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先輩が僕をエスパーに育て上げようとしている事象 「ねぇ。私は今、何を考えているでしょう?」  作者: 団田図


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第26話 未知のシナプス

 翌日の放課後。

 図書室のカウンター裏、人目につかない一角で、臨時の『エスパー育成計画・進捗報告会議』が開催されていた。

 メンバーは僕と、悪友の佐藤健太、そして図書委員の後輩である鈴木若葉さんの三人だ。


「ムムッ! 亀岡先輩、昨日は本当に凄かったです!」


 若葉さんが丸眼鏡を押し上げながら、興奮冷めやらぬ様子で身を乗り出してきた。


「私、先輩たちの後を完璧に尾行していたはずなのに、路地裏に入った瞬間、お二人の気配が完全に消滅したんです! あれは間違いなく、真乃極まのぎわ先輩の能力開発による頼斗先輩の瞬間移動ですよ! 先輩は本物の超能力者です!」

「声が大きいよ、若葉さん。それに、あれは単なる物理的な死角を利用したステルス行動に過ぎない」


 僕が冷静に否定すると、若葉さんは「またまたぁ、照れ隠しですね!」とダウジングロッドを無駄に振り回した。オカルトマニアのフィルターは今日も分厚い。

 僕は咳払いを一つして、学生鞄から『エスパー育成防衛対策録』を取り出し、真新しいページを開いた。


「だが、事態が深刻なのは事実だ。昨日の逃走劇の後から、僕の身体に明確なエラーが生じている」


 僕が深刻な顔で切り出すと、健太がニヤニヤしながら「ほう? エラーねぇ」と相槌を打った。


「真乃極さんの強引な『空間跳躍』の試みに巻き込まれた結果、俺の脳内に未知のシナプスが形成されつつある可能性が出てきた」

「……ぶっ」


 健太が噴き出すのを堪えるように、口元を両手で覆った。


「笑い事じゃないぞ、健太。これは人体の未開拓領域への強制アクセスの副作用だ。彼女の能力が僕の自律神経を直接ハッキングした結果、心拍数の異常な上昇……すなわち、動悸が不規則に発生しているんだ」


 僕が大真面目に報告すると、健太はついに限界を迎えたのか、机に突っ伏して肩を激しく震わせ始めた。


「ひぃっ……はははっ! み、未知のシナプスって……! お前、それマジで言ってんの……!?」

「当たり前だ。僕のような人間にあんな至近距離で顔を近づけられて、動悸がするなんて、非科学的な能力の干渉以外に論理的な説明がつかない」


 僕の『確率0%』の完璧な前提に基づいた論理展開を聞き、若葉さんは「素晴らしいです! ついに能力の片鱗が……!」と猛烈な勢いでメモを取り始めた。

 一方の健太は、涙目を拭いながら「お前のそのポンコツ論理、マジで国宝級だわ……。せいぜい、その『未知のシナプス』とやらを育ててくれや」と、なぜか腹を抱えて笑い続けていた。

 なぜこいつがこんなに面白がっているのかは不明だが、僕の防衛線が未知の領域に突入したことだけは間違いない。気を引き締めなければ。


 +++


 秋の涼しい風が吹き抜ける、放課後の屋上。

 俺、佐藤健太は、フェンスに寄りかかりながら、呼び出した親友の到着を待っていた。

 やがて、屋上のドアが開き、相変わらず理屈っぽそうな顔をした頼斗が姿を現した。


「こんな所に呼び出して何の用だ、健太。僕はこれから神社の配線図の修正という重要なタスクが……」

「わりぃな、ちょっとだけ時間くれよ」


 俺は首にかけたワイヤレスイヤホンを外し、ポケットに突っ込んだ。

 いつものお調子者の仮面を捨て、真っ直ぐに頼斗の目を見る。


「実はさ、お前に話しておきたいことがあってよ。……俺、さくらに告白しようと思う」


 その言葉を聞いた瞬間、頼斗はピクリと眉を動かしたが、すぐに「……ほう」とだけ呟いた。


「あいつはお前の幼馴染で、昔からずっとお前の世話ばっかり焼いてるだろ。正直、俺が入る隙があるのか分かんねぇけど……でも、ちゃんとケジメつけたくてさ」


 俺は少し照れくささを隠しながら、頭を掻いた。


「だから、一応お前に仁義を切っとこうと思ってな。……お前の幼馴染、俺がもらってもいいか?」


 男としての真剣な問いかけ。

 しかし、目の前の変人親友は、数秒の計算処理を行った後、呆れたように眼鏡のブリッジを押し上げた。


「意味がわからないな。人間の交際関係は個人の自由意志による契約だ。僕に許可を求めるのは法学的にも論理的にも間違っている。君が好きにすればいい」

「……お前なぁ。そういうとこ、ほんと情緒ねぇよな」


 俺が苦笑して肩をすくめると、頼斗は不意に真剣な顔つきになり、空中に指で数式を書くような仕草をした。


「だが、幼馴染としての長年の観測データから、お前の勝率を最大化するためのアドバイスなら提供できる」

「マジで? おう、ぜひ聞かせてくれよ」

「さくらの歩行速度、基礎代謝、および一日のカロリー消費の統計データから算出した結果だ。彼女の血糖値が最も低下し、空腹によるストレスを感じやすいのは、夕方四時十五分から三十分の間だ」

「……は?」

「そのタイミングを狙い、質量のある甘味――たとえばショートケーキやパフェなどを物理的に与えながら告白を実行しろ。そうすれば、彼女の脳が糖分によって快楽物質を分泌し、要求を承諾する確率が統計的に有意に上昇するはずだ」


 俺は、あまりにも大真面目に語る頼斗の顔を見て、絶句した。


「……お前、それ完全に動物の餌付けじゃねーかよ!」

「哺乳類の生理的欲求を利用した、極めて合理的なアプローチだ。感謝しろ」


 ドヤ顔で言い切る頼斗を見て、俺は思わず吹き出してしまった。

 相変わらず恋愛偏差値がマイナスに振り切れているポンコツだが、こいつなりに俺の恋を応援してくれている不器用な優しさが、なんだか可笑しくて嬉しかった。


「あははっ! わかったよ、そのポンコツデータ分析、ありがたく参考にさせてもらうわ!」


 俺は笑いながら、頼斗の肩をバシッと叩いた。

 真乃極先輩とのすれ違いで『未知のシナプス』なんてバカなことを言っている親友を笑っていた俺だが、俺の恋だってどう転ぶか分からない。

 秋の空は高く澄み渡り、俺たちの不器用で滑稽な青春を、静かに見下ろしていた。

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