第17話 論理的デート拒否
「ねぇ。今、私が何を考えてると思う?」
――来た!
僕の脳内は瞬時に臨戦態勢に入った。
『週末』という未確定の未来における彼女の思考を読み取れというのか。
つまりこれは、『予知能力』と『読心術』の複合テストだ! 先日、現国の補習で未来予知の強制を論破したばかりだというのに、彼女はまだ諦めていなかったらしい。僕の論理的思考の隙を突くため、今度は「彼女自身の行動予測」という不確定要素をぶつけてきたのだ。
「なるほど、そういうことですか」
「えっ? う、うん……!」
僕が答えると、彼女は頬を赤く染め、両手を胸の前でギュッと握りしめた。
「あなたからの挑戦状、受けて立ちましょう。ただし、僕は非科学的な超能力など使いません。純然たるデータと論理によって、あなたの週末の行動を予測してみせます」
「……え?」
僕は目の前のパソコンのブラウザを立ち上げ、猛烈な勢いでタイピングを開始した。
「まず、気象庁のデータベースにアクセスします。今週末のこの地域の天気予報は晴れ。最高気温は三十五度を超える猛暑日が予測されています」
「う、うん……暑いよね」
「次に、あなたの直近の行動パターンと疲労度を計算します。夏休み直前のこの時期、海外帰りで日本の気候に完全に順応しきれていないあなたの身体は、相当なストレスを抱えているはずです」
「頼斗くん、私の体調を……」
「したがって、あなたが猛暑の屋外で無駄なエネルギーを消費する確率は極めて低い。最も合理的な選択は、空調の効いた閉鎖空間での活動です」
僕はキーボードを叩く手を止め、眼鏡のブリッジをスッと押し上げた。
完璧な論理的推論だ。彼女の思考など、物理的・環境的要因から簡単に弾き出せる。
「結論が出ました。猛暑を避けるため、空調の効いた閉鎖空間……すなわち、映画館に行く確率が高いですね」
「っ……! そう! 映画!」
僕が身も蓋もない正解(物理的予測)を提示すると、真乃極先輩はパッと顔を輝かせ、食い気味に身を乗り出してきた。
「私、ずっと見たかった映画があるの! 涼しいし、映画館なら最高だよね! じゃあ、一緒に……!」
「ええ、非常に論理的で正しい選択だと思います。熱中症のリスクを抑えつつ、視覚的・聴覚的娯楽を享受できる。ぜひ楽しんできてください」
「……えっ?」
真乃極先輩の動きがピタリと止まった。
「一緒に、って……頼斗くんは?」
「僕ですか? 僕は週末、実家の神社のスモークマシンと照明機材のメンテナンスという物理的なタスクが山積みなのです。親父がまた出力を上げろと無茶な要求をしてきているので、配線の見直しに丸二日はかかります」
「…………」
「ですので、あなたの映画館での行動予測テストにはこれ以上付き合えません。お一人で存分に楽しんできてください」
僕が完璧な理由で彼女を説き伏せると、真乃極先輩はみるみるうちに肩を落とし、「そう……だよね、お家の手伝い、あるもんね……」と消え入りそうな声で呟いた。
そのひどく落ち込んだ横顔を見て、なぜか僕の胸の奥が再びチクリと痛んだ。
なんだ、この感覚は。僕は完璧に彼女のエスパー特訓の要求を論破し、見事に防衛を果たしたはずだ。それなのに、なぜこれほどまでに不快な後味が残るのだろうか。
「あの……」
「授業を始めます。席についてください」
僕がこの場を取り繕うとした瞬間、情報科の教師が入室してきて、号令がかかった。
真乃極先輩は自分の席へとキャスターを滑らせて戻り、少しうつむいたままパソコンの画面を見つめている。
僕はマウスを握りしめながら、自己の内部に生じたこの非論理的な感情の正体を、授業中ずっと計算し続けることになってしまった。
+++
放課後、茜色に染まり始めた校舎裏。
私は、少しだけ早くなる心拍数を必死に抑えながら、コンクリートの壁に背中を預けていた。
遠くから運動部の掛け声が微かに聞こえる中、砂利を踏む足音が近づいてくる。
「お疲れっす、高橋先輩。こんなところに呼び出して、どうかしたんすか?」
首にワイヤレスイヤホンをかけ、いつものように飄々とした薄笑いを浮かべた佐藤健太くんが現れた。
「わざわざごめんなさいね。ちょっと、あんたに聞いておきたいことがあって」
「あー、例の『絶望的すれ違いコンビ』の近況っすね? 任せてくださいよ」
私が話を振るよりも先に、健太くんはニヤニヤしながら今日あった出来事を語り始めた。
「いやマジで、今日の情報の授業、最高に腹痛かったっすよ! 真乃極先輩が『今週末ヒマなんだよね、私が何考えてるか分かる?』って、超絶分かりやすいデートの誘いパスを出したんすよ。そしたら頼斗のやつ、真顔で気象庁のデータと先輩の疲労度を計算し始めて」
「……嫌な予感しかしないんだけど。それで?」
「『猛暑を避けるため、空調の効いた閉鎖空間である映画館に行く確率が高いですね』って完璧に予測したんです。先輩が『そう、一緒に!』って食いついた瞬間に、『僕は神社のスモークマシンのメンテがあるんでお一人でどうぞ』ってフラグをバキバキにへし折ってました!」
「ちょっと……あんたの親友、本当に恋愛偏差値マイナスじゃないの!? だから凛、さっき『スモークマシンに負けた……』って本気で泣きそうになってたのね!」
「あははっ! 頼斗のあのポンコツ論理、マジでブレねぇなぁ!」
私たちは校舎裏で、親友コンビのあまりにもアホらしいすれ違いコントを肴にして、ひとしきりお腹を抱えて笑い合った。
健太くんとこうして軽口を叩き合っている時間は、本当に楽しくて、心地がいい。
だからこそ、このまま曖昧な関係で夏休みに入りたくなかった。
笑い声が少しずつ落ち着き、夕暮れの風が私たちの間を吹き抜ける。
私は小さく深呼吸をして、真っ直ぐに彼を見つめた。
「ねえ、健太くん」
「はい? なんすか、改まって」
「私、あなたのことが好き。情報通で調子のいい後輩としてじゃなくて……一人の男子として、惹かれてるの」




