第18話 裏包囲網
「ねえ、健太くん」
「はい? なんすか、改まって」
「私、あなたのことが好き。情報通で調子のいい後輩としてじゃなくて……一人の男子として、惹かれてるの」
夕日に照らされた校舎裏に、私の言葉だけが静かに響いた。
健太くんの顔から、いつものニヤニヤとした薄笑いがスッと消え去る。
彼は少しの間、驚いたように目を見開いていたが、やがてゆっくりと首元に手を伸ばした。そして、いつも肌身離さずかけていたワイヤレスイヤホンを外し、制服のズボンのポケットへと丁寧にしまった。
情報通のお調子者という「鎧」を脱ぎ捨てたようなその動作に、彼がこれから発する言葉の重みを感じて、私の胸がギュッと締め付けられる。
健太くんは、真剣な、そしてどこか申し訳なさそうな瞳で私を真っ直ぐに見つめ返した。
「……先輩の気持ち、すげぇ嬉しいです。高橋先輩は綺麗だし、話しやすいし、俺なんかに勿体ないくらい素敵な人だと思ってます」
そこまで言って、彼は小さく息を吐いた。
「でも……ごめんなさい。俺、他に好きなヤツがいるんです」
明確で、誠実な拒絶だった。
私が薄々気づいていた通り、彼の視線の先には伊藤さくらちゃんがいる。その事実は揺るがないのだと、はっきりと突きつけられた。
「……そっか。うん、そうなんだ。うん、ちゃんと言ってくれてありがとう」
失恋の痛みが胸の奥からじわじわと広がっていく。泣きそうになるのを必死に堪え、私は気丈に振る舞って微笑んだ。
断った後の健太くんは、気の利いた冗談で場を誤魔化すようなことはしなかった。
ただ黙って、少しうつむき加減のまま、沈黙の時間を共有してくれている。彼なりの優しさと誠実さなのだろう。しかし、夕暮れの校舎裏に漂う気まずさは、時間の経過とともにどんどん重たく、息苦しいものになっていった。
このまま無言で解散するのは、あまりにも悲しい。
それに、今は誰かのために動いていないと、惨めな涙がこぼれてしまいそうだったから。
私は無理やり声のトーンを上げ、この重苦しい空気を振り払うように提案を切り出した。
「……そんな暗い顔しないでよ。振られたのは私なんだからさ。それにしても……」
「え……?」
「このまま夏休みに突入したら、あの凸凹コンビ、本当にどうにもならないわね。凛の暴走も、亀岡くんのポンコツ理屈も、もう限界でしょ」
私が話題を強引に親友コンビのことに戻すと、健太くんは少しだけホッとしたような顔になり、すぐに乗ってきた。
「っすね……。あいつら、俺たちが何もしなかったら、一生あのまま平行線を辿るっすね」
「でしょ? 私たちの恋はまあ……それぞれちょっとアレだけどさ。せめて、あいつらだけでもくっつけてやるか、って思わない?」
失恋の傷を隠すための、半ばヤケクソ気味な提案。
健太くんも自分の恋が(さくらちゃんが亀岡くんの世話焼きに夢中なせいで)上手くいっていない状況を省みたのか、フッと自嘲気味に笑って頷いた。
「いいっすね、それ。頼斗のやつ、俺からの忠告も全部『非科学的な実験』だとか言って聞き入れねぇし。一度、逃げ場のない状況に追い込んでやる必要がありますね」
「何かいいアイデアある?」
「来月、八月にある地元の夏祭り。あそこの神社、頼斗の実家なんすよ。親父さんがまたインチキ臭い祈祷とか屋台を出すらしくて、頼斗も手伝わされるはずです。俺もさくらと行く予定なんで……」
「なるほど。そこで凛と亀岡くんを物理的に孤立させるのね。周囲を他愛のないクラスメイトから遠ざけて、二人きりの状況を強制的に作り出す『包囲網』を敷くわけだ」
「ご名答。俺がさくらや他の連中を上手く誘導するんで、先輩は真乃極先輩に浴衣でも着せて、一番破壊力のある状態で神社に送り込んでください」
先ほどの気まずさが嘘のように、私たちは悪巧みをする共犯者の顔になっていた。
胸の奥のズキズキとした痛みはまだ消えないけれど、彼と一緒に「親友のために結託する」という新しい関係性を築けたことが、私にとってのせめてもの救いだった。
「決まりね。名付けて『親友コンビの裏包囲網』作戦、始動ってことで」
「了解っす。頼斗の論理的思考、夏祭りで完全にバグらせてやりましょう」
夕闇が迫る校舎裏で、私たちは夏休みに向けた密かな結託を交わした。
七月の過酷なテスト期間と、それぞれの恋の決着。
季節は間もなく、すべてを熱く焦がすような、本格的な夏を迎えようとしていた。




