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先輩が僕をエスパーに育て上げようとしている事象 「ねぇ。私は今、何を考えているでしょう?」  作者: 団田図


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第33話 ゲリラ豪雨の罠

 十一月。


 秋も深まり、日没の時刻が目に見えて早くなってきた。十一月は芸術鑑賞会や次期生徒会選挙の準備などが重なり、学校全体が非論理的な熱気と忙しなさに包まれている。

 僕は図書委員の仕事と神社の裏方作業のスケジュールを効率的に計算しながら、放課後の教室で下校の準備をしていた。

 ふと窓の外を見ると、空は厚い鉛色の雲に覆われ、先ほどから激しい雨が窓ガラスを打ち据えている。気象庁のレーダーにも予測されていなかった、突発的なゲリラ豪雨だ。


「やれやれ。大気の状態が著しく不安定ですね。積乱雲の急激な発達による局地的な降水現象か」


 僕は独り言を呟きながら、学生鞄に手を入れた。僕は常に降水確率と天候の急変リスクを計算し、質量百五十グラムの軽量折り畳み傘を常備している。いかなる環境変化にも物理的防衛策を用意しておくのが、論理的思考を持つ人間の基本だ。

 が、しかし。


「……ない」


 鞄の底を何度探っても、あるはずの円柱形の物体が感触として伝わってこない。

 朝の段階では確実に鞄へ入れたはずだ。質量の欠損。誰かが意図的に僕の鞄から折り畳み傘を抜き取ったとしか考えられない。


 心当たりは……一人しかいないな。


 悪友である佐藤健太のニヤニヤとした薄笑いが脳裏をよぎる。あいつ、僕の平穏な下校という物理的タスクを妨害して、一体何のメリットがあるというのか。

 仕方なく鞄を持ち、薄暗い廊下を歩いて下駄箱へと向かう。


「……奇妙だ」


 階段を下りて一階のエントランスに近づくにつれ、違和感が確信に変わった。

 全校生徒が下校する時間帯であり、なおかつこのゲリラ豪雨だ。本来なら下駄箱付近は、雨宿りをする生徒や傘を開く生徒たちでごった返し、著しいエントロピーの増大が見られるはずである。

 それなのに、下駄箱周辺は不自然なほど静まり返っていた。まるで誰かが意図的に人を遠ざけたかのように。

 そして、その静寂な空間に、一人だけポツンと立ち尽くしている人影があった。


真乃極まのぎわさん」


 声をかけると、彼女はビクッと肩を震わせて振り返った。


「あ、頼斗らいとくん……」


 艶のある黒髪。少し不安げな、潤んだ大きな瞳。

 彼女もまた、手ぶらだった。傘立てには生徒たちの傘が一本も残っておらず、ただポツンと、貸出傘のスペースに透明なビニール傘が一本だけ、不自然に立てかけられていた。


「……なるほど。完全に理解しました」


 僕は中指で眼鏡のブリッジを押し上げた。

 人気のない下駄箱。一本だけ用意された傘。そして、僕を待ち構えていたかのような真乃極まのぎわりん先輩。

 これは明らかに、僕に対する新たな『エスパー特訓』のシチュエーションだ。彼女は巫女の雨乞いか何かで天候を操作し、このゲリラ豪雨を降らせたに違いない! そして僕をこの下駄箱に留まらせ、何らかの非科学的な実験を強要しようとしているのだ。


 +++


 時間を少し遡る。

 十一月の冷たい雨が降り始めた頃。私、高橋沙紀は、教室の窓からゲリラ豪雨の空を見上げて、口角を少しだけ上げた。

 そして、親友の凛を廊下で呼び止めた。


「ねぇ、凛。今日の雨、天気予報でも言ってなかったし、すごいどしゃ降りね。あんた、傘持ってる?」


 親友に声をかけると、凛は困ったように眉を下げた。


「ううん、持ってきてないの。朝はあんなに晴れてたから……どうしよう、これじゃ帰れないや」

「そっか。持っていないのね。一応、確認したわ」

「えっ?」

「ごめん! 私、急ぎの用事思い出しちゃって! 先に帰るから、凛は雨宿りでもしてて!」

「えっ、ちょっと沙紀!? どういうこと?」


 凛の制止する声を背中で聞き流し、私は自分の傘を手に取って教室を足早に飛び出した。

 親友を雨の中に置き去りにするのは心が痛むが、これもすべて彼女の恋を成就させるための『愛のむち』である。

 階段の踊り場で、見慣れた茶髪の後輩が壁によりかかって待っていた。


「お疲れっす、高橋先輩。そっちの状況はどうっすか」

「完璧よ。凛は傘を持っていない。そして私は彼女を置いてきたわ。完全に孤立状態ね。そっちは?」


 健太くんはニヤリと笑い、手に持っていた黒い折り畳み傘を軽く放り投げてキャッチしてみせた。


頼斗らいとの折り畳み傘、無事に回収完了っす。あいつ、確率がどうのって毎日鞄に入れてるんで、スキを突いて抜くの苦労しましたよ」

「でかしたわ。これでターゲット二人は、丸腰で下駄箱に向かうことになる」


 私たちは顔を見合わせ、悪巧みをする共犯者の笑みを浮かべた。

 修学旅行での進展のなさに見かねて結成された、私たち『失恋コンビの友情裏包囲網』作戦。今日のこのゲリラ豪雨は、天が味方してくれたとしか思えない絶好のチャンスだった。


「あとは、下駄箱の舞台装置っすね」


 健太くんはスマホを取り出し、手際よくメッセージアプリを操作し始めた。


「生徒会選挙のポスター貼りの手伝いと称して、後輩たちを別ルートから帰らせます。他の連中にも『あっちの出口の方が雨に濡れないぜ』ってデマ流して誘導完了っと。これで下駄箱は完全に人払いできました」

「手際がいいわね、さすが情報通。じゃあ、最後の仕上げよ」


 私は健太くんから受け取った透明なビニール傘を手に、誰もいない下駄箱へと向かった。

 そして、二人が必ず通るルートの真ん中に、これ見よがしにその一本の傘を貸出傘のスペースに立てかけた。


「……よし。これで、逃げ場のない物理的相合い傘のシチュエーションの完成ね」

「あの屁理屈な頼斗も、傘が一本しかなくて、隣に濡れる美人の先輩がいりゃ、嫌でも相合い傘せざるを得ないっすよ。どんなポンコツ論理で言い訳するのか、見物ですね」

「ええ。せいぜい、一つの傘の中で時間を共有して、恋心という名のパラメーターを引き上げてもらうわ」


 私たちは物陰に隠れ、息を潜めて二人が下駄箱に到着するのを待った。

 すべては完璧なお膳立てだ。

 頼斗君の強固な論理的防衛線を、物理的な状況証拠で完全に破壊し、凛の思いを強制的に届かせる。

 雨音に紛れて、私たちの仕掛けた『裏包囲網』が、いよいよ最終段階へと突入しようとしていた。

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