第19話 サイバー盆踊り
八月。僕の通う高校も夏休みに入り、厳しい日差しがアスファルトを焦がす季節となった。
しかし、僕に平穏な休日は存在しない。実家である亀岡十幡神社で毎年開催される、忌まわしき夏祭りの日がやってきたからだ。
「頼斗! スモークの圧が足りんぞ! もっとバルブを開けろ!」
「無茶を言わないでください。現在の気温と湿度から計算して、これ以上のスモークは視界不良による転倒事故を誘発する確率を高めるだけです。それに、あの極太のダイオードレーザーは何ですか。ここはクラブハウスじゃないんですよ」
境内に組まれた櫓の上から、派手な法被姿の親父がマイクを通して僕に指示を飛ばしてくる。
伝統的な盆踊りのBGMは、親父の趣味によって重低音が響くEDM風にアレンジされ、境内の至る所に設置されたLEDライトとレーザー照明が、夜空に向かって無秩序に光線を放っている。
過疎化が進む田舎町において、この「サイバー盆踊り」は一部の若者にはウケているらしいが、古くからの氏子たちからは完全にドン引きされているカオスな空間だ。
僕は境内の隅に設置された配線ボックスの前にしゃがみ込み、タコ足配線による発火リスクを物理的に監視するという裏方作業を強いられていた。
「よっ、頼斗! お前んとこの祭り、相変わらずぶっ飛んでんな!」
背後から能天気な声が降ってきた。
振り返ると、私服姿の悪友・佐藤健太と、涼しげな水色の浴衣を着た幼馴染・伊藤さくら、そして紺色の浴衣を大人っぽく着こなした高橋沙紀先輩が立っていた。
「佐藤くん。君はなぜまた、わざわざこの非論理的な騒音空間に足を運んだのか」
「まあな。祭りはノリと勢いが大事だからよ。ほら、今日はスペシャルゲストも連れてきてやったぜ」
健太がニヤリと笑って道を空けると、沙紀先輩の後ろから、一人の女子が姿を現した。
「こんばんは、頼斗くん」
少し頬を染め、上目遣いで僕を見つめてきたのは、真乃極凛先輩だった。
彼女は白地に赤い金魚が描かれた、目に鮮やかな浴衣を着ていた。普段は下ろしている艶のある黒髪は頭の上で綺麗にまとめられており、白い無防備なうなじが露わになっている。
周囲のEDMの重低音とは明らかに違う、不規則で大きなノイズが僕の鼓膜の内側から鳴り響いた。
……警告アラートが鳴っている。血流の速度が平常値を逸脱しているのだ。
僕は慌てて視線を配線ボックスに戻し、手首の脈を測った。平常時を大きく上回る数値だ。
なぜだ。なぜ彼女の姿を視覚野に捉えただけで、自律神経にエラーが生じるのか。
落ち着け、これは八月の夜の蒸し暑さと、人混みによる熱気、そして境内に充満する二酸化炭素濃度の上昇による一時的な酸欠状態だ。加えて、浴衣という非合理的な衣服の構造――首元が開いているなどの特異性が、僕の視覚処理機能に一時的なバグを引き起こしたに過ぎない。
完璧な論理で自己の生理現象を説明できたことに安堵し、僕はゆっくりと立ち上がった。これは彼女の生態を記録するための観察行動の範疇だ。
「真乃極さんも来ていたんですね。ここは音がうるさいので、聴覚器官へのダメージに気をつけてください」
「ふふっ、ありがとう。頼斗くんのご実家の神社、すごく賑やかで綺麗だね!」
彼女が嬉しそうに微笑んだその時だった。
「おーい、さくら! あっちに金魚すくいの屋台出てるぜ、行こうぜ!」
健太が唐突に声を上げ、さくらの腕を引いた。
さくらはなぜか、沙紀先輩の方をチラリと一瞬だけ目で追ったが、すぐに「あ、うん! 行く行く!」と健太の方へ向き直った。
「じゃあ、私も向こうの屋台で買いたいものがあるから。凛、亀岡くんのことお願いね」
沙紀先輩もそう言うと、健太たちとは逆の方向へ足早に歩き出し、あっという間に人混みの中へと消えてしまった。
「…………」
取り残されたのは、配線ボックスの前に立つ僕と、浴衣姿の真乃極先輩だけ。
僕は瞬時に周囲の状況を再計算した。
不自然だ。あまりにも不自然すぎる。健太と沙紀先輩の動きには、まるで事前にプログラムされていたかのような完璧な連携が感じられた。
まさか……!
僕は戦慄した。真乃極先輩が僕をまっすぐに見つめている。
間違いない。彼女は事前に他の3人を言いくるめてよそへ追いやり、逃げ場のないこの祭りの空間で、僕に一対一のエスパー特訓を仕掛けるつもりなのだ。
「あの、頼斗くん……私、出店を見てこようかな」
「仕方ありませんね。配線のチェックは一段落したので、境内の巡回がてら同行しましょう。迷子になられても面倒ですから」
ここで逃げるのは、防衛対象から背を向ける愚行だ。僕は彼女の次なる精神攻撃を観測するため、隣を歩くことを選択した。




