第21話 花火より熱いもの
「花火より熱いもの、今私がどこに感じてるか分かる?」
――来た!
僕は瞬時に脳内の警戒レベルを最大に引き上げた。
暗闇での熱源探知。そして「花火より熱いもの」という比較対象の提示。
間違いない。これは視覚に頼らずに対象の温度分布を読み取る、『サーモグラフィー能力』のテストだ!
僕に、花火の燃焼温度と彼女の体温を比較し、未知の熱源を特定しろというのか。
「……非論理的な問いですね」
僕は一歩も引かずに、極めて冷徹な事実を突きつけた。
「一般的な打ち上げ花火の燃焼温度は、約二千度に達します。対して、人体のタンパク質は四十二度を超えると熱変性を起こし、生命維持が困難になります。人体が花火の熱エネルギーを上回る物理的現象など、この地球上では絶対に起こり得ません」
「えっ? あ、うん……温度の話じゃなくて……」
「ですが」
僕は彼女の顔を真っ直ぐに指差した。
「暗闇でもわずかな光の反射で観測できます。あなたの顔面の毛細血管は現在著しく拡張しており、局所的な体温上昇が起きています。さらに、首元の頸動脈の動きから推測するに、心拍数も異常に高い。またしても自律神経の乱れですね。暗闇で僕に体調不良を隠そうとしても無駄です」
「っ……!」
僕が見事な観察眼で彼女の生理的バグを指摘すると、真乃極先輩は顔を真っ赤にして口をパクパクさせた。
「そうじゃなくて……っ! 私の胸の奥が、熱いのに……!」
「胸部ですか? やはり心筋の過剰な……」
僕がさらに医学的な推論を重ねようとした、その時だった。
ビカァァァァァッ!!
突如、背後の御神木の根元から、夜空に向かって極太の緑色の光線が放たれた。
「なっ……!?」
天空を切り裂くような強烈なレーザー光線が、せっかくの花火の情緒を完全に破壊し、上空の雲を不気味な緑色に照らし出している。
親父の奴、調子に乗ってダイオードレーザーの出力を最大まで上げやがったな! 航空法に抵触しかねないぞ。
「わぁ……すごいっ! 頼斗くんのお家の光の魔法、とっても綺麗!」
「……あれは魔法でも何でもなく、ただのダイオードレーザーです」
僕は頭を抱えた。この非科学的な超能力者(中二病)の勘違いを加速させるような真似を身内がするとは、まさに痛恨の極みである。
しかし、不思議なことに、僕の胸の奥の不規則な鼓動だけは、レーザーの光の下でも、まだ静まっていなかった。
+++
EDMの重低音と、謎の緑色のレーザー光線が飛び交うカオスな夏祭り。
俺、佐藤健太は、見事に頼斗と真乃極先輩を孤立させる『裏包囲網』を成功させ、クラスメイトの伊藤さくらと二人きりで境内を歩いていた。
「さくら、次何食う? 綿飴か? それとも、あっちで射的でもやるか?」
「えっ? あ、うん! 健太の行きたいところでいいよ!」
さくらは元気よく頷きながら、俺の隣を歩いている。
浴衣姿のさくらはいつもより少し大人っぽくて、正直、隣を歩いているだけで俺の心拍数は上がりっぱなしだ。
高橋先輩には振ってしまい悪いことをしたが、俺の本命はあくまで隣にいるさくらだ。親友の恋路をアシストしつつ、自分の恋もしっかり進展させる。これが情報通である俺のスマートな立ち回りってやつだ。
「じゃあ、あっちのたこ焼き屋並ぼうぜ。俺が奢ってやるよ」
「ほんと? やったー! 健太、太っ腹!」
無邪気に笑うさくらの笑顔に、俺は手応えを感じていた。
頼斗の野郎は今頃、先輩の猛アピールを「非科学的な攻撃」だなんだと理屈をこねてフラグを折っている頃だろう。それに引き換え、俺とさくらのこの自然な距離感。これはもう、完全にデートと言っても過言ではない。
ふと、さくらが人混みの向こうへと視線を泳がせた。
「……沙紀先輩、どこ行っちゃったのかな。あの紺色の浴衣、すっごくかっこよかったよね」
さくらはポツリと、本当に微かな声で呟いた。
その視線は、先ほど高橋先輩が消えていった方向を、ほんの一瞬だけ、どこか熱を帯びたような色で追っていた。
「ん? ああ、高橋先輩なら、なんか用があるって言ってたし、後で合流するだろ」
「そっか。うん、そうだね!」
さくらはすぐにパッと明るい表情に戻り、俺の方を向いて笑った。
「健太、たこ焼き早く行こ! 売り切れちゃうよ!」
「おう、任せとけって!」
俺はさくらの背中を追いかけながら、内心でガッツポーズを作った。
高橋先輩を気にかけているのは、単に面倒見のいいさくららしい、後輩としての気遣いだろう。それよりも、俺と二人きりでこんなに楽しそうに笑ってくれている。
俺のアピールは完璧に伝わっている。さくらとの関係は、この夏祭りで確実に一歩前進している。
夜空には花火が上がり、境内の中心からは頼斗の親父さんが放ったらしい謎の緑色のレーザーが天空を貫いている。
祭りの熱気は、かわいそうな頼斗の勘違いを乗せたまま、夜遅くまで続いていった。




