第22話 文化祭
九月の文化祭。
過疎化が進む我が校では、三学年合わせても各学年に一クラスしか存在しない。そのため、文化祭の出し物としての多様性を確保するため、各クラスが三つの出し物を企画・運営するという、非常に非効率かつ労働集約的なシステムが採用されていた。
放課後の二年A組の教室。他のチームが「お化け屋敷」や「メイド喫茶」や「クレープ屋」など、文化祭における定番かつ無難な企画を次々と決定していく中、僕たちのチームだけが深刻な企画のデッドロックに陥っていた。
メンバーは僕、悪友の佐藤健太、幼馴染の伊藤さくら、そしてなぜか当たり前のように僕の隣に座っている真乃極凛先輩の四人だ。
「なあ頼斗。お前んちのインチキ神社の機材、学校に持ち込んで『出張・亀岡十幡神社』ってのはどうよ? 恋愛成就に特化させれば、絶対にウケるぜ」
健太がニヤニヤと薄笑いを浮かべながら、とんでもない提案をしてきた。
「却下だ。学校という公的な教育機関において、非科学的な迷信を助長するような宗教的アプローチを持ち込むのは論理的ではない。それに、親父のあの過剰なスモークやレーザー機材の消費電力を知っているのか? 教室のブレーカーが落ちる確率が極めて高い」
「そこをなんとか計算するのがお前の得意分野だろ? 親父さんには俺から『機材のテスト稼働』って名目で許可もらっとくからよ!」
「事後報告だと……!?」
「わぁっ、楽しそう! 私、頼斗くんの実家の神社のお手伝い、してみたかったんだ!」
僕の完璧な論理による反論は、健太の根回しと、真乃極先輩の非論理的な熱量によって完全に押し切られてしまった。
かくして、僕たちは文化祭で『出張・亀岡十幡神社』を運営することになってしまったのだ。
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文化祭前日の放課後。
教室はすでに、僕が家から持ち込んだ大量のLEDライト、ダイオードレーザー、そして小型スモークマシンによって、およそ教育機関とは思えないサイバーな空間へと変貌しつつあった。
「よーし、いい感じだな。……おっと、さくら。ちょっと買い出しの追加行けるか? ガムテープが足りねぇわ」
「えっ? うん、いいけど……健太も一緒に行く?」
「おう、もちろん。頼斗、ここは任せたぜ」
健太はさくらの腕を引いて教室を出て行く際、首にかけたワイヤレスイヤホンをいじりながら、スマートフォンで誰かにメッセージを送信する素振りを見せた。
その直後、僕の脳内コンピューターが僅かな違和感を検知した。
おかしい。ガムテープの在庫は事前に僕が質量と長さを計算し、必要十分な量を発注してあるはずだ。わざわざ二人で買い出しに行く必要性がない。
……なるほど。これはまたしても健太による『裏の包囲網』か。
健太は僕が真乃極先輩から高度な妄想エスパー特訓を受けていると知っているため、面白半分で僕たちを二人きりにする状況を意図的に作り出しているのだ。おそらく先ほどのメッセージは、三年生の高橋沙紀先輩あたりと連携し、さくらを僕から遠ざけるための工作に違いない。
教室に取り残されたのは、配線ボックスと格闘する僕と、恋愛成就のおみくじ結び所を工作している真乃極先輩だけとなった。
「頼斗くん。このおみくじ、試しに私が引いてみてもいいかな?」
「ええ。いかなる試みにも事前予行は必要ですから」
僕が許可を出すと、真乃極先輩は嬉しそうに赤い箱に手を入れて、一枚の紙片を取り出した。
「あっ……『大吉』だ! えっと、『運命の人はすぐそばにいる。あなたの思いは必ず届くでしょう』……だって!」
真乃極先輩は頬を真っ赤に染め、上目遣いで僕をじっと見つめてきた。その瞳には、過剰なほどの期待と熱が込められている。
「ねぇ、頼斗くん。確率論的に考えて、これって……!」
「ああ、それは一〇〇%の確率で出ますよ」
「えっ?」
「来客の顧客満足度を最大化し、恋愛成就というプラシーボ効果を高めるため、箱の中身は物理的にすべて『大吉』のみを封入してあります。運命ではなく、ただの完全な統計操作です」
僕が真顔で身も蓋もない事実を告げると、真乃極先輩は「うそぉ……」と悲しげな声を漏らし、パタパタと大吉の紙で自分の顔を扇ぎ始めた。何かを勘違いしているようだが、事実なのだから仕方がない。
「あっ……」
不意に、真乃極先輩が短い声を上げた。
視線を向けると、段ボールをカッターで切っていた彼女の指先から、赤い血が微かに滲んでいた。
「あ痛っ!」
真乃極先輩が、少し潤んだ瞳で切った指をこちらに向けてくる。
その瞬間、僕の脳内で最大級のアラートが鳴り響いた。
来た……!
出血という物理的ダメージを意図的に提示し、僕に未知の超能力による修復を要求している……つまり『ヒーリング(治癒能力)』の強制発動テストだ!
質量保存の法則と細胞分裂の限界スピードを完全に無視した、損傷組織の瞬間再生など、この地球上で起こり得るはずがない。なんて非科学的な特訓だ。
「……非科学的な奇跡は起きませんよ」
僕は呆れたようにため息をつきながらも、すぐに立ち上がって救急箱を手にした。
彼女の元へ歩み寄り、その白い手を取る。
「ですが、雑菌の繁殖による感染症リスクを低下させるための、物理的かつ適切な応急処置なら可能です」
僕は極めて事務的な手つきで、消毒液を脱脂綿に含ませて彼女の指先を拭き、新しい絆創膏を隙間なく、かつ圧迫しすぎない絶妙なテンションで貼り付けた。
「これで細胞の自然治癒力が最大限に発揮されるはずです。刃物の取り扱いには、物理的なベクトル計算を怠らないでください」
「っ……! あ、ありがとう……頼斗くん……」
どういう訳か、真乃極先輩の顔は今までにないほど真っ赤に染まり、僕の手に触れている彼女の指先から、尋常ではない熱が伝わってくる。
そして、なぜだか僕の心拍数までもが、平常時の数値を大きく上回って脈打っていた。
……異常事態だ。僕のシステムにバグが発生している。これは至近距離での他者の体温という熱源が、僕の交感神経を過剰に刺激したに違いない。
恋心などという非論理的な感情であるはずがない。その確率は依然として〇%だ。僕は無理やり理論を構築し、逃げるように自分の席へと戻った。




