の行方。あなたが慕う相手とは、絶望的なまでの認識のズレが発生しています!一方は物理の壁に引きこもり、もう一方は明後日の方向に魔力を放射している……!深刻なコミュニケーションエラーです!このままでは、試練を乗り越えられず、想いは永遠に交わらないでしょう!」

「そ、そんな……永遠に交わらないなんて……」


 若葉さんの非科学的かつ不吉な宣告を聞いて、真乃極先輩はみるみるうちに青ざめ、涙目になって落ち込んでしまった。

 非論理的な紙切れの絵柄で、なぜそこまで自律神経を乱すのか。だが、彼女が絶望的な顔をするのを見ると、僕の胸の奥で再び原因不明の疼痛とうつうが発生する。


「が、しかーし!」


 若葉さんが叫び、勢いよく最後のカードをめくった。


「最終結果に『世界』の正位置!そしてお相手を示すカードに『魔術師』の正位置が出ました!」

「それは、どういう……?」

「お相手は、知恵と論理を司り、自らの意志で世界を創造する人物。そしてその手には『杖』を持っています!少し理屈っぽくて面倒な方ですが、その方が自らの殻を破った時、お二人の恋は近いうちに、必ず成就します!」


「知恵と論理があって、理屈っぽい……!」


 真乃極先輩はパァッと花が咲くように顔を輝かせた。そして、頬を真っ赤に染めながら、これ以上ないほどの甘い視線を僕に向けてきた。


 だが、僕はその視線の真意を全く別のベクトルで受け取っていた。

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